安定した住まいがない状態にありながら、支援を受けられない人たちがいる。
彼らは驚くほど簡易なつくりの宿泊所にしか入れず、なかには何年にも渡ってそこが「生活の場」となってしまう人もいる。英国の『Big Issue North』が、安宿や簡易宿泊所の内部事情を調査するとともに、心ない経営者たちに環境改善を迫る取り組みを取材した。
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健康を損ないかねない簡易宿泊所
パートナーから家を追い出され、民営の簡易宿泊所に入ることにしたクリスは呆然となった。 ‘ボロボロ’ を絵にしたようなみすぼらしさだったからだ。
「ショックでした。アルコール、体臭、タバコの灰、嘔吐物、いろんなものが混ざった悪臭がしましたし、部屋の広さは両側の壁に手が届くほど。ドアは鍵がかからず、蝶番一つでなんとかぶら下がっている状態でした」とクリスは当時を振り返る。
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「黒ずんだ壁には血痕もついていて、シンクや冷蔵庫も汚れがこびりついており… 私は、天井以外ありとあらゆるところを何時間もかけて磨きましたよ」
石膏ボードの壁は薄く、隣部屋の咳やいびきは筒抜けだった。住人たちは公然と薬物を使用していたし、ドアはしょっちゅう蹴破られ盗難も多かった。
47歳になるクリスは、これまた汚い共同浴室はなるべく使わず、自室の洗面台で体を洗うようにしていた。住人たちはキッチンに立ち入ることができず、出される食事は決して「食べたい」と思えるものではなかった。リネン類は長い間交換されず、案内に記載されていたランドリー設備は存在すらしていなかった。
こんな環境にもかかわらず、家主は住人がもらってる住宅手当から毎週160ポンド(約2万3千円)を徴収し、さらに毎週20ポンド(約2,900円)の追加支払いまで課したという。
マンチェスターの簡易宿泊所の暗部を経験したクリスは、身体的にも精神的にも健康を損なってしまった。体重は減り、肌はボロボロ、歯磨きも怠るようになり、常に無気力になった。それまで薬物は使用していなかったのに、ここにいる間に、物珍しさと所在なさからヘロインに手を出すようになってしまった。
© Pixabay
とはいえ、クリスの例はましな方だ。滞在したのは昨年3カ月だけ(もっとも本人は「30年に感じられた」と言うが…。)しかし、こんな施設から何年も抜け出せない、もっと深刻な状況の人がたくさんいるのだ。誰にも声が届かず、当局からも忘れられ、いつ追い出されるかとビクビクしながら過ごしている人たちが。
そんな簡易宿泊施設に36年住み続ける人も・・・
研究者らによると、このような公的支援を受けていない簡易宿泊施設「UTA」(unsupported temporary accommodation)に36年間住み続けた人もいたという。こうした「隠れたホームレス状態」の実態が明るみに出れば、政府が公式に発表している数字は現在の10倍に膨らむかもしれない。
簡易宿泊所の住人は「公的な権利」をほぼ保証されていない。独身の成人として、より安定した住居を得るための援助を受けられる人はほとんどいないのだ。その結果、法定の「ホームレス状態」には該当せず、国のデータからもはじかれる。自らの身を守る術もなく、野宿を繰り返し、薬物の乱用にハマっていく人も多い。
一般の民営賃貸住宅の家主は、住宅手当受給者の受け入れを拒否するケースが多いため、深刻な困窮状態にある人たちは、UTA以外に選択肢がなくなるのだ。
UTAで生活する人たちへアドバイス・支援する活動
クリスはその後、慈善団体「ジャストライフ(Justlife)」のサポートを得て、シェアハウスに入ることができた。生活が安定したおかげで、ボランティアをしたり、ボランタリーセクターでの定職を探し始めることもできた。
「ジャストライフ」は東マンチェスターを拠点に、デイサービスを運営し、UTAで生活している人たちにアドバイスや支援をおこなう団体だ。政府高官や政策決定者たちにこの問題に対する認識を高めてもらと働きかける政策チームもある。
ジャストライフの研究・政策部門の責任者クリスタ・マッキーバーは言う。
ジャストライフの研究&政策責任者クリスタ・マキーバー
「UTAのような宿でまともな生活を送るのはとても困難です。非常に汚く、安全とはほど遠い環境ですから。人は一定の法的権利を保障されるべきなのに、こうした施設の経営者らは必ずしもそんな考えを持っていません。住人に部屋の鍵を渡さない、何も言わずズカズカと部屋に入ってくることもよくあるのです」
