ウェス・アンダーソン監督の最新作『犬ケ島』は大物スターが勢ぞろい、美的な魅力に溢れるだけでなく、大切なメッセージも込められた作品だ。ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、ブライアン・クランストンら主役スターが作品について語ってくれた。

映画『犬ヶ島』予告動画


豪華キャストが揃った声優陣

ウェス・アンダーソン監督9作目となる長編映画『犬ケ島』がベルリン国際映画祭でワールドプレミアを迎えた。上映の数時間前、おなじみのヘリンボーンのツイードスーツに身を包んだアンダーソン監督は、興奮しながらも丁寧な物腰で、ハリウッドの大物らが集まった、映画監督なら誰もがうらやむようなテーブルの真ん中の席についた。

ビル・マーレイとブライアン・クランストンに挟まれるかたちで座るのはグレタ・ガーウィグ。テーブルの反対側には監督と共同で脚本を担当したジェイソン・シュワルツマンとロマン・コッポラ。リーブ・シュレイバーの隣にはジェフ・ゴールドブラム。最前列で盛り上がっているのはティルダ・スウィントン。この日は同席できなかったが、他にもエドワード・ノートン、スカーレット・ヨハンソン、オノ・ヨーコ、フランシス・マクドーマンドら素晴らしいキャストが出演している。

こんな豪華な顔ぶれを、このアメリカ人監督はどうやって揃えられたのか。
これまでに一緒に仕事をした、または僕が長年ファンだった俳優ばかりを集めました。映画を撮るなら真っ先に使いたい役者たちです。それにアニメ作品ですからね、「都合が悪い」と断ることができないんです。いつでもどこでも、なんなら自宅でだって録音できますから。
記者会見で、監督は冗談を交えてこう答えた。

役者たちにとっても、才能ある監督と仕事ができること、「ウェス・アンダーソン組」の一員になれる喜びは格別だろう。

ビル・マーレイはこう表現した。
チョコレートとシャンパンを少し頂いてエンジンがかかってきたから言うけど…こんなメンバーと仕事ができるなんて「We Are the World」プロジェクトに参加してるようだった。実にすばらしい声優が揃ったよね。ほんの一節だけど歌も歌えたしね!
ビル・マーレイが声優を務めたのは、斑点だらけの雑種犬ボス。かつては高校野球で最強チームのマスコット犬を務めた。今でもメガ崎市「ドラゴンズ」のチーム名が入った犬用セーターを着ている。犬ギャング軍団リーダー格の1匹だ。

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手作業にこだわりスタッフは総勢670人!

映画の舞台は今から20年後の日本、架空の街「メガ崎市」。ドッグ病が蔓延し、人間への感染を恐れた「猫派」の小林市長は、すべての犬をその名の通り異臭が立ち込める「ゴミ島」へと追放する。

アンダーソン監督は、自身初のアニメ作品『ファンタスティック Mr.FOX』(2009年)の時のように、今回もパペットと動物をフィーチャーし、実写版ではなし得ない世界を作り出した。

とことんまで手作業にこだわった複雑きわまりないストップモーション(こま撮り)製作。1,000体のパペット、ミニセット、670人以上のスタッフ(パペット部門70人、アニメ部門38人を含む)でフレーム撮影。全101分の映像はなんと13万枚のスチル写真から作られている。

『犬ヶ島』メイキング動画


製作期間は2年、膨大な作業はまず声優の録音から始まった(導入部のインタータイトルによると、犬の鳴き声はすべて英語に翻訳されたそうだ)。落ちぶれ果てた犬ギャング軍団のリーダー格5匹のうち4匹は一緒に録音にのぞんだ。これは、アニメ作品としては珍しいこと。ワールドプレミアの翌日、ボブ・バラバン(キング)、ブライアン・クランストン(チーフ)、ビル・マーレイ(ボス)、エドワード・ノートン(レックス)がこの時のことを語ってくれた。

まず、ビル・マーレイは言った。
僕らは皆、これまでにも演劇、レコード、その他にも録音作業したことがあるけど、いつも一人でブースに入って孤独な作業なんだ。今回は他の役者のリズムやテンポを感じられたから、より活気があって、互いに引き出しあえるものがあった。
ブライアン・クランストン(孤独な野良犬でけんか腰の犬チーフ役)も、
4人で演壇に上がってスピーチしてるようだった。他のメンバーが何をしてるかが分かるのは面白かったよ。
アンダーソン監督も同じ部屋にいたが、ほとんど指示を出さず、役者の直感を信じ、流れにまかせていた。
監督はほとんど目をつぶってたよ。パペットの撮影をどう調整したらいいか考えながら、たまに「ちょっと、そのセリフ合ってる?」って口を挟むくらいでね。

