ひきこもってしまっているが出来ることを考えて語り合い、考えたことを一つずつやっていく、そんな居場所の提供を目指す「光希屋(家)」。孤立しがちな30~50代のひきこもりの方々などが、ランチやコーヒーを目当てに気軽に立ち寄れ、相談もできる新たなカフェの活動について聞いた。
大学時代にひきこもり経験
日本の社会現象に興味もちマレーシアから日本へ
「ひきこもりという深い森をさまよっていた人が光を見つけて希望を見いだし、そこに集う人々との家族のような関係性を通して、一人じゃないと思えるような居場所をつくりたい」。そんな思いから、「光希屋(家)」と名づけられたNPOが、花火で有名な秋田県大仙市大曲にある。
代表を務めるロザリン・ヨンさんはマレーシアの出身。初めて日本を訪れたのは2005年のことだった。「その時、ホームステイしていた宣教師の家で、30代のひきこもりの男性と知り合ったんです。自国のメディアを見て受けた印象では、日本はとても豊かな国で、みんなが自信を持っているようでした。でも実際には、一部の若者は謙虚で控えめで、やや自信がないようにも見えました。この経験から、ひきこもりという日本の社会現象について興味を持つようになりました」
ロザリンさん自身も大学1年の頃、「半年ほど、ほとんど人とかかわらず、寮にひきこもっていた」経験がある。卒業後は現地の製薬会社で働いたが、日本の若者のひきこもりやいじめ、自殺といった現象を、自身のひきこもり経験をあわせて研究したくなり香港大学へ。09年の修士課程修了後、恩師に日本へ行くことを勧められ、東京大学大学院の博士課程へと進んだ。
秋田には在学中から、自殺予防の研究をしている先生を頼って、たびたび訪れていた。卒業後すぐの13年、ロザリンさんは秋田で知り合ったひきこもり経験者の男性3人と、「光希屋(家)」を立ち上げた。
「近所の人にもお手伝いいただきながら空き家を改装し、まず『ふらっと』という居場所を開設しました。ひきこもり当事者は、素直、正直、謙虚な人が多く、就職しても、ひきこもりの過去がばれているのではないかとか、人からどう思われているかと気疲れして、1ヵ月で辞めてしまうこともあります。ここでは、ひきこもりも場合によっては一つのプロセスになると考えています。だから安心して、ひきこもりをしながらいろいろと考え、自分のことを整理していくことができます」
足湯やハンドマッサージ 街のイベントにもブース出店
スタッフとしても雇用
「ふらっと」では料理研修や音楽活動などのプログラムを100~500円で利用できる。現在は15人以上のひきこもりの当事者が利用していて、うち3人が利用者をサポートするピアスタッフとして働いている。その一人、20代の男性は「親に教えてもらい、2年前からここに通っている。昨年は福岡で開かれた日本精神障害者リハビリテーション学会にピアスタッフとして参加し、ポスター発表をしたり、他の施設の人たちと交流したりして、いい経験になりました」と話す。「初めは心の病で思うようにいかない自分にいら立っていた彼も、最近では苦手なことにも挑戦し、人の話をよく聞くようになった」とロザリンさんは言う。
一方で、「20代の人は地域若者サポートステーションなどでも支援を受けやすいが、ひきこもりが長期化して30代を過ぎると、家から一歩踏み出すのがどんどん難しくなっていく。親も世間体を気にして、相談につながりにくくなっている」という現実もある。
そのような課題を解決したいとの願いでロザリンさんらはファイザープログラムに応募。30~50代のひきこもり当事者とその親にフォーカスし、ランチやコーヒーをきっかけに交流ができるような、気軽に立ち寄れるソーシャルカフェ「35カフェ」を開設することにした。
「ひきこもり経験者をカフェスタッフとして雇用することで、体験と自立と就職を応援できる場にしたい。まだどこの支援にもつながれていない当事者はもちろん、ほかのひきこもりの人たちが何を考えているのかを、親も知ることができます」
