2022年2月末に公表された国連「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の報告書で「地球温暖化は人間の活動が原因」と明言され、2021年11月の国連気候変動会議(COP26)では、地球の気温上昇を1.5℃に抑えるべく、2050年に世界の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標が採択された。
COP26の自国開催にあわせて『ビッグイシュー英国版』は、学術研究機関「UKリサーチ・イノベーション」の協力を得て、デジタルデザイン、建築、交通計画、食糧政策、気候科学の専門家に話を聞き、彼らの科学的予測をもとに2つのシナリオを描いた。あなたはどちらの世界を望みますか?
シナリオ1:かろうじて気温上昇を抑えた未来
2050年。世界は気候変動対策を実施し、2021年以降、温室効果ガス排出削減に成功した。ほとんどの国が排出実質ゼロの目標を達成したが、それ以前に排出された温室効果ガスのせいで、地球の気温は産業革命前より1・3℃高くなっている。

12月初めの午前6時。朝起きるとベッドの上のリモコンに手を伸ばして、暖房のスイッチを入れる。2階下で、熱ポンプがウィーンという音を立てるのが聞こえる。断熱効果の高い部屋はすぐに暖かくなる。
カーテンを開けると、2週間続いた大雨がついに止んだようだ。薄い灰色の雲間から太陽がのぞいている。ラジオニュースが、先週の洪水で北部ヨークの堤防が決壊しそうになり、ロンドンでも一部決壊したと伝えていた。
スーザンのことを思う。彼女は10年前、ウェールズの海沿い地区フェアボーンの自宅が海に沈んで、この共同住宅へ転居。他の住人もハリケーン、山火事、洪水、台風で家を失った人たちだ。
そんなことを考えていると、キッチンからベーコンを焼くいい匂いが……。今朝の朝食当番は、この共同住宅で一番の料理上手。今日のメニューはトースト、フェイク・ベーコン、ほうれん草と目玉焼き。卵は共同庭の鶏小屋で採れたものだ。今では肉はぜいたく品。手に入ったとしてもそれはラボで作られたもので、代替たんぱく質(※1)が混ざっている。パンは、同じ建物に住む高齢者の手作りだ。
※1 動物性たんぱく質の代わりになるもので、大豆から作られる植物性たんぱく質や培養肉などのこと。
労働者の80%が週休3日制に
洋服は“一生もの”
ここに住んで5年。公共施設を伴う総合共同住宅は、2030年代に気候変動で何百万人もの人々が家を失い始めた頃に建設が始まった。今となっては住民の孤立感やコミュニティの緊張も和らぎ、政府の家賃補助で低所得者も入居できる。
週5日制は遠い昔の話だ。週4日制は元々、二酸化炭素排出量削減のための緊急策として導入された。しかし今では、労働者の80%が週3日の休日を楽しみ、ボランティア活動にいそしむ人も多い。
長雨はイライラするが、そのおかげでシャワーの水不足の心配がない。入浴用の水は屋根に取り付けられた雨水タンクからパイプを通り、浄化されて温められ、シャワーヘッドに到達する。
今日は時間がないので急いで朝食を済ませ、部屋に戻って着替えをする。ジーンズは2030年に買った“一生もの”で、レーザーを使い着古した感を出している。シャツはオレンジの皮で作られたもの。パーカーは古着で、ペットボトルをリサイクルしたフリースの裏地がついている。ブーツはヴィンテージの革製で、近くの「不要品交換所」で革靴と交換した。
持っている服は昔ほど多くない。市場は古着屋や個人商店ばかりで、新しい服を買う時には、不要な衣類を店に持っていけばかなり安くしてもらえる。店は受け取ったものを古着として売るか、新しい製品に作り替える。数年前の大々的なキャンペーンが奏功し、昔のリユース・リペア・リサイクルの精神が復活した。学校では、サステナビリティ(持続可能性)と針仕事が、重要学習項目として位置づけられている。
飛行機は国内線廃止
生活に便利な15分シティ
着替えを済ませ、自転車で仕事場に行こうかと一瞬思った。が、子どもたちが集団で自転車登校する「バイクバス」のことを思い出し、代わりに配車アプリを開く。今ではほとんどの大都市でこうしたアプリが使えるようになっていて、同じ方面に行く車に同乗させてもらうことができる。おかげで、路上の車台数は大幅に減った。相乗りする相手が3人見つかり、落ち合う場所へと向かう。
拾ってくれたのは地元に住む女性。最近、国際切符を使って旅行した話が始まる。2020年後半から欧州では鉄道建設が加速し、国際列車はより速く、安く、便利になった。飛行機はあるが、劇的に少なくなった。今や飛行機は液体水素燃料(※2)で飛び、国内線は廃止に。今日乗った車も電気自動車だ。
車は大通りを走っている。あたりは家族連れや犬を散歩させる人、ジョギングをする人たちでいっぱいだ。道路を狭くして、歩行者と自転車用の道は広いので、のびのびと動ける。
