ビッグイシューでは、販売者を伴って出張講義を行うことがあります。
高度成長期をモーレツに勤めあげてきたであろうアクティブシニアの多いコミュニティでは、“ホームレス問題”や“ビッグイシューの事業”はどのように受け止められるのでしょうか。当日のスタッフの講義内容にオンライン編集部の補足を交えてご紹介いたします。
「人はどうしてホームレスになるのか」について考えてみるワークショップ
日本では「生まれた時からホームレス」の方はほぼいないのに、ビッグイシューの事務所を販売希望者が訪れるときには、家がない状態に陥っています。
まずはそこに至るまでの間に、一体彼らに何が起こったのか。どうしてその状態になってしまうのか?を考える機会を持ちました。
予備知識がない状態での話し合いからは、このような意見が出てきました。
参加者A「ギャンブル・精神疾患・犯罪・災害」?
例えばギャンブルに頼ってしまうとか、精神疾患が起きてしまう。
それから、罪を犯す。あとは災害もあり得ると思います。
収入源を失うことによって、家族からの信頼も受けられなくなってしまいます。
あともともとの夫婦関係も影響していると思います。
参加者B「人間関係、家族関係、不倫、失職、心のバランス」?
最初は人間関係、家族関係、不倫。2番目が失職。
3番目が心のバランス。
アルコール依存とかギャンブルで、心のバランスを失って、最後は家庭が崩壊して1人になってしまうというプロセスじゃないかと思います。
参加者C「拾い食いは3日で慣れる」?「人間関係がイヤ」?
失業、収入がなくなる、家族の離散。
立ち上がれる人もいますが、拾い食いを3日したらそれが普通になる人もいる。
そういう生活の中で、健康保険とか社会保障の網の目から外れていくことがあるんだと思います。あとは、家族や会社なんかの人間関係も嫌で、そこから足踏みする人もいるのかなと思いました。
これらの意見に共通することは「 “頼れる人間関係・夫婦関係”や“仕事” が“あった”という前提であり、そこから本人がギャンブルやアルコール依存症になったり、災害になったりした結果、家庭が崩壊したり、仕事をなくしたりする」という考え方です。
高度成長期とは違う。「踏ん張ろうにも、踏ん張れない状態」の現代
しかし、現状ホームレス状態になる人たち、そしてこれからホームレス状態になる可能性のある人たちと言うのは、 “頼れる人間関係、夫婦関係” や“仕事”を持っている状態の人ばかりではありません。
「若者ホームレス白書」で20~30代の50人ぐらいのホームレス状態の男性の方々から聞き取り調査をしてわかったこととしては、そもそもの基盤となる家族(ここでは伴侶ではなく、保護者という意味で)の支えがない方が圧倒的に多いのです。50名中25名は、両親のいない家庭で育っていました。両親がいる家庭で育っている人たちが25名。残りの方々は、保護者が一人であったり、実親ではなく親戚であったり。児童養護施設で育った方も11%、6名います。
また、家族の支えがあるとしても、生活保護利用世帯出身、保護は利用していないけれども貧困層だった、という方も多い傾向にあります。そうするとじゅうぶんな教育を受けさせようというが余裕がないことが多く、高卒の方が半分ぐらい。残りは中卒の方や中学校中退の方もいます。18歳全体の大学進学率が50%を超える現代において、この調査対象の50人のうち、大卒の方は1人、大学中退者が1人といった状況なのです。
つまりホームレス状態に陥りやすい方の特徴は、自分を支えてくれる人間関係・人格形成の基盤がもともと、とても弱い方だと言えると思います。
編集部補足:
かつての高度成長期の真っただ中で正社員として勤めあげてきた人たちには想像しづらいことなのですが、現状は「正社員」採用の枠は狭まり、かつて「正社員」になれた人たちであっても、現代の日本では「非正規雇用」で雇われることが多々あります。
そして非正規雇用の人たちは正社員よりも条件が悪いことも多く、「案件が終わったら契約終了」のような状態では、生活基盤がもともと弱い。そんな状態では家族を持つことも難しい。住み込みの場合は、仕事を失う=家を失う、ということに直結します。
転職して正社員になれたと思っていても、ブラック企業の跋扈で、酷使され精神を病んでしまうということも多発しています。
参考:
・ビッグイシュー日本版 313号 特集:壊される“まともな働き方”
ひきこもりの人々も、親がいなくなった後はホームレスになるリスクが高い
また、日本ではひきこもりの若者が増えていることが社会問題化しています。
さらに、そのひきこもりが長期化して高齢化が進み、40歳以上の当事者が6割を占めるようになったといわれています。
ひきこもりの人たちは、同居する親がいなくなった時点で、仕事もパートナーもいません。その人が「助けて」と言える状況にない場合は、路上生活になりかねません。
ビッグイシューでは「若者のホームレス白書」をまとめたときに、「若者をホームレスにしない社会をつくることが大事」だという結論になり、今は若者を支援している団体ともつながって一緒に活動をしています。
なぜ、「ホームレス」の人は、ホームレス状態から抜け出せないのか?