ウェス・アンダーソン監督と仕事できる喜び

犬ギャング集団の5匹目デュークの声優を務めたジェフ・ゴールドブラムは、その日L.A.にいたため同席できず、後日、防音スタジオで監督と電話越しに話しながら自分のパートを録音した。デュークはゴシップ好きの犬で、記者向け資料には「自由奔放なマウンテン・ドッグ」とある。歯が欠けているものの身なりは小粋。それほど重要ではないものの、ゴールドブラムにとっては夢が叶ったかのような役だ。
アンダーソン監督はどんなプロセスを踏もうときちんとやり遂げる人ですから、ほんとすごいですよ。どうせなら、こんな誇りに思える傑作に出演したいですから。
アンダーソン監督との仕事は今回で3作品目だ。
相手のことをよく理解し、高く評価し、毎回違う面白いやり方で起用してくれる監督はそうそういません。今回のキャラクターづくりも、役者との結びつけ方も実にうまいです。
ブライアン・クランストンにも、なぜこの役(チーフ)に抜擢されたと思うかを聞いた。
僕はこれまでにも問題の多い役柄をたくさん演じてきましたし、自分自身の問題と重ね合わせて治癒的効果もあるので気に入ってるんです。
人気TVシリーズ『ブレイキング・バッド』のウォルター・ホワイト役や『マルコム in the Middle』の父ハル役のことを言ってるのだ。

ビル・マーレイにも同じ質問をすると、
昨日の夜、なぜこの役が自分だったのか分かった気がしたよ。ボスはスポーツ好き、僕もスポーツ好き。監督は僕のアスリート性を見てくれたんじゃないかな。
アンダーソン監督の「お抱え俳優」という考えには反対するビル・マーレイだが、今回のスポーツ好きでひょうきんな役柄は、監督がデビュー作『Bottle Rocket』(1996年)から『天才マックスの世界』(1998年)『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)で進化させてきたものを簡潔に表現したものといえる。

人々から熱狂的なまでに崇拝されている映画監督と、数多くの作品で継続的な関係を築くのはどんな感じなのだろう。
監督は着てる服の長さから、何から何まで変えようとするんだ。以前、僕のパンツの裾が短すぎるって言ってきたことがあってね。だから今はもう着てないさ。
バラのプリントが入ったフレアデニムを指しながらマーレーは答えた。
問題なのは、彼が監督として成功した今、新たに彼のまわりで働く人たちが皆、彼がいるだけでこんな風になっちゃうんだ(と、畏れ多いものを見るような表情をするマーレイ)。ちょっとした王国ができてしまってる。でも監督がそれを良しとしてないのがいいよね。お世辞をたらたら言ってくるようなヤツらには目を掛けてないんだ、むしろ視界にすら入ってないかもな。

2年前の製作開始とは思えないほどタイムリー。
『犬ケ島』が伝えたいメッセージとは

『犬ケ島』はウェス・アンダーソン作品にお馴染みの役者が集まっただけではない。これまでに『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001)、『ライフ・アクアティック』(2004)、『ダージリン急行』(2007)でも取り上げてきた長年のテーマ「家族や兄弟愛へのあこがれ」や「負け犬(ここでは文字通りの意味で)」の本質についても掘り下げ、アクション満載の冒険とともに物語が展開していく。今回は、小林市長の養子である12才の少年・小林アタリ(声優を務めるのは新人コーユー・ランキン)が愛犬スポッツを捜すべく小型飛行機で「ゴミ島」に降り立つところから。

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さらに、この作品には時代を超えるストーリー性もあり、これが期せずして予言的なものとなった。製作がスタートしたのはトランプ大統領誕生前だったが、世界の政治状況が変わりゆくにつれ、作品が持つ雰囲気や寓話的メッセージが実にタイムリーなものとなったのだ。

住み家を失った犬たちとメガ崎市の人々が真実を求めて圧制者に対して立ち上がる。最初こそ気が散るほどに細かく質感にこだわっていると思われた描写も、次第に無くてはならないものとなっていく。

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これについて、ジェフ・ゴールドブラムが説明する。
監督の作品は信ぴょう性がありつつ私的な要素もある。その上、上品さ、親切心、思いやり、一体感、反敵対心、和らぎ、人間と生き物の共存を呼びかける。だから、昔ながらのアイデアを取り上げながらも、今、この作品が注目されているのです。

現実世界でも、こんな美しくて楽しいストーリーでコトが動けばいいんですけどね。僕の大好きな作品、ドクター・スース原作の『ホートン/ふしぎな世界のダンダーレ』では、危機に見舞われた世界を救うべく、すべての人が闘いに加わるんですよ。ただ一人を残してね。この最後の人物が闘いに加わる時こそ、皆の声が届き、事態が動き出すのです。

アンダーソン監督のように美しくはいきませんが、私たちもそれぞれのやり方で声を上げていけば、物語を盛り上げていけるのかもしれませんね。
By Annabel Brady-Brown
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo

『犬ヶ島』公式サイト
http://www.foxmovies-jp.com/inugashima/
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