「住人たちは契約書をもらうこともなく、プライバシーもセキュリティも一切ない。そんな環境では簡単に心や体の健康を害し、命を落としてしまう人もいます」
ジャストライフのドロップインセンター利用者/写真:Stephen King
「ジャストライフは10年前に活動を始めました。設立者らの知人が、刑務所を出てUTAで暮らしているあいだに亡くなったことがきっかけです」
「設立当初は、劣悪な施設をすべて無くしたいと考えていましたが、代わりになる宿泊施設がほとんどない現状では、とても難しい。そんな施設でも、無くなってしまったら、そこにいた住人たちはどこに行けばいいのでしょう?」
「だから私たちは方向性を変え、UTAの環境改善、住人の滞在期間をなるべく短くすること、住人たちをより安全で健全な場所に移すことを目指すことにしました」
ジャストライフは「公共政策研究所・北イングランド支部(Institute for Public Policy Research (IPPR) North)」との共同研究の中で、UTAでの居住経験者45人にインタビューを行った。
ジャストライフのドロップインセンター利用者/写真:Stephen King
そのうち38人は心の健康を、21人は身体の健康を害していた。また、暖房や温水を利用できず、水漏れによる湿気もひどく、ネズミやトコジラミに悩まされていた。多くが少なくとも一年間はこのような施設で生活していた。
イギリスではUTAで生活している人は7万5千人
また、ジャストライフが情報公開法を利用し、住宅手当を申請しながら簡易宿泊所で生活している人が何人いるのかを各自治体に問い合わせたところ、2015年〜16年は5万1500人以上と判明した。これは、同期間に簡易宿泊所が公式に発表した数字のざっと10倍だ。また別の統計によると、現在、国内のUTAで生活している人は7万5千人にのぼる。
ジャストライフのドロップインセンター利用者/写真:Stephen King
さらには、マンチェスターにある一部の簡易宿泊所は、あまりに悪評が高く、使用を控える自治体がある一方、他の自治体や機関(成人向けソーシャル・ケア、保護観察所、非営利の住宅事業団体など)では入居を勧めている現状も明らかとなった。「不適切な宿泊施設」をブラックリストに載せようとしても、これでは意味がない。
IPPR Northの報告書「The Journey Home」も、自治体が積極的に行動を起こそうとも、手段が限られているため実行力には限界があると指摘している。
またマッキーバーによると、簡易宿泊所に検査が入る際は家主に前もって知らされるのだそう。
「キッチンの施錠が解かれ、浴室に生えたキノコはこすり落とされ、漂白剤の匂いが漂い出すので、住人たちはいつ検査が入るか分かるんです」
「住人たちが退去させられることを恐れて文句を言い出さないことも問題です。家主に都合よく権力が集中する仕組みが出来上がってしまっています」
こうした問題を市場が提起することはほとんどない。自治体が恐れるのは、環境を改善させても、家主を締め付けることで利用可能な施設数が減ってしまうこと。または、施設の質が向上することで賃料が上がり、最も住宅を必要としている人々の手に届かなくなってしまうこと。
「どちらのケースでも、ホームレス状態の単身者が利用できる住居数は大幅に減ることとなり、住宅確保がますます困難になるだろう」とIPPR Northの報告書は述べている。
市の状況改善に向けた動き
グレーター・マンチェスターのアンディ・バーナム市長は、劣悪な宿泊所を一掃するため「民間賃貸セクターの基準厳格化」を推進しており、(まずは現状を把握するため)現時点で基準を満たしていない家主も申し出れば恩赦を与えると発表した。また、自身が計画している「グレーター・マンチェスター優良家主スキーム(Greater Manchester Good Landlord Scheme)」により、基準を満たしていない施設は、所有権を解除する可能性があるとした。
現在、ジャストライフはイングランド北西部のUTA調査を委託され、他組織と協力してシステム改善に取り組んでいる。
「IPPR North」が打ち出した案の一つに、公的委員会を設置し、地方の簡易宿泊施設やそこで生活する住人たちをモニタリングするというものがある。2年前からマンチェスターで実施されており、クリスは元住人として調査に参加している。ブライトンやハックニー自治区でも同様の取り組みが行われている。
この委員会によって関連機関の連携は改善され(地方自治体、消防隊、警察、薬物・アルコール対策チーム、精神保険課、保護観察所、非営利団体、家主および住人など)、宿泊施設が満たすべき最低基準の整備や、基準を満たしている(または満たしていない)施設のリスト作成もすすめられている。
