ワシントンD.C.ではホームレスの人たちへの支援として「早期再入居(Rapid Re-housing)*」という住宅斡旋プログラムが実施されている。しかし実際には、経済的自立に至らない等、さまざまな問題点が指摘されており、いったんは住まいを斡旋してもらった人たちが再びシェルターに舞い戻る事態などが起きているという。


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連邦政府による全国モデルをいち早く導入したワシントンD.C.

「早期再入居プログラム」というのはアメリカ合衆国住宅都市開発省が2008年に導入した全国モデルで、ワシントンD.C.福祉局(以下、DHS)では同年のテスト段階から展開している。DHSが複数の非営利組織と契約し、ホームレス状態にある家族や個人に住居を斡旋、最長1年間、家賃の一部を州政府が補助するというものだ。とはいえ、利用者は自身の収入の60パーセントを家主に支払う義務がある。

利用者が住まい以外の「就業」や「健康管理」といった問題に専念できる環境を提供し、ゆくゆくは自分で家賃を支払えるようにすることが当プログラムの目的だが、その実態は...。

レジナルド・ブラックは約10年のホームレス状態を経て、2014年にこのプログラムにより住まいを手に入れ、州政府から家賃補助を受けられることになった。しかし2016年を迎える頃には、再びシェルター生活に戻ることとなってしまった。

「当初から“これでなんとかなる!”とは思えませんでした。でも、他にすがれるものもなかったので...」

彼の場合、一年間の家賃補助を受けた後にさらに滞在期間が1ヶ月延長され、DHSでのパートタイムの仕事も見つかった。それでもなお、このエリアの一般的な家賃*を払えるまでには至らなかった。入居中の、自立に向けたフォローアップは乏しかったとこぼす。

「本当の意味で自立するには、住まいの補助だけでは難しかったんです」

*ワシントンDCは全国的に最も家賃が高いエリアとされており、2ベッドルームのアパートで相場は月$1,793(約19万5千円)。
https://www.rentdata.org/states/district-of-columbia/2018



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クレジット:メグ・ロジャーズ
早期再入居プログラムの利用者らが十分なサポートを得られず取り残される心情を描いたイラスト作品
 


当プログラムはこれまでにも度々、利用者からその不備を指摘されてきた。それに対するDHSの言い分は、利用者の85パーセントはシェルター生活に戻らずにやっていけてる、だ。

しかし、「ワシントン・ホームレスのための法律相談所」のアンバー・ハーディング弁護士に言わせると、このプログラムにはいくつかの問題点があり、利用者らがシェルターに舞い戻る大きな要因になっていると主張する。

週刊紙『ワシントン・シティ・ペーパー』の報道(2019年6月)によると、州のホームレス支援制度から一度は卒業したのに再び支援が必要と戻ってきた家族の42パーセントは早期再入居プログラムの利用者だった。

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写真:レジナルド・ブラック
2019年5月9日、早期再入居プログラムを利用していた家族らが不満を訴えるデモ行進をおこなった。

家賃を支払えるほどの収入確保に至らない実態

「ホームレスのための法律相談所」では2017年に報告書「Set Up to Fail(仕組まれた失敗、の意)」を発表。プログラム利用者への聞き取り調査から、問題点を明らかにした。

やはり最大の問題は「家賃」と「就業」にあるようだ。

報告書によると、当プログラムで提供されている住居の平均家賃は月1200ドル(約13万円)。利用者の平均月収はパートタイム仕事の収入や生活保護手当を含めて約500ドル(約5万5千円)なので、2倍以上である。

さらに、家賃補助の期限までに、より待遇の良いフルタイム仕事に就けるようサポートがあるわけでもない、とハーディング弁護士は指摘する。

「利用者のほとんどは、あてがわれた住まいの家賃を払えるほどの収入を確保できません。そしてまた、ホームレス状態に陥るのです」

その最たる例がヌケチ・フィースターという女性だ。このプログラムを利用した2012年の時点で、彼女は短期契約の仕事をしていたが、入居した住まいの家賃を払えるようになるには、すぐにでも正規雇用の仕事につく必要があった。

「ケース・マネジャーに相談しましたが、結局何もしてもらえませんでした」

彼女は収入があるうちにと家賃を多く払い始めたところ、パートタイムの収入でも家賃を払えるとみなされ、フルタイムの仕事も見つかっていないのに家賃補助を止められてしまった。

「家賃補助が打ち切られる時点で、パートタイム契約は残り30日のみ。このままじゃやっていけない!という状況なのに助けを得られず、一体どうすれば?という気持ちになりました」

仕事の契約がまもなく終了となることをケース・マネジャーは知っていたが、プログラムとしては彼女を「実績」にしたかったのだろうと彼女は言う。1カ月後、彼女は無職になった。

