移民が流入すると不安は高まりがちだが、実際の犯罪率は増えない:チリの研究より

「移民」は、現代の政治や学者間での議論において、避けては通れない重要なテーマだ。しかし、世界中どの国においても、政治家や世間一般に移民を敵視する人は一定数いる。移民反対派の多くは「移民が増えると犯罪が増加する」と主張する。実際に移民が犯罪率を上昇させているなら激しい反発も理解できなくはないが、本当のところはどうなのか。

移民が犯罪にもたらす影響は“ないに等しいほどわずか”だと多くの研究が示している*1が、多くの人はそこに関連性があると思い込んでいる。「移民に対する敵意」は、犯罪そのものではなく、犯罪についての誤った認識に端を発しているのではないか――。この仮説について、マギル大学(カナダ)の経済学助教授ニコラス・アジェンマンが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。

*1 イタリア国内の研究では、移民増加で強盗の件数は増えたものの、強盗自体が全犯罪に占める割合はごくわずかのため、全体的な犯罪率への影響はないに等しいとの結論だった。
参照:Do Immigrants Cause Crime?

過去10年で移民が急増しているチリ、犯罪被害は増えていない

近年、大量の移民が流入しているチリの事例で考察した。チリの人口に占める移民の割合は、2002〜2012年には1%から2%に上昇しただけだったが、2017年には約5%、2018年には6.5%を超え、ここ10年で移民が急増している。移民の規模だけでなく、その構成も大きく変わり、他のラテンアメリカ諸国と同様、ベネズエラとハイチからの移民が増えているのが近年の傾向だ。この大きな変化を受け、チリ国民の間では、社会への影響ならびに多様な人々を受け入れる能力が国にあるのかと懸念する声が高まっている。

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家族がチリのイキケ地区の海沿いにたてたテントを壊すようにと警察から命じられ、泣き出すベネズエラからの移民の子ども。2021年12月 (AP Photo/Matias Delacroix)

筆者の研究では、移民の波が国民の最大の懸念である「犯罪」にもたらしている影響を考察した。「移民は人々の犯罪への認識には大きく影響するが、実際の犯罪には影響がない」との仮説を立てた。

移民の流入を実感している人は、大きな懸念点として「犯罪」を挙げる傾向にあった。犯罪が自分たちの生活の質に悪影響を及ぼし、自分も近いうちに犯罪の被害に遭うと思い込んでいるのだ。しかし調査時点では、どの犯罪区分においても被害に遭う可能性は高まっておらず、移民が多く暮らす自治体で殺人事件の件数が相関している事実も見られなかった。つまり、大勢の移民が流入することで、「犯罪への誤解」だけが高まるのだろう。不安を感じるだけでなく、実際に防犯対策の行動を取る人もいた(防犯アラームの設置、警備員を雇うなど)。

こうした現象の背景を理解すべく、さまざまな仮説を検証した。人々は特定の移民をより差別するのかもしれない。そこで、異なる民族集団の間に生じる脅威を評価した。社会的に排除された「外集団」に属する者(異なる人たち)はより危険視され、その人たちとかかわることが身の危険への不安を助長するのではないかーー。

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チリのイキケ地区で行われた不法移民に反対するデモ行進で、「国境を閉じよ!」とスペイン語で書かれた看板を掲げる参加者。2022年1月 (AP Photo/Ignacio Munoz)

経済学でよく用いられる、ふたつの民族間の距離感を測る方法を用いた。すると、チリ人と移民との民族的距離感が違っても、筆者たちの調査結果は変わらなかった。つまり、移民がチリと民族的に似た国から来ているか異なる国から来ているかにかかわらず、平均すると、「不安」全般のレベルは同じだった。ただし、「犯罪についての不安」に限ってみると、非ヨーロッパ系移民への不安のほうが大きいことも分かった(つまり、ヨーロッパ系移民は、他の移民グループより不安がられない傾向にある)。

さらに、移民の特定の属性がどれくらい研究結果に影響するかもみた。移民の学歴が高いか低いかは犯罪率には影響していなかったにもかかわらず、低学歴の移民が増えると、人々の「犯罪への誤解」が高まる傾向が見られ、防犯対策の行動を取る市民が多かった。

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チリのイキケ地区のビーチで、移民に反対するデモ参加者たちに攻撃されたベネズエラ人移民を保護するチリの警察。2022年1月 (AP Photo/Ignacio Munoz)

最後に、地域メディアとの関連性を考察するため、自治体の人口あたりの地域ラジオ局数を比較した。すると、ラジオ局数の多い少ないにかかわらず、犯罪自体への影響は最小限だったが、犯罪への不安度や防犯対策の行動が顕著に見られたのは、ラジオ局数が比較的多い自治体だった。地域メディアが犯罪についての恐怖心をあおっている面もあるのかもしれない。


つまり筆者の研究の結論はこうだ。

  1. 移民が多くなっても犯罪被害に遭う可能性は高まらない。ただし「不安を感じる」人は多くなる。
  2. ヨーロッパ以外の移民や、低学歴の移民に対して犯罪の不安が高まる傾向がある。
  3. 地域ラジオ数が多い地域は犯罪への不安が高い傾向にある。

 ラテンアメリカ諸国は移民の受け入れについて世論が二分されている*2。政治家や過激な反移民派は事あるごとに「犯罪の増加」を引き合いに出すが、上記の結論の通り「移民と犯罪の相関関係」には根拠がないことが示された。移民の流入によって犯罪への恐怖心こそ高まるものの、それは現実に基づくものではないのだ。これまで指摘されながらも裏付けに欠けていた議論を、筆者たちの今回の研究が裏付けたかたちとなった。今後の政策づくりにも反映してもらいたい。

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ウクライナ難民の子どもたち約180人がドイツ・フランクフルトの遊園地に招待され、ヘルパーたちと空中ブランコを楽しんだ。2022年4月 (AP Photo/Michael Probst)

*2 参照:A migration crisis is ballooning in Latin America

※本文で紹介されている筆者とチリ人の学者パトリシオ・ドミンゲスとレイムンド・ウンドゥラガとの共同研究 Immigration, Crime, and Crime (Mis)Perceptions

著者
Nicolas Ajzenman

Assistant Professor of Economics, McGill University


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2023年1月29日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

The Conversation

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