生活に必要な場所には15分で行ける「15分シティ」がどこでも完全な形にできあがっているわけではないが、誰でも車なしでお店や遊びに行くことができる。つまり、地元の商店が活気を帯び、都市の中心部では人通りが少なくなったが、空き店舗はアートやチャリティ団体に譲渡され、文化、レジャー、地域活動の場となっている。
※2 水素は燃焼しても二酸化炭素を排出しないため、日本や各国で開発が進められている。
世界中で干ばつと穀物不作
頼りは国内の旬の作物
しばらくして、シャトルボートの発着所で車を降りる。ボートに乗り換えて、沖合にある風力発電所に着く。この発電所でタービン・エンジニアとして勤めてもう20年が経つ。
今は見渡すかぎり、どこにでも緑がある。二酸化炭素を吸収し、都市を毎年襲った酷暑を抑えるために昔植えられた都市森林のおかげだ。以前より空気はきれいになり、野生動物が戻ってきている。電気自動車の静かなエンジンは道を渡ってくる動物にとってわかりくく危険だが、動物の侵入を防ぐフェンスとセンサーのシステムが導入されている。
午後6時頃に仕事を終え、バスで帰宅する。自宅ドアの前には、地元の農家が配達してくれた野菜ボックスが置いてある。世界中で干ばつと穀物不作のため、スーパーの品不足は日常茶飯事だが、国内で育てられた旬の作物のおかげで食料供給はある程度安定している。
ボックスを持って家に入る。昔は果物が一つずつビニール袋で包装されていたなんて信じられない。今も海はプラスチックごみでいっぱいだが、日常生活で使い捨てプラはほとんど姿を消した。世界中の水源から、できるだけ多くのプラごみを取り除く大規模なクリーンアップ作戦が実施されている。
万事が完ぺきなわけではないが、20年代に世界のリーダーたちが温室効果ガス排出にブレーキをかけるのにぎりぎり間に合って、少しは住みやすい地球になった。何十年も前にグラスゴーで開催されたCOP26で合意が成立したおかげだ。地球は以前よりも少しずつきれいになり、緑も増えてきている。科学者たちによると、気温も徐々に下がり始めるだろうということだ。
(シナリオ2)気候危機への対処に失敗した未来
2050年、世界の国々は気候変動を抑えることに失敗し、2021年以降、温室効果ガスは増加し続けた。地球の気温は産業革命前より2・4℃高くなり、気候と環境に大混乱が生じている。

今朝、目が覚めたのは風で窓が鳴っているからか、隣の住人の咳のせいか、よく覚えていない。アパートには友人のライラと彼女の息子ダニエルが滞在している。東海岸ハルにある家が洪水で水浸しになったからだ。彼女はその家を20年前に買った。川沿いの低い平野だが、堤防があるから「災害リスクは低い」と言う開発業者の言葉を信じていた。
しかし数週間前、その堤防が一夜にして決壊した。ライラの保険会社には損害賠償請求が殺到して破産。ライラは行き場を失い、ダニエルは突然ぜん息に苦しむようになった。このアパート付近の大気汚染濃度は非常に高く、ダニエルの咳は止まらなかった。
それでも英国は、電気自動車への移行を試みただけでもまだましだと思う。米国では自動車業界のロビイストたちが(トランプの勝利のせいで)一歩も引かず、今もガソリン車が多く走っているのだ。コロナの時にマスクを着けることを嫌った米国人が、今や肺を守るためにマスクを着けている。
そんなことを考えていると、携帯電話に今日の汚染警報が入った。「中程度」なら最近ではよい方だ、と楽観視する。ニュースを聞くためにスイッチを入れる。
家は非断熱、まだガスボイラー
スーパーの棚は空の状態
ニュースでは毎日起こる災害、森林火災、洪水、ハリケーンの被害で住む家を失う人々。だが、こんなことは大したことではないかのように、キャスターは次の軽い話題へと移る。支援団体は最善を尽くしているが、危機が容赦なく次々と襲ってくるため、迅速な対応は困難だ。先週、災害救済基金への自動引き落としを止めたことを思い出し、罪悪感に襲われる。失業した今となっては、そんな余裕はない。
このアパートは19世紀後半のタウンハウス(長屋住宅)を改造した建物だが、23年に政府の「暖かい住まいを取り戻そう」計画が頓挫して以来、まともに断熱されていない。今日のように寒い日は冷たい空気が床から這い上がってきて、足の指先の感覚がなくなる。
ボイラーのスイッチを入れる。まだガスを使っているのだ。ブラインドを上げると、外の通りにいくつものプラカードが見え、大きなデモが行われている。向かいの店の窓はシャッターが降りている。怒りの対象はあり余るほどあって、抗議デモがなかった頃のことはもう思い出せないほどだ。
友人親子が泊まっているリビングに顔を出し、朝ごはんだと声をかけるが、メニューはあまり豪華ではないと声を低める。昔はふんだんにあった野菜や果物を手に入れるのが今は難しく、バナナなんて貴重品だ。魚は絶滅の危機にあり、肉は手が届かないほど高い。世界的に食料供給が不安定で、値段は乱高下している。
かつては農業が営まれていたアフリカ、南アメリカ、オーストラリアの広大な土地は耕作不可能になった。そのため、スーパーの棚は基本的に空の状態で、自給自足の精神で何年か前につくられた地元のコミュニティ菜園がなんとかがんばっている。
水なくなった北極圏で農業も?