次に、「どうしてホームレス状態から抜け出せないのか」、そのハードルになるもの、もしくは「こういうサポートがあれば抜け出せるはずなのに」ということを書き出すワークショップをしました。
参加者D:「身なりが悪い」からホームレス状態から抜け出せない?
住所がない。次に長期的に収入が得られる仕事がない、身なりが悪い、保証人がいない。
ということがハードルだとした方もいました。
身なりについては、「朝起きて、身なりを整えて仕事に行く」ということをするべきなのにできていないということかと思いますが、路上生活者は家がないため、シャワーを浴びたり、顔を洗ったり、ひげをそることさえも難しいことがあります。
また、履歴書に書く住所や連絡先がなく、たとえスキルややる気があっても面接にこぎつけるまでが難しい。保証人がいなくて受からなかったという方もいらっしゃいました。
「給料日まで1カ月、どうやって生きていくんだろう」という意見も出ました。
月払いの仕事に就けるようになったけど、1カ月後までお金が出ない。そうしたときに、そこまでどうやって生きていくのか。公的な貸し付けもありませんので、その話をあきらめざるを得ない方もいらっしゃいました。
日本では、ホームレス状態で生まれる方はいません。もともとは皆さん「家があり」お仕事をしておられた。「失業して収入を失う」ということが、ホームレスになる一番の理由です。職を失って、収入がなくなって、住居を失う。そして住居がないからなおさら職に就けない。
でも、収入のある状況になれば、ご飯が食べられて、屋根のあるところに住め、職を得ることができます。それ以外の支援が必要なことも多々ありますが、収入のある状態をまず作るということ、それが、有限会社ビッグイシューが取り組んでいることです。
参加者E:「先回りして情報提供すれば救えるのでは?」
希望はないけど生きていかなければならないから犯罪に走る、という人もいる。
そういう人を救う手立てが必要だと思う。見回りをして、「こういう方法があるんだよ」というのを教えてあげればいいのではないですか。
本人が現状を変えたいから「もう一度頑張ろう」と意欲を持つこと。
でも、なかなかそういう状態にはならないから、支援する人が必要になってくる。根気強い働きかけで本人の殻を破っていただいて、前向きな気持ちを持っていただければよいのではないでしょうか。
という意見をくださった方もいました。
ビッグイシューが路上にいる方に対してできる見回りとしては、どういった行政のサービスがあるのか、どういったNPOがどんなサポートを行っているのかをまとめた「路上脱出ガイド」という小冊子を制作し、路上で配布をしています。これはNPO法人ビッグイシュー基金のスタッフがアウトリーチという形で配布することもあれば、様々な地域で炊き出しなどのホームレス支援をするNPOの方々が配ってくだることもあります。
それから「近くにいる路上生活の方が気になるんだけれども、何をしたらいいか分からない」とお問い合わせをいただいたときには、「この冊子をお渡しいただいて、もし興味があったらここに電話するよう伝えていただけますか」とお願いをしています。
