(2009年11月1日発売のビッグイシュー日本版130号より転載)

自閉症児たちが見ている世界はどのようなものだろう。当事者たちが綴った本を読むと、その豊かな体験世界に驚かされ、同時にそこから接し方のヒントを得ることができる。そもそも自閉症とはどのような障害であるのか? また、新たにクローズアップされてきた虐待や不登校との関係などをあいち小児保健医療総合センターの児童精神科医の杉山登志郎さんに聞いた。



発達障害の有無や種類、明確には分けられない

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一時期、新規患者の待機期間が3年という状態だった「あいち小児保健医療総合センター」の心療科。地域の医院との連携を図ったことで4ヵ月待ちにまで短縮されたが、心療科部長を務める杉山登志郎さんの忙しさは変わらない。多い日には1日で70人の子どもたちに向き合い、取材に訪れたこの日もすでに40人を診療したあとだという。取材中にも、ポケットに忍ばせたPHSが何度も鳴っていた。

「自閉症というのは社会性の障害、コミュニケーションの苦手さ、こだわり行動という3つをもち合わせた先天性の発達障害のこと。複数の障害が重なり合うこともあり、軽度から重度まで状態もさまざまです。一般的に罹病率は1~2パーセントといわれますが、診断がつかない軽度の人まで含めるとその5~10倍になるのではないでしょうか」


自閉症を代表とする社会性の障害を中心に持つ発達障害は、正式名を「広汎性発達障害」と言い、また「自閉症スペクトラム障害」とも呼ばれる。知的な遅れのない群を高機能広汎性発達障害と呼ぶ。自閉症スペクトラム障害とは、自閉症、アスペルガー症候群(コミュニケーション障害を伴わないタイプ)、その他の広汎性発達障害、あるいは非定型自閉症と呼ばれる明確な診断がつけにくいケースまでを一連の連続体としてとらえる考え方である。

「診断のつけにくいケースを、私は広汎性発達凸凹と呼んでいます。発達障害とは社会的な適応障害を伴うものを指すため、そうでない場合は発達の凸凹というほうがしっくりくる。障害の有無は明確に線引きできるものでもないし、障害の種類も明確に区別できるものではありません。診断名にとらわれすぎず、一人ひとりの状態に応じて働きかけをしていくことが大切です」


これまで、しつけや性格の問題だと誤解されることも多かった自閉症だが、生まれつきの脳の中枢神経の障害に由来するものであることが一般にも知られるようになってきた。さらに、自閉症の人がつづった書物を読むことで、彼らの〝体験世界〟の一端を知ることができ、そこからつき合い方や接し方のヒントも見えてくる。

「たとえば、『砂の一粒一粒が見飽きず、おもしろい』『まわり中が一定のリズムで動いていると幸福感がある』『幼児期は耐え難い騒音と異臭に満ちていた』『触られると痛かった』など、健常者の感覚とは大きく異なる世界の中にいることがわかります。ぜひ彼らが書いた自伝を読んでみてほしい」



気づかれない発達障害 子どもの虐待につながる

虐待と自閉症との関係についても、注目すべき点があると杉山さんは言う。 

「このセンターには虐待の専門外来があるのですが、そこを受診する子どもたちの中に広汎性発達障害と診断されるケースがとても多いんです。特に、知的な遅れのない高機能群と呼ばれるグループが、虐待を招く危険因子になりやすいと思われます」

知的障害がないことで診断がつきにくく、「身勝手な子」と誤解され、養育者の側に欲求不満を生む。そしてそれが虐待へとつながることがある。

「広汎性発達障害と診断された被虐待児の男女比は3対1で、これは一般的な広汎性発達障害の男女比と同じ。これを逆に、虐待がニワトリで、広汎性発達障害を卵だとすると、この男女差がもっと縮まるはずです」


また、杉山さんが行った調査で、知的な遅れのない高機能自閉症児は約12パーセントが不登校になっているという結果が出た。さらに、同センターの「不登校外来」を訪れる子どもたちの中にも、広汎性発達障害と診断される割合が増えている。

「開設当初の03年、約4割の子に広汎性発達障害という診断がついて驚いたのですが、07年の調査では67パーセントと、なんと7割弱の子どもが高機能広汎性発達障害だとわかりました」

