DV(ドメスティックバイオレンス)被害者といえば女性を想像してしまいがちだが、近年は男性が被害者となるケースへのサポート体制も必要性が高まっている。実際、ドイツで男性のためのDV被害ホットラインを設けたところ、相談件数が2020年の約1500件から2021年には3000件以上と倍増しているのだ。独シュトゥットガルトのストリートペーパー『トロット・ヴァー』の記事を紹介する。
kuppa_rock/iStockphoto
仕事は順調だが家庭ではDV被害
大手物流会社で役職のある彼は、仕事をこなしつつ、ジム通いで体力づくりに励んでいる。はたからはそんなふうに見えないが、彼は妻からのDV被害に遭っている。生活を“支配”されているのだ。携帯電話や持ち物をこまめにチェックされ、共通の友人に彼の素行を問いただし、車のナビ履歴を調べられ、外出させないよう家の鍵を隠されることも。ときに暴力を振るわれることもある。ヒステリックに罵倒されながら殴られ、靴を投げつけられ、大切にしていた飛行機の模型も踏みつぶされたーー。
上記はよくあるケースだ。ドイツ・ビーレフェルト市にある男性のための相談センター「マン・オ・マン(man-o-mann)」で働く心理学者で心理療法士のビョルン・ズフケは、日々こういった相談に応じている。「DVを経験している男性は、その苦しみを打ち消すかのように、家庭の外ではむしろ順調なことが多い」とズフケは言う。
大学卒業後から20年以上にわたり「マン・オ・マン」で働いてきたズフケだが、現在は2020年4月に開設された男性のためのホットライン(電話相談サービス)の運営に携わっている。パートナーなどからの暴力で身体的・精神的なダメージを受け、つらい状態に苦しんでいる男性のための相談窓口だ。「女性用に比べると、男性用ホットラインはまだまだ日の浅いサービスです」とズフケが言う。「暴力といっても、その定義はかなり広いのです。大切なのは、相談者の苦しみと、どんな支援が必要かに目を向けること。その問題が頭をもたげ、心の安らぎが得られないと感じたなら、まずは連絡してもらえればと思います」と言う。
コロナ禍を受け、男性向けホットライン開設が広がる
この男性向けホットラインは、理解ある政治家らの協力を得て設けられた。そもそも「マン・オ・マン」の運営は、同市があるノルトライン・ヴェストファーレン州から資金提供を受けている。この他、バイエルン州でも州からの資金提供により福祉団体「AWOアウクスブルク」が相談センターを運営、バーデン・ヴュルテンベルク州でも2021年4月に資金提供が決まり、シュトゥットガルトで相談サービスが運営されている。
「話が順調に進み、運営体制についてもしっかりと話し合いました」とズフケ。専門家たちの意見交換の中で、このサービスは“インフォーマル”であることが鍵になるとの点で一致した。つまり、お役所的な一律な対応ではなく、型式ばらず、親身な対応を心がけるべきだと。「男性が助けを求めるのは、女性よりもはるかにハードルが高いのです。なので、リスクや料金負担なく相談でき、画一的ではないサービスを心がけようとなったのです」
直通電話のほか、メールやチャットでも匿名かつ無料で相談できる。だが、女性向けサービスと比べると体制の充実度には欠ける。「回線は1回線、多いときで2回線。週末は一切対応できていません。外国人への対応もほとんどできていません。改善の余地はまだまだありますが、まずは男性向けサービスを設けたこと自体が大きな前進だと理解しています」と話す。
男性ならではの悩みの数々
男性向けホットラインだが、女性の相談員も常駐している。加害者は女性とは限らず、他の男性というケースも多いからだ。「学校でいじめに遭っている、または父親や運動部のコーチから暴力を振るわれている男子学生、それに命を脅かされているという同性愛者からの相談もあります。家族から無理やり結婚させられそうだという男性もいました」。相談内容は多岐にわたるため、「女性相談員が対応した方がよいケースもあるのです」とズフケは言う。
さまざまな相談が寄せられるものの、やはり一番多いのはパートナーからの暴力を訴えるもので、相談件数の約6割を占める。「ここで親身な対応を心がけるアプローチが効果を発揮します」とズフケ。「男性たちにとって、自分が被害者側というのは認めづらいもの。みっともない、男らしくないと感じるのでしょう」。暴力を振るわれたことによる身体的・精神的苦痛だけでなく、自分の存在意義を見失ってしまう人もいる。
そんな男性たちをサポートする上で何より大切なのは相談者を信じること、とズフケは言う。「女性から虐待されていると警察に訴えても、相手にされないことが多い。だから私たちは、最初の相談窓口として、真剣にサポートしてくれる組織だと思ってもらえることが大切なのです」。
相談者の状況に応じて、自助グループ、依存症カウンセリングセンター、心理療法士に紹介している。しかし長期的には、社会全体でDV問題を考え直す必要があるとズフケは感じている。幼い頃からDVの概念について教えるアプローチも有効だろう。ジェンダーによる違いを受け入れ、「男だから」「女だから」とそれぞれに期待されてきた役割にとらわれない姿勢が、社会が前進する重要要素だと。
man-o-mann(ドイツ語)
https://man-o-mann.de
By Anne Brockmann
Translated from German by Louise Thomas
Courtesy of Trott-War/ International Network of Street Papers
関連リンク
配偶者からの暴力被害者支援情報 > 相談機関一覧(男女共同参画局) http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/soudankikan/index.html
あわせて読みたい
・スイス、DV被害の4人に1人は男性。「男らしさ」に縛られ、孤立する被害者たちのシェルター
・“自宅待機”が危険をもたらすーロックダウンによる家庭内暴力の増加と各国の対策
ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
提携している国際ストリートペーパー(INSP)や『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの記事を翻訳してお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。