「今はとにかく “シェルターには戻らない” を目標に、安い賃貸を転々としています」

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写真:レジナルド・ブラック 
2019年5月9日のデモ。約3キロを歩き、ワシントンD.C. 福祉局本部にて役人に書状を手渡した。 

家主からの差別、頼りにならないケース・マネージャー

さらには、家主からの差別問題もあるという。プログラム利用者の入居自体 “お断り”の家主や、入居した住居の修理がなされないなどだ。

「プログラム対象物件にのみ家賃を上げようとする家主もいると聞いたことがあります。家賃補助が終わった後もそこに住み続けるには、相場よりも高い家賃を払わなければならない...これはキツすぎます」とハーディング弁護士は言う。

2017年11月、DHSは問題を緩和すべく基金を立ち上げた。住宅への損害や、家賃の未払いがあった場合に、家主に最大5千ドル(約55万円)を補償するというものだ。

フィースターの場合も、家主は何一つ修繕してくれなかったと言う。

「ある時から冷蔵庫が壊れて、食べ物がすぐ腐るようになり...。私は糖尿病でインスリン投与に頼っていますから、すぐに修理したかったのですが、大家に何度連絡しても一向に返事をもらえませんでした」

退去するまでに、食洗機・洗濯機・ドライヤーが次々と壊れたそうだが、誰も対応してくれなかったそうだ*。

*編集部注: アメリカでは家具・家電付きの住居が多く、メンテナンスは大家の責任であることが一般的。

レジナルド・ブラックの場合は、ケース・マネジャーといろいろあった。

「担当者が3人も入れ替わり、2番目の人なんて一度しか会っていません。一度も家を訪ねてきませんでした。なのにある日突然、また別の人がアサインされる...といった具合で」

サポートを求めてもまったく協力的ではなかった、と言う。「何を言っても“そのままやり続けてみて”と言われるだけ。決してうまくいってないのに“分かりました”と返すしかありませんでした。 」

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写真:レジナルド・ブラック 
2019年5月9日のデモで。


プログラム提供側の言い分 「そもそも “万能薬”ではない」

こうした不満が聞こえてくる一方で、プログラム提供側は「プログラムの“意図”を誤解している」と言う。そもそもこのプログラムは「暫定的措置」として提供されているのだと。

当プログラムにケースマネジャーを派遣している「コミュニティ・オブ・ホープ」のスタッフ、ジェイミー・バーデンは言う。

「この早期再入居プログラムや移行住宅(transitional housing)といったホームレス支援プログラムではどうしたって十分ではありません。今もっと必要とされているのはアフォーダブル住宅(手頃な価格の住宅)の提供なのです」

「早期再入居プログラムは(一部の人には)有効な手段ではありますが、改良の余地はあると思っています。でもそもそもこのプログラムが実施されていない地域も多いわけですし、住宅問題をこれ一つで解決することなどできません」

低所得層の暮らしを守るための政策提言を行う「DC Fiscal Policy Institute」によると、ワシントンD.C.エリアには少なくとも4万世帯もが家賃の支払いに苦労している現状がある。

これほど大きな問題を早期再入居プログラムだけで解決できると思う方が非現実なのだから、このプログラムとしては、「シェルター暮らしから卒業させること」「その先の生活構築のためのリソースへとつなぐ」ことに注力すべき、というのがバーデンの考えだ。

コロンビア特別区議会のブライアン・ナドー議員も「忘れてはならないのは、これは『ハウジングファースト』の考えにもとづいたプログラムの一つであって、すべての人がこれで何もかもうまくいくというものではありません」と述べる。

しかし、DHSによるプログラム改善の取り組みについて、「十分でない」と感じている利用者たちの声がある。

先述のプログラム利用中に無職となったフィースターなどは「政府は実施していることに満足してしまっていて、包括的な支援となっていません。継続すべきプログラムではないのです」と言う。

ハーディング弁護士も、これまでの利用者からの意見がたくさん届いているはずなのに、プログラム改善に活かしきれてないと指摘する。「市による恒久住宅(permanent housing)への投資が全く足りていません。真剣に検討しているように見せながら、その実、財源を確保するとは言ってませんから」

恒久住宅との連携を強化すべき、とはバーデンの考えでもある。

「まずは早期再入居プログラムでシェルター生活から解放し、その後でもっと長期的な対策へと進んでいく。このプログラムは決して “万能薬”ではなく、問題解決の取っ掛かりに過ぎないのです」

(参考)
早期再入居プログラム(英語)

非営利研究団体「Urban Institute」によると、早期再入居プログラムの利用者にかかる経費は1世帯あたり月々約880ドル(約9万5千円)。2017年時点で当プログラムを利用しているのは約1350世帯(「ホームレスのための法律相談所」の報告書より)のため、年間経費は約118万8千ドル(約1億2900万円)となる。



By Maia Brown
Courtesy of Street Sense Media / INSP.ngo



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