性行動やいじめ、コミュニケーション力の低下…問題行動の根本から関わる教育方法を

前編「問題を抱える10代の子どもたち。彼らに「WYSH(ウィッシュ)教育」を行う木原雅子さん」を読む

そこで04年からは、いじめについての調査も開始。その時点で子どもたちにとって一番問題となっていることは何か、それを解決するためにはどうしたらいいのか。そう考えるうちに、取り組むテーマはどんどん広がっていった。

性行動やいじめ、コミュニケーション力の低下など、症状として出る問題行動は異なっても、人間関係の希薄さや、自己肯定感の低さなど、その根っこにあるものは同じなんですね。そこを放置したままでは、表面だけを治しても対症療法にしかすぎない。根本のところからかかわって、学校として対処できる教育方法を開発普及させようと思ったんです。

 中絶経験も多く性行動の激しい女子生徒にインタビューしていた時だった。木原さんはその生徒が将来に何の夢ももっていないことに、ふいに気づく。

このままだと性感染症やHIVに感染する可能性もあるし、身体も危ない。彼女自身もそれをわかっていながら、一緒にいてくれる相手がいて寂しくなければいいと言うんですね。夢と希望をもてる子どもを育てる─、それを最終目標にしなければ問題は解決しないと切実に感じたんです。

 だからこそ、WYSHプロジェクトは、土台の部分に「自尊感情の向上や人間関係の構築などを行う人間基礎教育」、その上に「いのち、いじめ防止、性教育、コミュニケーション教育など」と二階建て方式で構成し、子どもたちが自分で考え切り拓いていく力を身につけ、自立することを目的にしている。

子どもたちの潜在力、引き出したい!科学と感動の両方が必要

昔は土台の部分を家庭や地域が養ってくれましたが、今は家庭力が低下し、地域のつながりも薄い。だから、その土台の部分をあえて学校教育の中に取り入れないと、子どもたちは力を出せない。この二つが一緒になっていないと、いくら〝いじめはダメ〟〝自分の身体を守ろう〟と啓発しても、子どもたちにメッセージは届かない。

 今の子どもたちは大きな潜在力をもっているのに、受け身で生きていて、「自分スイッチ」が入っていないだけだと、木原さんは言う。

子どもたちの潜在力である芸術、運動、学問への探究心やエネルギーを、目先の人間関係のドロドロの中に埋没させてしまうのはもったいない。引っぱり出したい。

そして、

人は感動しなければ動かない。でも感動だけでは社会は動かない。社会を動かすには、そこに科学的なデータがないとダメ。だから科学と感動、その両方が必要です。

と言い切る。

 WYSH教育は手間ひまがかかるけれど、授業後の生徒の心には確実に変化が起こり、木原さんのもとには、生徒からその後の報告や相談のメールがひっきりなしに届く。「でも、元気になると、ぷっつり連絡が来なくなるんですよ(笑)」

 今後このプロジェクトを担ってくれる先生を増やすため、木原さんは授業例やデータなどを盛り込んだ事例集を作り、教員向けの研修会も実施している。

日本は一見豊かな社会に見えますが、知られていないところで苦しんでいる子どもが山ほどいるんです。そんな子どもたちに目を向ける人が増え、すべての子どもたちが自分のいいところを見つけ、自分の力を発揮し、精いっぱい輝いてほしい。それが本当の意味での豊かな国ではないでしょうか。評論しているだけでは世の中は変わりません。微力であっても命のあるかぎりこの活動を続けようと思っています。

 (松岡理絵)

Photo:中西真誠

きはら・まさこ

1954年、長崎県諫早市生まれ。社会疫学者。京都大学大学院医学研究科社会疫学分野准教授。国連合同エイズ計画共同センター長。医学博士。循環器疾患の基礎的研究、肺がんの遺伝素因の研究などを経て、エイズの疫学研究に参加。2000年から青少年のエイズ予防教育に携わり、WYSHプロジェクトをスタート。09年に日本こども財団を立ち上げる。教育実論家と自ら称する。著書に『エイズを知る』(共著。角川書店)、『10代の性行動と日本社会』(ミネルヴァ書房)ほか多数。

(2013年12月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 228号より)