わたしたちは誰をサポートしていくべきなのか:会議3日目
最終日のテーマは、「私たちは誰をサポートしていくべきなのか」。
冒頭の講演では、貧困問題・ホームレス問題に関して欧州各国にまたがって活動するNGO・FEANTSAから、ヨーロッパにおけるホームレス問題の状況、政策の動向が報告された。この中では、「ホームレス状態にある人の若年化(若者ホームレス)」や「長期化」といった、日本における状況と共通する現象も見られた。
また、ホームレス問題に関する政策を推進するためには、具体的な数値などの根拠が欠かせないという点が強調された。EU諸国では、シェルターなどの支援機関や、行政のセーフティーネットの利用申請に来た人の情報がデータベースに蓄積されているという。そのデータベースから、国全体のホームレス状態にある人たちの人口を割り出しているそうだ。
ひるがえって日本では、シェルターなどの一時避難所や貧困層のための社会的住宅等が圧倒的に不足しているだけでなく、24時間営業の店やネットカフェなどの不安定な環境で生活しているであろう人たちについては、正確な人数すらとらえきれていない。そのためこういった場所で生活する「若者ホームレス」の人たちは見えづらい存在となっている。
つづくグループディスカッションでは、「金融危機下におけるホームレス問題」のグループに参加した。
リーダーは、深刻な財政危機がおそったギリシア・アテネで今年2月に『SHEDIA』を創刊したばかりのクリス・アレファンティス氏と、『Cais』(ポルトガル・リスボン、ポルト)のエンリケ・ピント氏。グローバルな経済不況は、世界中で失業とホームレス問題の深刻化を招いた。新たな仕事を求める人たちが増える社会状況の中で販売者のニーズは何か、それはどのように変化してきたのか。また、ストリートペーパーはそれらのニーズに応えられてきたのか、現在直面しているそれぞれの課題について話し合った。
世界的な経済状況が大きく変化してきた中で、これからもストリートペーパー販売の仕事を「一時的な仕事」とのみ位置づけて、販売者を次のステップへと送り出していくべきなのか、それとも、望む販売者には永続的なものとして仕事を提供するべきなのだろうか、という論点が提示された。このことは、「スタッフ・ベンダー制」に関して『BISS』事務所見学ツアーの際に参加者の間でなされた議論と共通するものだった。
この点については、すぐに答えがでるようなものではないだろう。しかし、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」という1日目のパネルディスカッションの議論をふまえて考えれば、社会の変化に呼応して、販売者にとっての「最後の仕事」となることを視野に入れて取り組んでいかざるを得ないのは、世界的に共通した状況なのだと感じた。
「私たちは誰をサポートしていくべきなのか」という問い
サポートすべきは目の前にいる販売者であることは言うまでもない。そのためにストリートペーパーは存在している。
しかし、販売者である期間だけを見つめていては不十分だというのが実感だ。一人一人の販売者と関わっていくと、ホームレス状態に至ったさまざまな背景が見えてくる。不安定な雇用、失業、家族関係や生育歴、借金、依存症を含めたさまざまな病気、気づかれなかった障害など、それらが複合的に絡み合っていることも少なくない。
そのような個々の背景を踏まえて、「販売者」からその「次のステップ」へどう送り出していけるのか、その点の重要性と難しさを痛感している。
非正規雇用率が雇用者全体の3分の1を超え、安定した仕事に就きづらい社会状況を背景に、安定した住まいや仕事のある生活へステップを進めていく支えとなることは容易ではない。自分たちだけでできることは限られているだろう。「販売者」である期間だけでなくその前後も、さらにはその周辺にいる人たちのホームレス化の予防まで広く見据えて、関連する領域の人たちと連携しあいながら、サポートしていくべきではないかと考えている。
(会議参加者が一堂に会した)
「この仕事は僕のハートなんだ」:会議を終えて
初めての参加であるにもかかわらず、初めての場所とは思えないような、古くからの友人たちと話しているような、不思議な楽しさと充実感のある会議となった。
編集、販売者のサポート、経営、ふだん関わっている業務は違っても、「ストリートペーパー」という仕組みに魅力を感じて働いている者同士が感じる親しみがその理由だったように思う。挨拶もそこそこに、互いの仕事の近況、聞きたいこと、ヒントがほしいことなどを次々と話し合えるような、活発な雰囲気が本当に心地よく感じた。
すべての会議日程を終えた夜、多くの参加者が部屋に戻らずに未明まで語り合っていた。そのときのクリス・アレファンティス氏(『SHEDIA』創業者)の言葉を、帰国後も何度か思い出すことがある。
彼は社会問題について報じるジャーナリストとして20年以上働いてきたという。6年前にストリートペーパーの存在を知り、3年間の本格的な準備期間を経て、財政破綻の危機と失業率の増加にあえぐギリシアでついに『SHEDIA』を創刊した。「ストリートペーパーの果たす役割を考えると、あなたにはぴったりの仕事だよね」と声をかけると、半分は肯定するような表情でこう答えてくれた。
「僕にとっては、これは仕事以上のものなんだ。僕のハート、魂といってもいいかもしれない」
この会議で出会った多くの参加者たちもまた、彼のような強い情熱でストリートペーパーを立ち上げ、参加し、試行錯誤を繰り返しながら、販売者とともに働いているのだということが、強い実感と共に印象に残った。その「仲間」の存在は、日本で働く私にとっては非常に頼もしく、勇気づけてくれる。
<主な会議スケジュール>
●1日目:ストリートペーパーが21世紀においても価値ある存在であるためには
◇外部スピーカーによる講演 ドイツ12都市における調査報告
◇パネルディスカッション
◇ワークショップ「ストリートペーパーの交流」
グループ1:社会的な支援プログラムと販売者のサポート
グループ2:誌面づくりにおける工夫
グループ3:戦略的なパートナーシップとファンドレイジング
グループ4:収入の安定化と多様化
グループ5:時代を牽引する戦略づくり
●2日目:ストリートペーパーはデジタル時代をどう生き残るか
◇外部スピーカーによる講演 プリントメディアからデジタルメディアへの変遷
◇パネルディスカッション
◇グループディスカッション
グループ1:デジタル購読
グループ2:プリントメディアとデジタルメディア
グループ3:キャッシュレス決済
グループ4:デジタルマーケティング
●3日目:わたしたちは誰をサポートしていくべきなのか
◇外部スピーカーによる講演 ヨーロッパにおけるホームレス問題の状況、政策の動向
◇パネルディスカッション
◇グループディスカッション
グループ1:経済移民
グループ2:金融危機下におけるホームレス問題
グループ3:女性販売者と家族
グループ4:国際ストリートペーパーベンダー(販売者)週間
長崎友絵
有限会社ビッグイシュー日本、販売サポートスタッフ。1979年生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒。人材派遣会社での勤務を経て、2010年より現職。
有限会社ビッグイシュー日本 2003年9月、ストリートマガジン『ビッグイシュー日本版』を創刊。今年9月で創刊10周年を迎えた。雑誌販売では累計589万冊、販売者に8億2812万円の収入を提供。のべ1,492人の販売者が登録し、138人が全国15都道府県で販売し、164人が卒業。(販売累計冊数、販売者収入は7月末、それ以外の数字は8月末)