ユニバーサル・クレジット(*1)の導入を受け、「登録非営利家主(*2)」を目指す簡易宿泊所経営者も出てきた。通常、ユニバーサル・クレジットは住人に直接支払われるが、受け取りを拒否する人たちもいるのだ。委員会はこの導入状況をモニタリングし、施設の改善・基準遵守状況を保証している。
*1 英国で2013年より段階的に導入されている生活保護制度。
*2 政府に認定・登録される非営利の公営住宅供給者の総称。英語で「Registered Social Landlord」。
「家主たちは、他で受け入れてもらえない人たちを受け入れたところで、手取りは低くなるばかりで支援もないとこぼしています。でも委員会ができたことで、少なくともこの問題について相談する先ができました」とマッキーバーは述べる。
マンチェスター市議会のスー・マーフィー副議長は言う。「マンチェスターの人々には人間らしい水準で生活する権利があり、それこそ、私たちが保証しようとしていることです」
「簡易宿泊所などの経営者や住人たちと連携を密にすることが、この問題を理解するうえで重要であり、基準を改善していけるでしょう」
「だからこそ私たちは、委員会設置にこぎつけた『ジャストライフ』や、UTAに注力している『マンチェスター・ホームレスネス・パートナーシップ』の素晴らしい仕事を全力で支援します。おかげで、私たちは最良のノウハウを共有し、ユニバーサル・クレジットが社会的弱者にもたらす影響など、さまざまな問題に対処することができます」
「市議会議員たちは多くの簡易宿泊所に認可を与え、認可条件や、管理規則、施設基準を満たしていることを保証しています。もちろんその中には火災予防も含まれています」
バーナム市長が付け加えた。「『ジャストライフ』は、民間賃貸セクターにおいて多くの人が直面している過酷な状況を明らかにするという立派な活動をしてきました。ホームレスやひどい困窮状態にある人たちは、そんな状況を受け入れざるを得なかったのです。でも2019年の今、そんな状況はもう許容できるものではありません」
「民間賃貸セクターはたびたびホームレス問題の一因になってきましたが、それでいいわけがありません。グレーター・マンチェスターには、優良な家主もたくさんいますから、彼らと協力してホームレス問題に対処していくとともに、そんな家主たちがどのように状況改善に取り組んでいるかを、もっと多くの人に知ってもらいたいと思っています」
ジャストライフのドロップインセンター利用者/写真:Stephen King
「私たちの『優良家主スキーム』によって、数多くの良心的な家主とそうでない家主をはっきり区別できるようになります。この街には、悪徳な家主はもう必要ありません」
【補足記事:小説的アプローチ】
マンチェスター・メトロポリタン大学の講師でもある作家のサラ・バトラーは、UTAで生活している人々を題材に小説を執筆した。
「ジャストライフ」のドロップインセンターを利用している人たちに協力してもらい、約一年をかけて、彼らの悲惨な生活ぶりを取材、小説『Not Home(ここは家じゃない、未邦訳)』としてまとめ上げた。執筆をすすめながら、協力者たちに原稿をチェックしてもらい、意見をもらった。
ジャストライフのドロップインセンター利用者/写真:Stephen King
協力者たちが一人称で語る場面もたくさん登場する。この小説プロジェクトは、ホームレス問題とは無縁の人々にもUTAに対する認識を高めてもらいたいと、「ジャストライフ」の取り組みの一環としておこなわれた。
バトラーは言う。「簡易宿泊所で暮らしたことのある人たちがこれを読み、『そう、これが私の人生だ』と言ってくれたら何よりです。彼らのおかげで、真に迫る作品に仕上がったと感じています。表紙には私の名前がありますが、この小説を通して、彼らの声が立ち上がることの方が重要です」
ジャストライフのドロップインセンター利用者/写真:Stephen King
この小説の一部が、写真家ステファン・キングが撮影したポートレート写真とともにマンチェスターの民衆歴史博物館に3月31日まで展示された。
ジャストライフのドロップインセンター利用者/写真:Stephen King
『Not Home』は無料ダウンロードが可能
justlife.org.uk.
By Ciara Leeming
Courtesy of Big Issue North / INSP.ngo
Justlife 公式サイト
https://www.justlife.org.uk
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