「35カフェ」の家主であり、ボランティアとしてかかわっている女性は「ここへ来る利用者は礼儀正しく、好感がもてる人たちばかりで、家にこもっているのはもったいない。一度社会に出た彼らの経験はこの街のとても大切な財産。私たちのような高齢世代も声をかけ合って、一緒にお茶を飲み、語り合うことはできる。そのことでお互いに力やヒントをもらえる。そのように支え合うことで、住みやすい地域にしていきたい」と話す。
当事者が自分のことを話す勉強会を開き、活動を知ってもらうために、街のイベントにもブースを出した。また、足湯やハンドマッサージの提供や、当事者が講師になって得意分野の音楽、自分の人生など好きなことを語る「カフェ講座」を開くことで、地域がつながることを目指している。
当事者のピアスタッフと話し安心して会話が楽しめるように
いずれは町を支える主役に
35カフェは今年4月にオープン。11~15時までのランチセットは550円から。ロザリンさんが得意なマレーシアのカレーや、30代の当事者男性が得意とするパスタなどの日替わりメニューが味わえる。そして、14~17時までのケーキセットは350円。ケーキは、もともとお菓子づくりが好きな20代の女性が担当。彼女は、1月の終わり頃からカフェスタッフの研修に参加していた。
「14歳の時に人とかかわるのが苦しくて不登校になって以来、社会に出てはまたひきこもる生活を繰り返してきました。22歳の時に心の病気が原因だとわかり、いろいろなカウンセリングやデイケアに通いましたが、あるラインより先に進むことができませんでした。なんとかしたいとの思いで精神保健福祉士さんに相談し、この場所を教えてもらいました」
ここで、当事者でもあるピアスタッフと話せたことで「安心感を覚え、会話するって楽しいんだと初めて思えるようになった」と彼女は言う。
カフェスタッフは接客や調理、掃除などの職業訓練を通して人と接することや働くことの楽しさを学ぶほか、4・6・10月の研修会で自らの体調管理や変化を評価し、スタッフ同士でも互いの変化を客観的に評価。カフェには自由回答式のアンケート用紙を置き、12月には利用者の声をまとめて、プログラムの効果を分析する予定だ。
「この地域の課題である高齢化の進展により、せっかくUターンして就職しても、会社の業績が低迷して仕事を続けることができない方もいる。35カフェが、失業、就職、人間関係などで悩みひきこもってしまった人たちが気楽に集まり、新しい働き方や生き方を考えるきっかけづくりの場になればうれしい。空き家などを利用すれば、35カフェは全国で展開できるはずです。今は私たちが地域から支援いただいていますが、いずれは当事者の彼らが学校などに出張して自分の経験を語り、街を支えていく主役となる日が来るんじゃないかと期待しています」
現在は秋田大学で助教として勤めながら、その給料の一部と市からの委託事業、助成金や寄付で光希屋(家)を運営しているロザリンさんだが、「多くの方に賛助会員として参加いただくことで、ひきこもりに対する社会の理解が深まり、結果として包容力のある社会につながることを、これから目指していきたい」と課題を掲げた。
(団体情報)
NPO法人 光希屋(家)
2013年、秋田県大仙市大曲にて、ひきこもりの状態にある人や、ひきこもりから脱しつつある人を対象に支援活動を行う居場所「ふらっと」を開設。勉強会やワンコインで参加できるプログラムを開催。自分らしさを保ちつつ、仲間をつくり、新しいことに楽しくチャレンジする活動を応援している。
※賛助会員も募集中です。
個 人:一口1000円/月、10000円/年(何口でも可)
企業・団体:一口3000円/月、30000円/年(何口でも可)
※寄付の振込先
秋田銀行 大曲支店 普通1053712 ヒキヤ
【ファイザープログラム~心とからだのヘルスケアに関する市民活動支援】
ファイザー株式会社の市民活動助成プログラム。2000年に創設。「心とからだのヘルスケア」の領域で活躍する市民団体による、「健やかなコミュニティ」づくりへの試みを支援することを目的としています。医薬品の提供だけでは解決することのできないヘルスケアに関する様々な課題解決のために真摯に取り組んでいる市民団体を支援することによって、心もからだも健やかな社会の実現に取り組む。