米国アラバマ州モービル郊外ーーコリー・ジェイムズ(40歳)が友人を亡くした夜のことを語る。「救急車を呼んだけど、手遅れだった。あんな状況を目の当たりにして、これは本当にヤバいって思ったんだ」。手術後の痛みを和らげるためにフェンタニルを使い始めたが、今は「なんとか立ち直りたい」と強く思っている。「でもこの街にはセーフティネットと呼べるものがほとんどないから大変だけどね」と、数年前にフロリダ州から移ってきたコリーは言う。

薬物の過剰摂取死が3年連続で10万件を超える米国
フェンタニル(合成オピオイドの一種)は最大でモルヒネの100倍もの効果があるとされる強力な鎮痛薬で、わずか2ミリグラムで死に至るとされる。米国では薬物の過剰摂取で死亡する人の数が3年連続で10万人を超え、大きな社会問題となっている。薬物の過剰摂取による死亡者の約3分の2がフェンタニルによるものだ。
米国麻薬取締局(DEA)では、大麻や偽造処方薬の多くに合成オピオイド(フェンタニルを含む)が混入していること、たった1錠に致死量が含まれていることへの警告を発している*。「いとも簡単に依存症になる」とコリー。偽造電子タバコにもこの恐ろしい物質が混入していることがあるという。
フェンタニルで依存症、路上生活に
コリーは家を失い、依存症に陥り、病気に苦しんだ日々を振り返る。医師が処方する鎮痛剤が手に入らなくなって、フェンタニルに手を出した。「恐ろしい物質だ。飲むのをやめて2か月になるが、いまだに激しい禁断症状があってすごくキツイ」。この1年半はスーパーの駐車場の茂みで夜を明かすことも多い路上生活だ。「どれだけ努力しても打ちのめされることばかり。持ち物もよく盗まれるし、心が安らぐことがない。まともな仕事に就いてた時代もあったのに、今ではわが子に会うことすらままならない」
*「ONE PILL CAN KILL」キャンペーン https://www.dea.gov/onepill
米国のホームレス状態の人の多くは何らかの依存症
この地域では毎週木曜日、教会による食料配布が実施されていて、午後になると列ができる。非営利団体「PEIR」(People Engaged in Recovery=回復に取り組む人たち)によると、人口18万7000人のモービル市だけで3000人(約1.6%)がホームレス状態にあるという。「米国でホームレス状態にある人は、本人の自覚の有無はともかく、何らかの依存症を抱えていることが本当に多いのです。私自身がそうでしたから」と話すスタッフのカレン・エルモアは依存症を脱して8年になり、依存症からの回復がどれほど長く険しい道のりかを身をもって知っている。現在は依存症者を支援する側にまわり、多くの時間を現場でのアウトリーチ活動(予防的な支援や介入的な援助が必要な場合、支援者が被援助者のもとへ直接出向き支援すること) にあて、役所への連絡、生活支援、話を聞くというかたちでサポートしている。

同僚のリンジー・ティレリーも、かつては薬物を手に入れたくて、母親の持ち物を無断で売ったことがある。「仲直りする前に母は亡くなってしまいました。このことがずっと引っ掛かっていて……同じ過ちを繰り返さないよう一人でも救うことができればと贖罪のような気持ちで取り組んでいます」
PEIRの事務所の壁には、約20人のいろんな年代の人たちの写真が飾られている。「私たちの天使です」とエルモア。「フェンタニルがらみで命を落とした人たちです。フェンタニルはあらゆるものに混入していて、大麻の売人でさえ、そのことを知らないんです」
街がフェンタニルで衰退していく
ジョン・ベイルズ(62歳)はアラバマ州バーミンガム市でホームレス状態にある数千人の1人だ。家具店での仕事を解雇されてから1年以上車中泊を続けている。日中は教会で門番兼用務員をしている。本人は「1998年からこのかた薬物には手を出していない」が、深刻な依存症に陥っていく若者を日々目にしている。「クラック(コカインを不正に加工したもの)、大麻、フェンタニル……数多くの人生が壊れていくのを見てきた。私が若かった頃もクラックの過剰摂取で死ぬやつはいたけど、今の状況はひどい。フェンタニルがあらゆるものに混ぜ込まれているんだからな」。赤レンガの建物を指さして、「昔はあそこに消防署があったんだ。今じゃ救急隊が到着するまでに20分もかかるようになってしまった。そのせいで手遅れになることも多い」と眉をしかめる。

アラバマ州はミシシッピ州と並んで米国で最も貧しい州に数えられ、バーミンガム市は国内で最も危険な都市のひとつとされる。実際、1人当たりが遭遇する暴力犯罪率も、シカゴ、デトロイト、ロサンゼルスよりも高い。「街は以前よりもずっと荒れている。私が依存症だった頃よりも暴力を頻繁に見かける。フェンタニルなどの合成薬物を手に入れようと、依存者となってしまった人たちがますます攻撃的になっている」とベイルズは語る。

バーミンガム中心部にあるシェルターの責任者ブライアン・ジョンソンいわく、この地域には事実上セーフティネットが存在しないという。「アラバマ州で敷居の低いシェルターを運用しているのはここくらいです。ここにやって来る人の多くが人生のどん底状態にあります」
フェンタニル危機に加えて住宅危機も深刻化
このシェルターは1980年代初頭、ホームレス支援目的で複数の教会の協同により設立された。当時ホームレス問題に取り組もうとする組織はほかになく、今日でもボランティア団体の多くが宗教団体つながりだという。
シェルターの前にはすでに十数人が集まっていた。数時間後にベッドが割り当てられるのを待っているのだ。金属探知機の警告音がビーッと鳴り、若い男性がロングコートのポケットの中のものを出すよう求められている。「ここではいかなる事情があっても、武器や薬物を回収しています。路上から武器を排除するため、せめてもの私たちにできることです」とジョンソン。

ここで働き始めてまだ1年ほどのジョンソンの目から見ても、支援を求める人々の数は明らかに増えている。「フェンタニル危機に加えて住宅危機も深刻化しています。家賃が高騰し、単純に住宅が足りていません。仕事があっても、住まいを諦めざるをえなくなった人たちが多くいます」。シェルターを訪れる人の半数以上が薬物依存に苦しんでいる。「すぐそこの路上で格安で簡単にフェンタニルが買えるのですから」
回復支援の専門組織(ROSS)で働いているブライス・ハンキンズ(69歳)は「ここで何度も夜を明かした」と、老朽化した建物を案内してくれた。窓には板が打ち付けられ、ひび割れたアスファルトから雑草が生えている。「15歳から55歳まで、薬物のせいで数えきれないほどバカなことをした。もっと早くやめていればと後悔している」。酒と薬を断って14年、転機になったのは、自分の子どもたちが離れていったことだという。「本当に大切なものをすべて失ったと感じたよ」

過剰摂取死が至る所で起こっているこのまちで、コリーはあきらめることなく支援活動を続けている。軍隊で働いた後、心的外傷後ストレス症(PTSD)に苦しみ、自力で対処しようとする中でオピオイド系薬物の深刻な依存症になったダニエル・ジェンキンス(35歳)は、「コリーがいなかったら、今頃死んでいただろう」と語った。

By Sara Assarsson
Translated from Swedish by Translators Without Borders
Courtesy of Faktum / INSP.ngo
Photos by Åsa Sjöström
※サムネイル画像:Arkadiusz Warguła/iStockphoto
※2025年10月1日発売の『ビッグイシュー日本版』512号の特集は「人間と薬物。そのつきあい方」。薬物の歴史や、日本における「見えない危機」について特集している。

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