受刑者に文章を書くことを勧めるプロジェクトが、オーストラリアの南オーストラリア州の刑務所で実施されている。文章表現は受刑者たちにどのような効果があるのだろうか。豪フリンダース大学の上級講師(クリエイティブ・ライティング博士号)のマイケル X・サッバスが報告する。
「ライフセンテンス」プロジェクトの背景
「ライフセンテンス*1」と銘打った刑務所内でのライティングプロジェクト。受刑者によるアート作品を世に発表しようと、フリンダース大学博士課程の学生ジェレミー・ライダーが企画したアートプロジェクト*2があり、その一環として始まった。すでに70名以上の受刑者が作品を提出し、プロの添削を受け、優秀者に表彰を行った。2017からは毎年1回、作品をまとめた小冊子を発行している。受刑者たちの文章はテーマも実に多様で、才能を感じさせ、彼らが今の自分をどう捉えているかも見えてくる。
受刑者たちは「ライフセンテンス」プロジェクトの表紙デザインも手掛けた/著者提供
*1 sentenceには「文章」「刑罰」という意味があり、Life Sentenceで「人生の文章」と「終身刑」をかけていると思われる。
*2 参照:Art links prisoners with the outside world
受刑者が文章での自己表現に興味を持つのかどうか、最初は分からなかった。しかし、矯正局の職員たちが企画を伝えたところ、興味を示す者たちがいた。
刑務所での実体験を書くという試みは決して新しいものではない。いわゆる「刑務所文学」には豊かな伝統があり、ジャック・ロンドン、オー・ヘンリー、オスカー・ワイルドといった作家が刑務所での体験を記している。ドストエフスキーもシベリアへの流刑など僻地に追放された9年間の経験から得た視点や洞察をもとに、後の名作を生み出している。
だが、オーストラリアの受刑者には読み書き自体が苦手な者も多い。政府報告書によると、受刑者のおよそ3人に1人が中等教育のYear9以下の教育しか受けていない、いわゆる「中卒」だ。「ライフセンテンス」プロジェクトの目的の一つは、さまざまなリテラシーの受刑者たちに励みとなるようフィードバックをすること。文法的におかしいものがあっても、作品の優れた点に注目して講評するようにした。受刑者に文章を書く楽しさを味わってもらい、読み書きの世界に足を踏み入れる最初の一歩になれば、というのが狙いだ。
作品からにじみ出る苦しみやユーモア
プロジェクト参加者が書いた作品から、さまざまなことが読み取れる。ほとんどの作品は、米国の犯罪学者グレシャム・サイクスが1958年の作品『The Society of Captives』の中で「刑務所での苦痛(The Pains of Imprisonment)」と呼んだような、獄中での苦しみをテーマにしていた。2017年からの3年間で文章を提出したのは77人、うち26人が投獄による苦痛や恐怖、抑うつ状態(自殺願望を含む)を書いた。
これはある程度想定されていたことで、あえて苦痛について書くことが癒しになるのではとの期待もある。意外だったのはむしろ、刑務所生活とは関係のない作品も多かった点である。自分の子どもや大切な人への思いを綴ったものも多かった。子ども時代の体験(虐待含む)や、懐かしい思い出を書いた人もいた。
詩の中でも8作品は、刑務所生活をユーモアを交えて表現していたのも興味深い。人生について哲学的な思いを書いたものが8作品、神の存在を称えたものが2作品。自分の人生を引き合いに、刑務所の世話にならず、幸せで豊かな人生を送る大切さを書いたものが2作品あった。アートや文章を書くことの意義についてが5作品。その他は、薬物やアルコール、未来の社会、ロックバンドのメンバー、友情、政治的メッセージ、夢、超自然など。ラップの詩を書いたものも3作品あった。
いくつか作品を紹介しよう。
『小さな宝物』
私は決して忘れない
かわいくて小さなあの子の笑顔
愛するあの子は
もう私のもとにはいない
女性(26歳)
『囚人の嘆き』
人生を嘆かずにはいられない
こんなとこに来るなんて
銃やバカげた暴力に頼らずに
あの子と乾杯しながら
自分を大事にするべきだった
男性(61歳)
『世界の端』
訓練された部隊のように
桟橋の上をジリジリ進む
汚れた部分をひょいとかわし
目盛りのギザギザからは潮の香り
男性(51歳)
子ども時代を想う詩を綴った受刑者もいた /Shutterstock
『質素なご馳走』
金曜はお決まりの味なしパスタあのトマトったらないだろう
土曜は早上がりで鶏手羽ライス
マズ飯最高!叫んで、お代わりに駆けるヤツ
男性(45歳)
2017年度の作品の一部は、西オーストラリア州の文芸誌「ウェスタリー*3」の特別号にも掲載された。
*3 Westerly https://westerlymag.com.au
最初の年に小説を2作品、翌年にも2作品提出した者もいた。当初から素質を感じさせる書き手だったが、初年度のフィードバックを踏まえて、さらに作品を磨き、18世紀のフランスを舞台にした冒険物語を書いた。印刷、製本、イラストも自分で担当するほど前向きだった。こんな風に「ライフセンテンス」の開催も3年目になると、“物書き”という新たなアイデンティティの芽生えを感じさせる者たちもいた。
「ライフセンテンス」プロジェクトは受刑者たちに自由な表現のチャンスを与えた/Shutterstock
刑務所の図書館に揃えるべきもの
オーストラリアの刑務所内には図書館が設けられているものの、受刑者たちが教養をつけるには事足りない場合が多い。受刑者が何について書くものかが分かれば、どんな本を所蔵すべきかが見えてきて、自ずと読書や執筆もすすむのではないだろうか。例えば、自己啓発書のようなものを書きたい受刑者がいれば、このジャンルの著名な作家の著書を置くといった具合に。
出所後の再犯を防ぐには、教育が重要である。再び刑務所に舞い戻ることのないよう、出所者は犯罪から離れた生活を維持し(専門用語で「第二次的離脱(secondary desistance)」とも言う)、以前とは違う、社会の中で法を遵守して生活する存在であると社会からみなされる必要がある。
文章を書くことが、その一つの方法になる可能性はあるだろうか。受刑者と「一般の人」とをつなげるきっかけとはならないだろうか。「ライフセンテンス」に参加した一人はこう書いた。
お互いの顔を見ることはなくても、思考する一人として、世界中にいる書き手の仲間とのつながりを感じている。
著者
Dr Michael X. Savvas
Senior Lecturer in the Transition Office (PhD in Creative Writing), Flinders University
※ 本記事は『The Conversation』掲載記事(2020年2月19日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
サムネイル:from www.shutterstock.com
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