老朽化する水道インフラに、国・自治体が直面する財政難―。その突破口として「日本の水道をすべて民営化しよう」と政府が動き始めている。しかし、水道を民営化した多くの国々では、水道の「再公営化」が湧き起こっている。海外の水道事情にくわしい佐久間智子さん(アジア太平洋資料センター理事)に話を聞いた。

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※ビッグイシュー日本版 242号(2014.7.1)より記事転載

〝儲かる民営化〟最後は社会に依存、コレラが蔓延した南アフリカ

 今、ライフラインである水道が転換期を迎えている。
 たとえば、水道管。法律で定められた耐用年数40年を過ぎた水道管は「ほぼ地球一周分(3万8千キロメートル)」もあり、これは今後さらに増えていく。その他にも、老朽化した浄水場やダムを更新・修繕していくために、今後50年間で57兆円のお金が必要になるという。「…でも、税金や水道料金だってちゃんと払っているんだから、行政がちゃんとやってくれるんじゃない?」。そんな疑問をもつ人もいるかもしれないが、現実はすこし深刻かもしれない。

 今や人口が減って税収が減りつづける国にも自治体にも、お財布に余裕がない。すでに水源開発などで増えた水道事業の負債も11兆円近くある(ビッグイシュー日本版242号14ページ参照)。じゃあこの転換期をどう乗りこえる?といった時に、救世主のように語られているのが水道の「民営化」だ。つまり、これまで公的機関が担ってきた水道事業の運営を、私営企業に任せたほうが「行政より効率的な経営ができて、コストを削減しながら水道施設も直せるはず」というわけだ。

 しかし、話はそう簡単だろうか? 20年以上にわたって海外の水道民営化を観察してきた佐久間智子さんは「そもそも水道事業は、なるべく安い料金でサービスを提供するよう、基本的に〝儲けない〟ようにしてきた事業で、だからこそ公的機関が運営してきました。それを企業が〝儲かるモデル〟に変える時、そのやり方は限られます」と指摘する。

そのやり方は
①水道料金を値上げする。水消費を増やす
②労働者を減らす。非正規に置き換える
③税金で補填する。
この3つが民営化の実情です。南アフリカで起きた一番有名な例は、民営化された後、すべてのコストを水道料金に反映する『フルコスト・リカバリー』が採用され、貧困家庭の多くが収入の30%以上を水道代に割くようになりました。その結果、料金を支払えなかった約1千万人が水道を止められ、汚染された川から水をくみ、コレラが蔓延。クワズールーナタル州だけで12万人が感染、300人以上が死亡しました。その時に民間の水道会社は何もしなかった。結局、政府が給水車を出して、そのコストもぜんぶ補填したんです。何のための民営化か、ということですよ。

非市場、地域独占の民営化 パリ、水道料金265%上昇

 こうした話は、何も南アフリカのような途上国に限ったことではない。89年から水道の民営化を始めた英国では、その後の10年間で水道料金が値上がりし、水質検査の合格率が85%に低下。漏水件数も増え、何百万もの人々が水道を止められた。しかもその間「株主配当」や「役員特別報酬」は十分に支払われたという。

 また、二大水道メジャーと呼ばれる多国籍企業「スエズ社」「ヴェオリア社」の本拠地であるフランス・パリでは、85年から09年のあいだに水道料金が265%上昇した。

水道の場合、家に蛇口が2つあって『今月はA社のほうが安いからこっちを買おう』とは選べません。つまり水道の民営化は地域独占のまま行われ、市場経済ですらないのです。企業が料金引き上げが必要だと言えば、規制機関はノーと言いにくくなる。ものすごい無駄があっても『これだけのコストがかかった』と上乗せすれば、それに応じた料金に改定されるわけです。
パリの場合、およそ30%の収益が企業内留保金に消えたそうです。当然、メンテナンスも縮小再生産になります。それでも効率よくできるとしたら、それはものすごく安く雇った人たちにやらせるから。しかし、非熟練のアルバイトのような人が増えれば、それだけ事故が増えてもおかしくありません。
 ちなみに英国では、99年のブレア政権となって水道料金の引き下げが行われた。それによって経営が悪化した民間企業は、次々に外国資本に買収・合併され、水道事業が〝金融ギャンブル〟の投機対象となっていった。
毎日24時間、水道事業は安全な水を出す必要があります。それがシナリオ通りにうまくいかなかった企業はぽんぽん撤退してしまう。そうした例がアフリカやアジアなど、海外でたくさん起きている。急に撤退された後の復旧は大変です。