コミュニケーションが苦手なために友人との関係を築けなかったり、学習につまづいたりと、「学校に行きたくないから行かない」というパターンが多く、対応を誤ると引きこもりに進行してしまう可能性もあるという。


また、思春期に「自分は何かがおかしい」と意識しはじめ、その違いの理由を短絡的に性別に結びつけてしまった場合、性同一性障害につながることがある。「男だからダメ」「女だからダメ」と思い込んでしまうのだ。実のところ、性同一性障害だというケースの中に、発達障害が基盤にある場合は少なくない。 

日本には1歳半健診、3歳健診という乳幼児健診システムがあり、そこで発達についてのスクリーニングが行われる。ここで発達の遅れを指摘されれば、早期に療育をスタートすることができる。しかし知的な遅れがない場合は見落とされてしまいがちだ。

「スクリーニングの精度を上げることと、軽度の発達障害児を視野に入れた新たなシステムをつくる必要があります。児童精神科医は絶対数が少ないので、そこに患者が押し寄せるとパンクしてしまう。小児科医も発達障害にもっと向き合うという態勢をつくるしかありません」

「小学校年代に診断を受けたグループと中学校年代以降に診断を受けたグループを比べたところ、少なくとも小学校年代までに受診をしたほうが、18歳以上になった際の社会的な適応がよいという結果が出ました。先天性の障害であっても、子どもの脳には高い代償性があるので、ある部位が機能しにくくても別の部位がカバーしようとしてくれる。また、問題を起こしやすい行動パターンも、繰り返し練習することで修復できることもある。早期に気づき、早い段階から治療教育を受けることが大切です」



凹の部分をサポートしながら 凸を伸ばす

どこで授業を受けるか? 選択肢は大きく分けて、特別支援学校、通常学校の通常クラス、通常学校の特別支援クラスという3つがある。

「学校へ行くことが目的ではなく、大事なのは学校で何を学ぶかということ。だから、選択の基準は、授業に無理なく参加できるかどうか。以前に比べると情報が行き渡り、保護者も『何が何でも通常クラス』と無理させないようになってきています」

いつか社会に出る。そう考えると、在学中に人とのつき合い方や社会のルールを学ばなければならない。アルバイトをするのもよいと杉山さんは言う。

「このたびの不況の影響で、私がずっと診てきた子の中で、知的な遅れのない高機能自閉症の子が何人か失職したんですが、その全員が通常高校、大学、大学院を卒業した子でした。逆に養護学校を卒業して障害者枠で雇用された子は一人も失職がないんです」


学校で社会に適応するための訓練を受け、理解のある企業へ就職したケースでは比較的長く勤続する傾向にあるという。また、自閉症の凸(長所)の部分を活かした職に就き、健常者よりも効率よく仕事をこなしている人も少なくない。

実は発達障害である天才・偉人は多いのだ。有名な例としては物理学者のアインシュタインだろう。「海外の先進国では凸凹の凸の部分を伸ばすための特別教育が実施されているんですが、日本ではその考え方は根づいていない。凹の部分をサポートしながら、長所を伸ばしていく。そんな教育体制が望まれます」

仲間の存在やコミュニティは大事であると、杉山さんは1992年に「アスペ・エルデの会」の設立にかかわり、軽度発達障害の子どもたちが集まれる場をつくった。

「子どもの頃から会に参加していた子が、今は会社でしっかりと働き、自分で収入を得ています。先日、その彼らが宿泊費などを全部負担してくれて、『先生、来てください』と私を宴会に招待してくれたんです」

私は半分、保護者のようなもの――。子どもたちの成長を見ることは何よりもうれしいと、その顔は一段と優しくなった。
(松岡理絵)

(プロフィール)

すぎやま・としろう
1951年、静岡市生まれ。専門は児童青年期精神医学。久留米大学医学部卒業後、愛知県心身障害者コロニー精神科医長、静岡大学教授などを経て、あいち小児保健医療総合センター保健センター長兼心療科部長。日本小児精神神経学会常務理事。著書に『発達障害の豊かな世界』(日本評論社)、『子ども虐待という第四の発達障害』(学習研究社)、『発達障害の子どもたち』(講談社現代新書)、編著書に『講座子どもの心療科』(講談社)などがある。





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