ケニアのマサイマラ保護区(※)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2023年、ケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった。今回は、4人のレンジャーたちが「ゾウの大移動プロジェクト」に見習いとして参加するのに同行。

マサイマラのレンジャーが見習い
キャンプ生活もう十分の私も同行
ケニア野生動物公社の獣医セクションに、国内では初めてマサイマラのレンジャーを見習いとして受け入れられることになった。許可を得るのに数ヵ月かかったが、ようやくオーケイが出た。
許可された人数は4人。マラコンサーバンシーで、動物の治療や動物の保定に興味があるレンジャーを募ると、私の元追跡犬ハンドラーで、勤務中にバッファローに空中へ投げられて岩に頭を打ちつけてユニットを1年間休んでいたサナレを含む4人のレンジャーが立候補。4人が許可された見習い期間は3ヵ月。その間に、ケニア野生動物公社のエリートと言われるキャプチャー(捕獲)レンジャーユニットから、ケニア中にある獣医ユニットに派遣されることになった。

派遣された彼らが最初に参加することになった仕事は、ケニア中部にあるムエア国立公園付近の農村を荒らしているゾウの群れの大移動プロジェクトだった。そして、私自身もレンジャーたちがちゃんと見習い実習をこなせるのかを確認するために、17日間の移動プロジェクトのうち14日間を同行することになった。
大学生の時にケニア野生動物公社の実習でいろいろな動物の移動プロジェクトに参加してキャンプ生活を体験してきたが、社会人になってから移動プロジェクトに参加するのは初めてだった。私はこれまでマサイマラでの勤務で17年間も、何もないブッシュ(茂み)でテントハウス生活をしてきた。仕事が休みの日に、子どもたちから「キャンプをしたい」とか言い出されると、「毎日キャンプしているのに休みまでもテント生活⁉」とゲンナリする。休みの時ぐらいちゃんとした家かホテルに宿泊したい。
それなのに、今回は2週間の「ブッシュで重労働の仕事をして、仕事を終えてもテント生活」という一番きついシチュエーションである。これまで数多く参加した移動プロジェクトのテント生活について、経験から言えることは、体力的、労働的、精神的に追い詰められるということ。これは実際に経験してみてわかる苦労である。まぁ、レンジャーたちも参加すればわかると思う……。
ムエア国立公園から3時間かけて、
アバディア国立公園にゾウを移動
この壮大な「ゾウの大移動プロジェクト」は、メルー州の知事が関係する巨大な政府プロジェクトである。周辺の人口が増えて、ムエア国立公園から近くのケニア電力の敷地に逃げ出した合計57頭のゾウを捕獲し、移動に3時間かかるアバディア国立公園に移動するというものである。最初に同僚獣医から「ムエアでゾウを捕獲する」と聞いた時、ムエアにゾウなんているの⁉と驚いた。ケニアでムエアというと、ほとんどの人が想像するのがケニア山の近くにある米の産地のムエアだ。〝お米はムエア〟というほど、ムエアという土地名はお米をイメージさせる。そんな土地にまで、ゾウの群れが出てきたのか? と、驚いてしまった。
しかし、実際にムエアのゾウ移動のエリアに到着してみると、ケニア中部の高地の気候ではなく、とてつもなく暑い乾燥地区で、まるでツァボ国立公園のような過酷な気候だった。想像していた環境とずいぶん違う。ツァボと同じく「Wait a bit thorn(ちょっと待って)」と英語で呼ばれる植物がそこいら辺に生えていた。その植物には釣り針のように曲がったトゲがあって、引っかかるとその場から動けなくなる。スワヒリ語の名前もそのまま「ンゴジャ・キドゴ(ちょっと待って)」である。
柔らかい皮膚をもつ人間が、このブッシュに入り込むことは不可能なので、もしブッシュの中でゾウが麻酔で倒れ込んだ時に備えてブルドーザーまで用意されていた。

大型野生動物を移動させる理由
人間への攻撃、植物への影響など
「ゾウの大移動プロジェクト」について、少しだけその背景などについて説明をしたい。
まず、なぜ野生動物を移動させるのか? ゾウなどの巨大野生動物を移動させるのは、たいていは国立公園などの保護地からゾウが隣接する農村に出てきてしまった場合だ。それ以外にも、一つの国立公園内の個体数が増えすぎて、そこで生息している植物に大きな影響を与えてしまった場合もある。ゾウはフェンスで囲まれている国立公園から出られないので、食料を得るために生息地の植物の生態系を破壊してしまうのである。
ゾウのような巨大な野生動物は個体数が多くなれば多くなるほどいいというわけではなくて、その生息地が維持できる範囲内で個体数が安定していることが重要だ。ゾウは大木を簡単に倒して、若い木が生えて育ってもすべてを簡単に引き抜くことができるパワーを持っている。
その他の動物でも、テリトリー性の強い動物であるサイなどは、一定のエリアで個体数が多くなりすぎると、自然にテリトリーが重なってしまい、同種間でのオス同士の喧嘩が絶えなくなり、個体の怪我や死などが増えてしまう。さらに、子どもと一緒に移動しているメスも、オスに子どもを怪我させられたり殺されたりする。子どもが一緒だと発情しないのでメスまで攻撃を受けたりすることもある。個体数と生息地の大きさと食料の有無は、野生動物のサバイバルに直接にかかわってくるのである。
このムエア国立公園のゾウの問題も、フェンスで囲まれた生息地が小さいのに対して、ゾウの個体数が多くなりすぎて、外の農村地区に逃げ出したことが問題だった。農村にゾウが出てくると、まだ薄暗い早朝に学校や職場に歩いて通う子どもや大人がゾウの群れに遭遇してしまう。農村地区に生息するゾウの群れはしょっちゅう農民と衝突して弓矢の攻撃を受けているのでナーバスになっていて、突然人と遭遇すると攻撃をする可能性が高い。
広がりつつある農地に囲まれた国立公園の大型野生動物は、常にプレッシャーの中で生きている。この移動は農地で人間に危害を加え、生きのびる可能性が低いゾウの群れを巨大なアバディア国立公園に移動させて、生存の可能性を高めるというプロジェクトだった。
総勢50人以上の野生動物スペシャリストによって、17日間で57頭のゾウをヘリコプター、セスナ、ゾウのファミリーを入れる巨大移動トラック、ランドクルーザー10台近く、ブルドーザーやクレーンなどを使って移動する壮大なミッションなのである。
(文と写真 滝田明日香/9月15日号に続く)

たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。
(「アフリカゾウの涙」寄付のお願い)
「アフリカゾウの涙」では、みなさまからの募金のおかげで、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入、機体のメンテナンスや免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
山脇愛理(アフリカゾウの涙 代表理事)
(寄付振込先)
三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ
https://www.taelephants.org/futuresupport/index.html
※この記事は2025年8月15日発売の『ビッグイシュー日本版』509号からの転載です。