物流遅延で薬不足、天然原料育たず
冷蔵庫と棚の中から食べ物をかき集め、豆をのせたトーストとコーヒーを申し訳なさそうにテーブルに出す。先日聞いたニュースによると、氷がなくなったグリーンランドと北極圏で農業の可能性があるそうだ。しかし、誰かがその利権を主張して戦争を始めるのではと、皮肉な考えも浮かぶ。
朝食を食べながら、今の雇用危機について話し合う。私は失業中で、ライラもいつ解雇されるかわからない状態だという。この前起きた経済危機では、銀行アプリを開いてみると一晩で自分の銀行が破産し、預金がなくなったという話を聞く。
ライラが家で仕事をしている間、ダニエルを病院に連れていくために着替える。洋服は今までと変わらず、粗雑に作られた安価なものだ。ガーナとパキスタンが、先進国からの不要な衣類の受け入れを拒否し、洋服がごみ捨て場に山と積まれた時でさえ、ファストファッション業界は一回しか着ない1ポンド・ドレスの販売をやめようとしなかった。セーターとジーンズを着て車に向かう。
今や電気自動車は当たり前。しかし、充電ステーションの設置箇所が少ないことにしびれを切らした多くのドライバーがガソリン車に戻ってしまった。その充電ステーションが歩道を狭くし、歩けなくなった道もある。バスや鉄道の遅延・運休もよく起こる。
病院へ行ったのは無駄足だった。このところ、多くの医者は新しい病気やメンタルヘルスの危機で手いっぱいで、5分間で2人の患者を診ている。医者はダニエルのために処方箋を書いてくれたが、地元の薬局ではその薬は在庫切れだろう。洪水で道路が頻繁に遮断され、ほとんどの貨物が遅延しているからだ。さらに切実なのは、薬品に使われるさまざまな天然原料がもはや育たず、手に入らないことだ。
気味が悪いほど静かな森
「昔の森はどんなふうだったの?」
外へ出てみると雨が止んでいたので、市の中心部を抜けて近くの森へ車を走らせる。森の中の散歩は気持ちがよかった。何十年も昔、自分で植えた木を見に行く。当時は航空会社や大企業が、二酸化炭素をいくら排出してもそれを相殺する森林を増やせば大丈夫だと人々に信じ込ませた。しかし、夏は異常な暑さとなり、泥炭(※3)の燃焼が続いて森林火災が頻繁に起こっている。
木々の間を歩きながら、森は気味が悪いほど静かだ、と思う。昔、このあたりは野生動物でいっぱいだった。昆虫が姿を消し始めた時、誰も気にかけなかった。しかし、まもなくしてその影響は食物連鎖におよび、次は鳥や哺乳類が消えていった。
こんな状態に至るまで、警告がなかったわけではない。21世紀前半から徐々に多くの種が絶滅し、アマゾンの木々は伐採され、サンゴ礁は死滅し、山頂を覆う氷帽は溶けていった。怒りの声は長く続かず、かき消された。政治家らは首を振り、いつもの仕事に戻った。人々は知りたくないか、気にもしないかのどちらかだった。
おそらく私の考えていることに気づいたのだろう。車に戻りながらダニエルが振り返り、昔の森はどんなふうだったのかと尋ねる。鳥やピクニック、植林のことを曖昧ながら答える。あの時、COP26という機会を無駄にしなければ、こうはならなかっただろう。自宅への帰り道、これは避けることができたのだという悔恨の念に悩まされる。
(Sarah Wilson, The Big Issue UK/編集部)
※3 枯れた植物が地中に蓄積したもので、その上にある湿地林や森林が燃えると土の中まで火災が広がる。膨大な量の炭素を含むため、通常の森林火災よりも温室効果ガスが多く排出される。近年、インドネシアやロシアで発生。
※この記事はTHE BIG ISSUE JAPAN428号(2022-04-01 発売)からの転載です。
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