ここ数年で配布数が伸びてきたのが図書館です。東京都内でも多くの図書館に設置いただいていますし、大阪市では市内全ての図書館に置いていただくという協力が得られています。
参考:「路上脱出ガイド」
生きる意欲のない人に「やる気を出してもらう」ということの難しさ
「中には、やりたくてやっている人もいるのでは?」というご意見もありました。たしかに
「俺はずっと路上生活でいいんだ」とおっしゃる方もいますが、本当に外の生活がいいのかというと、そうではない。これまでの経験から他人や社会とかかわることが苦痛になってしまっているために、そういう言葉が出てくるのではないかと思っています。
「やる気を出すのが難しいのでは」というご意見を出していただきました。おっしゃる通りで、やる気を出していただくというのは、生きる意欲がある人に対して期待できることであり、すでに生きる意欲がなくなっている方に対しては非常に難しい。「誰にも迷惑を掛けたくないし、俺は野垂れ死んだらいいんだ」と、はじめは目も合わせない方もいます。
また、少し込み入った話をするとパニックになってしまう方もいますし、摩擦を避けるために分かったふりをする習慣が身に付いてしまっていて、わかっていないのに「はい、はい」と言う人もいます。
そういった方々のなかには、何らかの障がいをお持ちだけれど、本人も周りもこれまでに気がつかずに生きてきている人も多い。それが原因で、金銭管理が苦手だったり、本来必要な行政サービスや障がい者雇用、障がい者支援につながることができていない人もいます。
障がいがあることをご本人も周りも知らないまま仕事に就いたとしても「使えない」と責められる。その経験が辛過ぎて、路上で無視されているほうがマシという方がいました。
それでも、少しずつ話し合える関係になり「実はこういうことがあったから、それが辛かった」だとか、「こういう状態になりたい」という話ができるようになると、路上生活はやっぱり辛いと話される。そこではじめて「お家に入りましょう」とか、「生活を改善していきましょう」といった話につなげていくことができます。
ただ、私たちだけでは活動に限界もあります。私たちが目指す「人がホームレスにならない社会」を実現するためには、公的な支援はもちろんですが、何かあったときに頼れる場所や人がもっともっと地域や社会に必要だと感じます。ですから、こういった場でお話をさせていただいたりしているのですが、ここにいらっしゃるような皆さんが地域で「人を孤立から防ぎ、ホームレスにしないため」の活動をどんどんと作ったり、伝えたり、参加していただいたりといったことをしていただけると嬉しいです。
また、活動を広げていくために、NPO法人ビッグイシュー基金ではボランティアプログラムや、寄付を募っています。興味を持った方は、ビッグイシュー基金のサイトで調べていただければと思いますし、「雑誌をちょっと買ってみようかな」とか、「販売者さんと話してみたいな」と思われる方は、有限会社ビッグイシューのホームページから販売場所や販売時間、販売者の情報を発信していますのでご覧いただければと思います。
「日本で福祉の世話にならない選択をしたのだから、自業自得」?
