もし、米国の原発安全規則「B.5.b」の対策を行っていれば福島第一原発の事故を防げた可能性

福島県浪江町津島の住民が、除染を含む原状回復措置と国家賠償を求めて国と東電を訴えた裁判「ふるさとを返せ津島訴訟」。一審・福島地裁郡山支部が国・東電の賠償責任を認めたが原状回復を却下したため、仙台高裁で控訴審が行われている。2025年11月8日、宮城県仙台市で集会が開かれ、長谷川公一さん(盛岡大学学長、環境社会学)が「福島第一原発事故を招いた原子力規制の問題と機能不全」と題して講演した。

11月8日、仙台市・仙台弁護士会館にて原告や支援者による集会が行われた

米国から提案のテロ対策
日本は情報受けても対策取らず

長谷川公一さんが問題を指摘したのは、2006年から08年にかけて、日本の経済産業省資源エネルギー庁の下にあった原子力安全・保安院(当時。現在は原子力規制委員会へ移行)が、米国のNRC(原子力規制委員会)から米国内でのテロ対策命令書に含まれている原発安全規則「B・5・b」の内容について情報を伝えられたにもかかわらず、この過酷事故(シビアアクシデント)対策を放置した点だ。

長谷川さんは「これまでの福島原発事故をめぐる裁判では津波対策の有効性が争点だった。だが9月19日の裁判で『津波対策という第一の砦が破られても、『B・5・b』が示す過酷事故対策という第二の砦の備えさえあれば、福島第一原発という城は落ちず、人々の生活は守られたはずだ』と指摘した」と語った。米NRCより「B・5・b」を提示されたことを契機に過酷事故対策にまで安全対策を広げるべきだったという新たな争点を提示したのだ。これに対して国側は反対尋問で、「B・5・b」はあくまでテロ対策だったと述べるにとどまった。

そもそも、この「B・5・b」とは何か。長谷川さんの講演内容や国会事故調および政府事故調の報告書などの資料によると、制定のきっかけは、01年9月11日に起きた米国での同時多発テロ事件だった。大型の航空機がニューヨークのマンハッタンにあるワールドトレードセンター(世界貿易センタービル)やワシントンの国防総省(ペンタゴン)に衝突、多くの犠牲者と負傷者を生んだ。このテロを踏まえ米NRCは、原発の安全対策として、航空機衝突(大型航空機を含む)をはじめ、どのような原因であっても、原発の最悪の過酷事故を防いだり、被害を緩和するため、すべての原発に全電源喪失などを防ぐ対策を事業者に求めた。

長谷川さんの講演の中でも特に重要なこととして指摘されたのが、米NRCは米国内の原発事業者に、既存の資源を活用したり、人々の訓練を行ったりという短期間に対策可能な方法で、巨額のコストをかけずに柔軟で現実的な方法で炉心や使用済み核燃料プールを冷やし続ける対策を求めた──ということ。米NRCが02年2月に「B・5・b」を含む暫定措置命令を発令すると、その半年後に米国内の原発事業者は対策を完了したという。

情報の機密性を理由に放置
米国ではテロ後に新たな対策実施

実は原子力安全・保安院は、この重要な内容に関して、06年と08年に米NRCより情報を受けていた。東日本大震災が発生した2011年より5年前と3年前のことだ。ところがこの情報の機密性などを表向きの理由に、安全対策に取り入れてこなかったことが明らかになった。

さらに国会事故調査報告書は「シビアアクシデント対策は、地震や津波などの外部事象に起因する事故を取り上げず、内部事象に起因する対策にとどまった。米国では9・11以降に「B・5・b」に示された新たな対策が講じられたが、その情報を受けた原子力安全・保安院は(取り扱いに注意が必要な)機微情報であるとして外部に出さず、電力会社に対策を取らせなかった。防衛にかかわる機微情報に配慮しつつ、必要な部分を電気事業者に伝え、対策を要求していれば、今回の事故は防げた可能性がある」と保安院を指弾している。

