福島第一原発の事故処理で発生している汚染水の量はこれまでで約100万トンにおよぶ。経済産業省はこれを薄めて海へ流してしまう計画について、8月30日に福島県富岡町で、31日に同県郡山市と東京で公聴会を開催、応募に当選した漁業関係者や市民ら計44人が意見を述べた。うち42人が海洋放出に強く反対、多くは貯蔵の継続を訴えた。特に原子力市民委員会は10万トンクラスの大型タンクを建造して長期貯蔵が可能な具体案を提案。そもそも、海洋放出は海の環境汚染を招くことから放出するべきでない。





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8月31日に行われた東京での公聴会の様子(Photo:片岡遼平)

1日200トン発生する汚染水ー基準値以下に薄めて海へ?

汚染水は原子炉を冷やすための注水や建屋に入り込んでくる地下水が溶融燃料や高濃度に汚染された建屋内の水と混ざったもので、経産省によれば、17年度の平均発生量は1日あたり約200トン。これを「多核種除去設備等」を使って放射性物質をできるだけ取り除く処理をした後でタンクに貯蔵している。この装置でも取りきれないのが、放射性の水素(トリチウム)だ。貯蔵している汚染水約100万トンには、トリチウム1000兆ベクレルが含まれると評価されている。そこで、貯蔵スペースの確保が難しいことを理由にして基準値以下に薄めて流す計画を立てているわけだ。

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 経産省が公聴会用に作った説明資料では、汚染水対策の選択肢は、地層注入、海洋放出、水蒸発放出、水素放出、地下埋設の5つ。貯蔵は選択肢からあらかじめ除かれていた。また、トリチウム以外の放射能については、見事に検出限界以下に取り除かれた“良いデータ”だけを記載。ところが公聴会直前の報道によれば、汚染水にはトリチウム以外の放射能も含まれており、基準値を超えた場合もあった。そのひとつヨウ素129という放射能が何度も基準値を超えていたことも公聴会で明らかになった。このヨウ素は水に溶けやすく、半減期は1600万年。いったん環境に出てしまえばほぼ永遠に蓄積する。こうした意図的な資料の作り方に強い抗議の声があがった。

全量放出には500年以上。トリチウム分離する実験に成功
いま、実用化を目指すべき

悪質なのは、経産省と東電は処理水に複数の放射能が含まれていることを以前から知りながら、東電はその種類や量を調べておらず、経産省も東電に調べさせていなかったことだ。複数の放射能が含まれていた場合には放出条件はさらに厳しくなる。たとえば、東電が定めた目標値はトリチウム1リットルあたり1500ベクレル。これは複数の放射能がある場合に法令が求めている条件をもとにして定めたものである。汚染水をこの条件以下に稀釈し、1日あたりの放出量上限を500㎥とすると、すべての汚染水の放出にはなんと500年以上かかることになる。その前に500年も経てば、半減期12・3年のトリチウムはほとんどがヘリウムに変わってしまう(※1)。海洋放出は現実的ではない方法だ。経産省が海洋放出一本槍で進めてきた責任が問われる。

東電はこれまで漁業関係者の理解が得られなければ放出しないと明言していた。漁業関係者の反対は強固で、魚が売れないことによる実害も発生する。どの会場でも反対意見が強く出たことに押されたのか、出席していた審議会(※2)委員の一人からは「海洋放出するとは言っていない。勝手に言っているのは原子力規制委員会だ。そもそも選択肢に貯蔵継続は入れずに検討することになっていた」といった発言が飛び出す結果となった。

これまでトリチウムは環境に出ても蓄積せず人体への影響も極めて小さく無視できるとされてきたが、さまざまな研究から、実際には環境中で生物などに取り込まれて有機結合体となること、一部はDNAに取り込まれて長く体内に留まることなどが明らかになってきた。にもかかわらず回収が困難だとして無視されてきたのが実情だ。

 ところが最近、トリチウムを分離する実験に成功したとのニュースが報じられた。この際、実用化を目指して貯蔵を継続し、トリチウムの海洋放出をしなくて済むようにするべきだ。 (伴 英幸)

※1 トリチウムはベータ線を出してヘリウムに壊変する。トリチウムが人体の細胞内に取り込まれている場合は、遺伝子DNAを壊すことがある。
 ※2 多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会 http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku.html#task_force4

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(2018年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 344号より)


伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)
http://cnic.jp/








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