<前編を読む>
公演『俺の宇宙船』では、何の変哲もない現代の街に、バイト感覚で勝手に「少年探偵団」をつとめている大人たちが突如出てくる。でも、周辺の人々は別に驚かない。
『ながく吐息』では、上演中ずっと観客に背を向け、小便し続ける人物が登場するが、物語に支障はきたさない。
『生きてるものはいないのか』では、日常的な生活のスケッチの後に登場人物が次々にバタバタと死んでいくが、何の前触れも意味も示されない。
さらに、小説『恋愛の解体と北区の滅亡』においては、宇宙人が東京都北区を攻めてくることと、SMクラブに行こうとする主人公が等価に描かれ、象徴的だ。
そんな作品群は、「敵が見えにくい時代」の中で、あえて「敵」をつくることで、日常の茫洋さを乗り越えようとしているように見える。「敵が見えにくい時代のストレスを、表現することで観客と共有したいんです」と前田さんは少し強めの声で言った。
劇団は大きくしない。それよりも好きなことをやりたい
前田さんが物語をつくり始めたのは幼少時。子どもの頃、人形遊びのためなどに創作した「物語」を両親にほめられた時から、物語を紡ぐようになった。長じて小説を書き始めるが、高校1年の時、渋谷の小劇場「ジャンジャン」で「劇団櫂」の公演に衝撃を受ける。
「それまでは、劇団四季みたいな大きな劇団しかないと思っていました。チケットは高額だし、俳優として訓練した人しか演劇はやれないという印象だったんです。でも、『劇団櫂』は手の届く値段で観られ、身近な人が出ているような親近感がありました」
「自分でもやれるかも」と感じた前田さんは、高校に通いながら、夜は演劇の専門学校へ。大学在学中に、早々と「五反田団」を結成してしまう。「大学の教室がタダで借りられたので、それを機会に始めました。観た人がほめてくれて、次もやろうということになり、気がついたら10年以上。今に至ります(笑)」
凡庸だが、劇団存続のための金銭的な苦労についても聞いてみた。 「まぁ、僕は実家にずっといて、そんなにお金を使わなかったんで、大丈夫でした(笑)」。稽古場は廃業した実家の工場のスペースをアトリエとして使用できた。
だから、「五反田団」には、食べられなくても芝居を続けるというようなストイックさはない。むしろ、数人の劇団員に「芝居があるからといって、食うための仕事を休まないように」と話しているそうだ。その理由は「才能があるのに、芝居をやりすぎて食べられなくなり田舎に帰ってしまう人の例を、いくつも見たから」
「つまり、僕たちの劇団は、夢や憧れだけで芝居をやっていない。芝居をするなんて、そんなに格好いいことじゃないと思っているんです。バイトがあって、本人の生活があって、その後で芝居があるという順序でいい」
前田さんは、たいていの小劇団が抱く、自分の劇団をどんどん大きくしていくという目標も否定する。劇団の公演劇場が大きくなり、観客動員数が増えることが成功とは思えないと言うのだ。「劇団の大きさが、その価値とイコールではないですしね。むしろ、経営とか制作の手腕のような気がします。それよりも、好きなことをやっていくことの方が大事ですよね」
これからも「五反田団」は、生活重視でマイペースな活動を続けていくだろう。だからこそ、変化し続ける前田さんの「好きなこと」がどこまで広がりをもつのか、注目だ。
(山辺健史)
プロフィールPhoto:高松英昭
舞台写真Photo:五反田団
まえだ・しろう
1977年、東京五反田生まれ。劇作家・演出家・俳優、小説家。97年、和光大学在学中に「五反田団」を結成。作・演出を手がけ、08年『生きてるものはいないのか』で岸田國士戯曲賞受賞。小説家としても活躍し、07年の『グレート生活アドベンチャー』で芥川賞候補に。09年『夏の水の半魚人』で三島由紀夫賞を受賞。また、TBS系TVドラマ『漂流ネットカフェ』の脚本も手がけている。