東京電力自身も12年、テロ事件以後の米国の原発で可搬式設備が注目されていたことを含め、「B・5・b」について「注意深く海外の安全性対策の動向を調査していれば、気づくことができた可能性があった」(※1)と自戒している。

※1 「B・5・bはどうしたら知り得たか?幾重にも無意識の眼を通り過ぎた」東京電力原子力改革監視委員会資料、2012年12月14日


 米国の経験と知見がありながら、導入されなかった新しい安全基準と対策。国会事故調査報告書は、東京電力は「既存炉の稼働への深刻な影響」「安全性に関する過去の主張を維持できず、訴訟などで不利になるという恐れ」から安全対策の規制に強く反対した──と指摘している。

長谷川さんの話を聞いた途端、筆者には、元福島県知事で、原発の安全対策をめぐって国と対峙した故・佐藤栄佐久さんの「同じ穴のムジナ」という言葉が蘇ってきた。筆者が福島県の地元紙記者として取材をしていた02年のこと。東京電力福島原発での事故隠し(長年にわたる安全点検の記録不正)に関する内部告発が福島県に届いた。実は内部告発者は2年前に原子力安全・保安院(当時)に同様の告発を行っていたが、原子力安全・保安院はそれを放置していた。佐藤さんは知事として、国・規制側と事業者側双方が事故・情報隠しをし、安全規制を怠ったことに怒り、「国と電力会社は、同じ穴のムジナ」だと断罪したのだ。国会事故調査報告書は、原発事故の背景に、政官財が一体となった「規制の虜」があり、安全対策が先送りされたと批判した。原子力安全・保安院は原子力規制委員会となり、独立・中立・透明性の確保がうたわれるが、それが実現したのは福島第一原発事故の被害と犠牲の結果でもあることを忘れてはならない。

悪質な注意義務違反で「人災」
国家賠償法上の責任に値すると指摘

国会事故調査報告書は、福島原発事故は「『想定外』ではなかった」し、規制当局、東京電力の「不作為」による「人災」だと断じた。だが福島原発事故の裁判を担当する多くの裁判官は、被告である国や東電の「想定外」(予見の可能性を認めない)という主張を認める判決を下してきた。

しかし長谷川さんは、「機微情報を逆手に取り、構造的・組織的に起こるべくして起こった悪質な注意義務違反(過失)であり、国家賠償法上の責任に値するのではないか」と結んだ。弁護団の山田勝彦弁護士は「(B・5・bに沿って)可搬式発電機、消防車、可搬式ポンプ、バッテリー、ケーブルなどを備えていれば、東日本大震災に間に合った。高裁が『B・5・b』を認め、最高裁も認めれば、21年6月の最高裁判決(※2)を覆すことができる」と語った。

講演する長谷川さん

※2 最高裁判所第二小法廷が福島原発事故の損害賠償請求集団訴訟4件について、国の法的責任を認めない判決を言い渡した。次回の「津島原発裁判」口頭弁論は3月9日、仙台高裁で行われる予定。

「今回、長谷川先生が証人に採用され尋問に立ったことは、裁判官も『B・5・b』に関心を持ったということだろう。まともに私たち原告の論点に取り組めば、私たちが勝利するという期待と願いがある」と、原告団長の今野秀則さんは語る。

この講演を聞き、筆者は「安全対策を命じないという不作為(故意的不作為を含む)は、事故を『想定外』にするための『装置』になったのではないか」という強烈な疑問が湧いた。新たな争点が示されたことを裁判官はどのように判断するのだろうか。来年夏にも予想される判決を注視したい。(文と写真 藍原寛子)


あいはら・ひろこ
福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。2024年外国特派員協会報道の自由賞受賞。


*2025年12月15日発売の『ビッグイシュー日本版』517号より「ふくしまから」を転載しました。

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