「日本は豊かだから福祉が何とかしてくれるんじゃないか」「生活保護を受けたほうが次のステップに進みやすいけど、受けないのは望んでいないからだろう」と思われる方もいらっしゃるかと思います。
しかし、リーマンショック後、失業保険を受けていない人が77パーセントいたことがILOの調査で分かっています。その中には、自分が失業保険を受け取れるということを知らなかった方もいれば、そもそも日雇い労働や短期間の派遣など、失業保険を受け取れない状態の人も含まれています。
編集部補足:
ビッグイシューの事務所に訪問してくる販売希望の方々には、お話をしっかり伺って、失業保険や障がい者雇用、障がい者手帳などの利用ができる状態の方であればそのご案内をしています。それでも、家族に連絡が行くのはどうしても受け入れられない方や、「福祉の世話になるのは気持ちが許さない」といったことがハードルになっている方もいます。
また、本来、こういう方々のために生活保護制度があるはずですが、現状として日本の生活保護対象の捕捉率について、厚生労働省は32.1%という数字を出しています。本来は対象となるべき人たちの7割近くが生活保護を受けられていないという事です。
実際には非正規雇用が増えて、相対的に日本の貧困率は上がっている状態です。男性は2006年と比べて2012年の数字が上がっており、女性も2006年と比べて、特に若い層の貧困率が2012年に上がっています。つまり、子どもたちの親の層の貧困率が上がっているので、子どもたちの貧困も深刻になっていると考えています。
ホームレス状態の当事者、UさんへのQ&A
最後に、販売者であるUさんに、スタッフから質問形式でご自身ことを語ってもらいました。
Q:ホームレスになったのはどのような経緯ですか?
―北海道出身で、警備員やタクシーの運転手をしていました。運転の仕事は好きでしたが、不景気でだんだん仕事がなくなってきて、「東京に行けばなんとかなる」という軽い気持ちで高速バスに乗って出てきましたが、派遣の仕事もうまくいかず、すぐにすってんてんになりました。
リーマンショックの後、支援団体からアドバイスを受けて自分で生活保護の申請をし、2、3年ほど生活保護を受けていました。
生活保護のときは、コンビニやスーパーに買い物に行くぐらいしか人とのつながりなかったので、だんだん引きこもりがちになり、欝々としていました。
先ほど、いろいろ難しいことを言われてパニックを起こす人がいるという話が出ましたが、自分もそういうタイプに近く、そんなときに月に1回会いに行くケースワーカーの方に難しいことをいろいろ言われてパニックを起こし、衝動的に飛び出してしまいました。
戻らないの?と聞かれるのですが、当時本当に孤独でした。それが生活保護に戻りたくない理由の一つです。
Q:ビッグイシュー販売者に登録した頃のことを教えてください。
丁度5年前の今日に事務所に駆け込んで、登録手続きをしました。
当時は毎週土曜日に、軽食付きで登録説明会があったので、軽食目当てで。
ご飯を食べて一息ついた後に、当時は300円の雑誌を10冊もらって、それを売り切ると3000円が手元に残りました。最初の1日の売り上げが良かったので、「この仕事だったらできるかもしれない」と思って、それから5年続いています。
Q:Uさんは今どこで寝てらっしゃっていますか。
-以前は3~4年ほど、ネットカフェで暮らしていましたが、いまはビッグイシュー基金のテスト事業である「ステップハウス」に去年の10月ぐらいから入っていて、アパートの入居準備中です。
Q:嬉しいことはどんなことですか。
-今日、この会場にお客さまがいたのですが、ありがたいことです。この5年間で3カ所ぐらい売り場を変わっているんですけど、「もう会うことはないだろうな」というお客さんに「あれ、ここに移ったの?」と再会することがあるので、そのときは嬉しいです。
Q:これからこうしていきたいとか、なりたいという思いがあれば。
―1日20冊以上売れると、心に余裕ができます。そうすると、3日仕事をしたら1日休んで、自分に合う社会的資源を探しに行ったり、情報収集できたりするんですよね。
逆に売上が10冊前後だと、日々の生活に追われて、いっぱいいっぱいになってしまう。どんな売り場でも、たくさん売れてくれるぐらいビッグイシューの知名度が上がってほしいです。
もしこの中でSNS(Facebook、Twitterなど)をやっていらっしゃる方がいましたら、「今日こういう販売者を見ました」ってつぶやいていただいたり、身近な人に「こういう会に出ました」と、皆さんからも草の根でビッグイシューのことを広げていただけたりすると嬉しいです。もし見かけたら、買わなくても結構ですので「今日、お天気いいですね」と声だけでも掛けていただいたら心の励みになります。
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高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/