ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2023年には、ケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった。
今回は、捕まえるのが難しいキリンの治療をレポート。
※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。
国立保護区の外のケースが多い
1番シマウマ、2番目はキリン
私がマサイマラで野生動物を治療するケースは、多くの場合、国立保護区の外で起こっている。
一番多いのがシマウマの治療で、矢が刺さったシマウマとワイヤー罠がかかったシマウマがほとんどだ。時々、パンガ(マチェテ、山刀)でアキレス腱を切られたシマウマや槍が刺さったシマウマなどもいる。その大部分は、シマウマが畑に入り農作物を台無しにしたためで、村人に弓矢で襲われたもの。ほかにアキレス腱などが切られたケースがあるが、これは夜間にオートバイで追い回されて後ろからアキレス腱を切られたもので、ブッシュミート(※2)狙いで起こる。
※2 野生動物から得る食肉
その次に多い動物がキリンだ。体に矢か槍のどちらかが刺さったケースで、学校が休みになる時期に、マサイの青年たちが弓矢や槍投げの練習をしていて、その標的になったキリンがほとんどだ。
このキリンの治療がとても厄介なのだ。野生動物のダーティング(麻酔銃で麻酔薬を撃って眠らせる)で、サイの次に難しいと言われるほどである。なぜなら、キリンはその長い首のせいで、麻酔薬で心拍数が下がりすぎると、脳に血が届かなくなる。麻酔薬を自ら地面に倒れるまでの量にすると、倒れた時点で死んでしまうことになる。そのため、キリンのダーティングは、キリンをロープと人力で地面に倒すという大掛かりな仕事になる。
優雅に見えるキリン
後ろ足で蹴られると大怪我か即死
背が高いので遠くから見ると優雅にスローモーションで動いているように見えるキリンだが、実際にその横で走ってみるとそのスピードに驚く。キリンをダーティングする前に、最初に調べるのは、ダーティングをすることになる地形だ。麻酔が効き出すと数分後に視覚を失った状態でがむしゃらに走り出すので、走るキリンにレンジャーが追いついてロープでキリンを地面に倒すことが可能な、平たくて木のない場所が必要なのだ。

具体的には、15mのロープを持った4人のレンジャーが走って、キリンの足の周りにロープがけをしなければならない。木が生えている場所だと木にロープが引っかかるので不可能。キリンは雄だと1.5tの体重になることもある巨大野生動物であり、ロープをかけてからも、後方からロープを引っ張って倒す人間が必要になる。雄と比べると比較的楽に倒せる雌でさえも1t弱はあるので、万が一、人間が後ろ足で蹴られたりすると大怪我か即死してしまう。
これは、ロープで縛ったキリンを地面に倒し込むという力仕事。雄キリンだとロープの両端に3人が必要なので計6人、雌キリンだと両端に2人で4人は必要。下手すると、キリンが数㎞ぐらい走る場合もあるので、足が速いレンジャーが適任である。

麻酔が効き始めて暴走し出したキリンは、目はほとんど見えていないし、耳も聞こえていない。前方に川があったら川に飛び込んで溺死するし、前方に崖があったら崖から落ちて死んでしまう。暴走するキリンの前や横を車で走って大声で叫ぶなどして走る方向を変えさせようとしたことが何度もあるが、走り出したら何があっても止まらない。
そのため、麻酔銃で打つ前に、現地の地形をチェックして、レンジャーたちが走り出したキリンに追いついてロープで地面に倒し込むことができるだけの距離があるかどうかを確認することが大切なのである。崖から1㎞しかない場合は、ベテランレンジャーから「この地形だと、崖までの距離内ではキリンに追いつくことができないので、反対側にプッシュしてほしい」と言われることもある。プッシュするというのは、車で群れをダーティングしやすいエリアに移動させることをいう。
なぜだか理由はわからないが、キリンは麻酔ダートが当たった瞬間に見ていた方向に暴走を始める。ダートが当たった後に違う方向に移動させても、暴走が始まると最後に見た方向に方向転換して走り出す。なので、事前にキリンの方向転換をしておかないと大変なことになるのである。
足を2回ロープで巻いて
麻酔をリバースした後で治療
では、キリンをどのように保定するのか。一番足の速いレンジャーがロープの先を持って、暴走するキリンの前を走ってキリンの胸の位置にロープをかける。そして、キリンの周りを2回走り回ってロープを2回まわす。2回まわさないとスムーズに地面に倒れず、ロープを持った人間が引きずり回されることになる。レンジャーは走りながら背後にいるレンジャーの持っているロープの下を潜って、再度前方からキリンの前を走って2回目のロープを胸にかける。足の部分だけにロープをかけると、走っている間にロープが足から外れてしまうのである。
2回目のロープがキリンの胸の下の足の付け根にかかったら、後ろに回ってロープを引っ張ってキリンを地面に倒す。キリンが足を膝までついて地面に倒れたら、背中から近寄って角などを持って地面に頭を倒す。キリンは座っていても頭が2mぐらい高い場所にあるので大変な仕事だ。振り回された首や頭に人間が当たると、吹っ飛んでいくぐらいの威力があるので、気をつけながら地面にキリンの頭を押さえつける。
そして頭に1人、首に2人、肩の付け根に1人、押さえつけ係の人間を置く。そして獣医は心拍数を元に戻すため、地面に倒れた瞬間にその場で麻酔をリバースして(拮抗薬を投与して麻酔を元に戻す)、後は押さえつけながら治療をする。キリンはひと蹴りでライオンを殺せるし、車のボンネットなどを踏みつけたりすればエンジンが地面まで落っこちるほど、足のパワーがすごい。足の方面に誰も近づかないようにしないといけないので、ワイヤー罠を外す時などはロープを足にかけて数人で引っ張りながら、さらに棒の先についた道具で足のストライクゾーンに入らないように注意しながらワイヤー罠を外さないといといけない。

これほど難しいキリン。一度外部の人間にも参加を要請してキリンを倒そうとした治療に付き添ったことがあるが、キリンが頭を持ち上げた瞬間、首を押えていた人間がみんな逃げ、2t近い巨大な雄キリンが大暴れして立ち上がって逃げてしまった。キリンの治療は獣医をサポートするチームがちゃんと訓練を受けていないと、動物が崖などから飛び落ちて死んでしまうか、キリンを倒そうとしている最中に人間が蹴られて死んでしまうかのどちらかになる。
私のエリアはキリンを治療するケースが多いので、レンジャーに危険な野生動物の保定方法をちゃんと学んでもらうために、ケニア野生動物公社の獣医セクションに見習いとして3カ月間、送り込むことになった。
(文と写真と動画 滝田明日香)

たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。
(「アフリカゾウの涙」寄付のお願い)
「アフリカゾウの涙」では、みなさまからの募金のおかげで、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入、機体のメンテナンスや免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
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トクヒ)アフリカゾウノナミダ
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※2025-02-15 発売の『ビッグイシュー日本版』497号より転載しました。