「多数の幸福のためには少数の犠牲は仕方がない」「そんなにここが気に入らないなら国から出ていけ」こういう思想を持つ人々はどの国にも一定数いるようだ。「この状況ならばしょうがない」という限定された条件下で生まれた極端な思考というのは、是正される機会がない限り、次第にエスカレートしていく。

人は限定された選択肢しかない状態におかれると、通常であれば選ばないような過激な思考と行動を取りがちだ。その行動が、犯罪、暴力、殺人にまで至ることだってある。
「自分で選んだ」と思い込んでいた考えが、実はコントロールされているものだと気づく機会は、教育過程においてはほとんどない。自分が過激な考えを持つこと、やすやすとコントロールされうることを実体験できるドイツ発のプログラム「エックス・ゲームズ」についてストリート誌『Trott-war』が調査した。


きみたちは警察官だ。テロリストの男を捉えはしたが、その男が仕掛けた爆弾が数時間以内に爆発するという。男を厳しく尋問したものの、爆弾をどこに仕掛けたかは口を割らない。
この設定で2つの選択肢が提示される。

爆弾で何千人もの罪のない人々が命を落とすことを選ぶか、男が溺愛する10歳の息子に拷問を加えて爆弾の場所を白状させるか?さあ、きみならどうする?

こう問われたドイツ・ルートヴィヒスブルク市の中学3年の生徒たちは、最初は答えに窮したが、大勢の犠牲者を出すわけにはいかないと考え、後者を選んだ。
シュトゥットガルト市の高校生たちは、しばらく議論が堂々巡りしたが、ある生徒の「(拷問したって)死ぬわけじゃないし!」という一言で答えを出した。

「法の支配」を重んじる者にとっては衝撃的な判断に思えるかもしれないが、生徒たちにしてみればこれは自明だった。

ゲームのシナリオは参加者たちの心理を巧みに操る。選択肢は2つだけー大勢の犠牲者を出すか、一人の子どもを痛めつけるか。黒か白か、そのあいだはない。

それだけではない。白衣を着てゲームを指揮する大人の“ゲーム・マスター”と、クラスメートの一人が密かに協力し合い、仲間たちを操っている。つまり意思決定を問われる生徒たちは知らず知らずのうちに、「爆弾で一般市民に犠牲者が出た場合は自分たちが責任を負うことになるが、子どもが拷問を受ける場合はテロリストである父親にのみ責任がある」という考えを吹き込まれるのだ。

与えられた選択肢以外の策を口に出すとペナルティとなり、チーム全体の減点となる。このミスを繰り返す者はいない。というのも、優勝チームには賞金300ユーロ(約3万6千円)が与えられると生徒たちは信じているから。

上記のシナリオ以外にもいろいろなパターンがあるが、どれも生徒たちの倫理観が試されるものばかり。

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ゲーム後の振り返り時間に説明するアレクセイ・ボリス  Photo:Nico Nissen

例えば、「電車が近づいているが、前方にはそのことに気づいていない作業員たちがいる。彼らを助けるために誰か近くにいる人を電車の前に突き落としますか?」という問い。最初は「いいえ」と答えた生徒たちも、その突き落とす人物が実は子どもへの性的虐待で指名手配されている人、と知れば考えを改める。誰もそれが事実なのか、本当にその人は有罪なのか、それとも単なる容疑者なのか、はたまた無実かもしれない等と深く考え、確認する者はいない。中学生も高校生も、すぐさま満場一致で「突き落とす」ことを選ぶ。

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このゲームの名は「エックス・ゲームズ」。 「過激思想ゲーム」を意味する「エクストリミズム・ゲームズ(extremism games)」の略だ。ドイツの団体「インサイド・アウト(Inside Out)」が過激思想や急進主義を防ぐために考案した教育プログラムで、過激派グループの主張や考え方をそれと気付かれぬよう生徒たちに問いかけ、残虐な行動へと導く。ゲームは全部で5つの「ステーション」からなり、各ステーションに4〜5チーム(各4~6名から成る)で取り組む。

終了後に明かされる、本当の目的

ゲームマスターとして「エックス・ゲームズ」を率いる46歳の俳優アレクセイ・ボリスはユダヤ人、スキンヘッドに低音ボイス。白衣を着ていないと生徒から敬われるどころか恐れられそうな大男だ。自身の体験から、マイノリティに向けられる典型的な偏見を心得ている。だが、ゲーム中や終了後の「振り返り」で問題とすべきは、生徒たちが抱く先入観だという。

ゲームの後で自分の経験と感じたことを融合させ、反省と熟考を促すワークショップを行う。それを通して「人の命を奪う権利はだれにもない」という答えに至る生徒もいる。

ボリス曰く、ゲームは毎回成功するとは限らない。「全員で懸命に取り組むクラスもあれば、ほぼ誰も発言しないクラスもあります」。あの手この手で操られていたことにショックを受け、怒りを覚える生徒もいるという。賞金300ユーロというのも、残酷な決断を下す抵抗感を和らげる“方便”だ。

ゲーム・マスターが白衣を着て権威を示し、敬意を持つことを促しているが、実のところこれも演出に過ぎない。チーム編成は幾度もゲーム・マスターの独断で変更されるが、そこにはスパイがいて、生徒たちに過激な決断をするよう促している。

課題をこなすごとに生徒たちは大胆になっていく。妻を殺そうとしている男が出てくるシナリオでは、最初はその男を「危険な目に遭わす」程度だったが、しまいにはその男を「殺す」と決断するようになった。

あっという間に操られる生徒たち

最終場面では、生徒たちはさらに難しい選択を強いられる。

他チームがテロリスト役で、自チームは人質に取られているという設定だ。メンバー全員が殺される、もしくは自らの手でメンバーの誰かを殺せば自分と残りのメンバーは解放される、のどちらかを選択しなければならない。設定がドラマチックであればあるほど若者たちは引き込まれるようだ。彼らは英雄さながらに、仲間と共に殺されること、または仲間のために自らが犠牲になることを選ぶ。

たとえ究極の選択だとしても、「自分の命」の代わりに風船を使い、その風船が割れることが「死」なのだとすれば、それほど難しいことではない。それだけに、生徒たちは必ずしもこちらの狙い通りに恐怖や慈悲の感情を抱くわけではない。だがゲーム・マスターらはそんなゲームの弱点を利用し、いとも簡単に生徒たちの反発を消し去り、自制心を失わせていく。

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参加者が戦艦を操縦するシナリオも。
難民の侵入を防ぐため、プレイヤーは難民ボートを銃撃する。:Nico Nissen

ボリスによると、ゲームを途中放棄したケースは100回中2回だけ、いずれも大人の参加者だったという。シュトゥットガルトの高校では、ある女子生徒が振り返りセッション中に気分を害して退室したことがあったが、後に分かったことは、クラスメートたちが真剣に振り返りをしないことにショックを受けてのことだったそうだ。

<オンライン編集部補足>
「インサイド・アウト」は、ドイツ全国にネットワークを持つ専門的な相談機関。俳優のほか神学者、宗教学者、ソーシャルワーカーで構成されており、特にイスラム過激派思想の影響から若者を守る目的で啓蒙活動を行っている。

By Nico Nissen
Translation from German via Translators Without Borders
Courtesy of Trott-war / INSP.ngo

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