「再公営化」世界86の地域で進むブラジル、市民による「参加型予算」モデル

 2013年、麻生副総理は「日本の水道をすべて民営化します」と宣言。その麻生氏が議長代理、安倍首相が議長を務める「産業競争力会議」では、竹中平蔵主査が水道の民営化に言及。さらに大阪市は、水道設備を保有しつつ、30年間の事業運営権を新会社に売却するかたちで民営化を進めようとしている。

 しかし、一足先に水道民営化を進めた国々では、むしろ水道の「再公営化」が進みつつある。フランス・パリでは、10年に水道を再び公営化。その際「Obsevatoire」という組織を設立し、市民が代表を担い、事業者のマネジャーや技術担当者が参加しながら、水道事業や水問題について議論する場をつくった。それまでは企業秘密によって不透明だった投資計画や財政報告も公開され、内部データベースにアクセスできる権限も与えられた。その結果、45億円のコストを削減し、水道料金を8%下げることに成功。効率化を〝再公営化〟で実現させた。こうした動きは、過去15年間に86以上の地域で生まれているという。

 実はこうした市民参加こそ、問題の解決につながると佐久間さんは考えている。
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確かに、今までのように行政に甘えていてもお金は出てこないので、どう水道インフラを再構成していくのか。市民が知恵を出し、声をあげていかないと解決はむずかしい。たとえばブラジルのポルトアレグレでは『参加型予算』といって、市民たちが区域ごとに公共事業の優先順位を話し合って決めています。そうした市民参加は、スペインやインドの一部でも行われています。もし日本でも実現できたら『水は命にかかわることだから、一日一人100リットルまでは無料で使えるようにしよう。その代わり、市民ボランティアが一部の仕事を担って支出を削減しよう』など、優先順位を変更して効率化ができる。行政もどんな浄水システムを入れるかなどを市民にもっと相談していく必要があります。
 また英国のウェールズでは、地元投資家が設立した非営利事業団体(責任有限会社Glas Cymru)が水道会社(米国資本)を買収。非営利形態で「利潤をすべて再投資にまわす」運営を続けている。このように水という公共サービスの分野では「非営利の法人だけが参入できるようにする選択肢もある」と佐久間さんは言う。

一度民営化すると取り返しがつかない場合もあります。もし企業との契約を途中で破棄すれば『契約期間のあいだでどれだけ儲けるつもりだった』という企業側の試算を加味した価格で買い戻す必要があるからです。つまり、再公営化してもそのぶん高くなった水道料金は払わざるをえない。ドイツのベルリンなどで起きている現実です。安全な水道が安価に提供されるのが当たり前ではないという事実に、まず市民が気づかなければならないと思います。その上で、変化する地域の実情にあった水道をともにつくり直していく覚悟をもち、開かれた議論を求めていく必要があります。
 (土田朋水)

参考文献
『全水道(なぜ、いま、水道民営化?)』全日本水道労働組合

『ウォーター・ビジネス』モード・バーロウ(作品社)
『世界の〈水道民営化の実態〉』コーポレート・ヨーロッパ・オブサーバトリー
トランスナショナル研究所(作品社)
『世界の〈水〉が支配される! グローバル水企業の恐るべき実態』国際調査ジャーナリスト協会(作品社)
「佐々木隼也の『斥候の眼』」(IWJウィークリー13号)
さくま・ともこ
アジア太平洋資料センター理事。経済のグローバル化の社会・開発影響に関する調査・研究および発言を行っている。水道の民営化に関する書籍を数多く翻訳、解説も行う。

ーービッグイシュー日本版 242号(2014.7.1)より記事転載ーーー



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