避難所に、トイレ(T)・キッチン(K)・ベッド(B)導入を。イタリアに学ぶ、災害の支援でこそ“公共の福祉”実現-榛沢和彦さんに聞く

2026年7月28日に起こった「令和8年熊本地震」を受け、『ビッグイシュー日本版』490号(2024年11月1日発売)より特集記事を転載します。


 心臓血管外科医の立場から、エコノミークラス症候群などの災害関連病・死を防ごうと避難所の改善を訴えてきた榛沢和彦さん(新潟大学医歯学総合研究科特任教授)に、日本の避難所の改善点とイタリアの避難所や制度から学んだこと、TKBの重要性について聞いた。

車中泊だけでなく、リスク高い
避難所のエコノミークラス症候群

 榛沢和彦さんは心臓と血管を専門とする外科医。普段は新潟大学の病院で診療や手術、大動脈解離の血管内治療の研究などを行っている。そんな榛沢さんが避難所の環境の問題に関心をもち、研究を続けてきたのは、2004年の新潟県中越地震がきっかけだった。

「避難所にかかわるようになったのはエコノミークラス症候群の予防が目的でした。日本では長い間、この病気の原因は肺にできた血栓とされてきましたが、03年に、ふくらはぎにあるヒラメ筋静脈の血栓が急激に大きくなることで発症すると明らかにされました。この血のかたまりが血流に乗って、肺まで流れてくると肺塞栓症になり、心臓の隙間を通って頭に行くと脳梗塞になります。そして時には突然死を引き起こすこともあります。このことは欧米ではすでに周知の事実でした。今ではこれら、いくつかの症状をまとめてエコノミークラス症候群と呼んでいます」

 新潟県中越地震では、被災地に避難所が少なく、車中泊する避難者が多かったという。榛沢さんらはエコノミークラス症候群の発症を懸念し、発災の1週間後から定期的に、小千谷市・十日町市・長岡市で、避難者の足の血栓を調べ始めた。

「初めは車中泊の方を中心に調べていましたが、避難所にも対象を拡大。発災後2ヵ月間は毎週、その後は7ヵ月後に行い、1年後の1500人を対象とした検診では7・8%の人に血栓が見られました。その内訳を見ると、ワゴン車より軽自動車で過ごした人に多く血栓が見られ、さらにはワゴン車より避難所で過ごした人に血栓のできている人が多いことが判明し、避難所の環境にも問題があることが、おぼろげながらわかってきました」

 その3年後の07年3月に起きた能登半島地震でも、検診を受けた避難所生活者の約10%から血栓が見つかった。「そこで、同年7月に起きた新潟県中越沖地震では、柏崎市が防災無線で車中泊への注意を呼びかけ、避難所には食料・水・トイレが確保されました。にもかかわらず、2週間以内に行った検診で、避難所にいた約7%の人に血栓が認められました」

 翌08年に起きた岩手・宮城内陸地震でも、榛沢さんらは複数の避難所で検診を続けた。「岩手県一関の避難所は、畳の上に普通の布団を敷いて寝ていて、みんな顔見知りで、支援者もたくさんいました。一方、宮城県花山の避難所では、床のゴザの上に毛布を敷いた雑魚寝状態。対策本部や自衛隊の拠点やヘリポートが近く、あわただしい雰囲気でした。両方の避難者を検診したところ、一関では3・4%、花山では15%の人から血栓が見つかり、避難所環境の状態と関係していることがはっきりしました」

プロの温かい料理を食堂で食べ
家族ごとにベッドで眠るイタリア

 その後、11年に起きた東日本大震災では、避難所によっては30~40%の人に血栓が見つかったところもあったという。翌12年7月、榛沢さんは、2ヵ月前にイタリア北部地震に見舞われたばかりのモデナの避難所を訪れる機会を得たが、そこで見た光景は日本の避難所と雲泥の差だったという。

「衣食住の食住とトイレ環境が整っていました。家族ごとに入れる大きなテントが並んでいて、中にはカーペットが敷かれ、人数分のベッドがありました。子どもの玩具もたくさんあって、子どもたちが遊べるテントもありました。被災者や支援者が一緒に温かい料理を食べ、コンテナ式の水洗の仮設トイレが設置されていました」

イタリアの避難所外観(イタリア北部地震)
写真提供:榛沢和彦さん
家族単位のテントにベッドが置かれている
写真提供:榛沢和彦さん
寝食を分け、大きなテントでつくられた食堂
写真提供:榛沢和彦さん

 そんな理想的な避難所の実現を可能にする、どんな理念や哲学があるのだろうか? 榛沢さんはこう語る。「日本では災害支援が、困っている人を助ける“個人救済”になってしまっています。それに対し、イタリアは“市民社会生活保護”の観点から、被災した地域の人たちが早く仕事に復帰し、そこで生活のサイクルを回していけるようにしています。それが“公共の福祉”であり、地域や国の復興にもつながるという共通の理念があります」
 こうした経験から、榛沢さんは日本の避難所にも最低限、欧米の避難所と同じ水準のトイレ(T)・キッチン(K)・ベッド(B)を導入する必要があると考え、16年に「避難所・避難生活学会」を立ち上げ、提言を続けてきた。

「避難所にいくら食料や飲料が届けられても、トイレ(T)がなければ、安心して飲食できません。脱水状態にならないためにも、発災から1日以内にトイレを設置することが必要です。09年にイタリアで起きたラクイラ地震の時も、現地ではまず仮設トイレが設置されたと言います。感染症を防ぐにも水洗トイレが必須で、手を洗うのに使用する水も備蓄しておかないといけません。欧米では一つのコンテナに、トイレとシャワーの機能を備えたものが珍しくなく、キッチンコンテナには料理人専用のトイレもあります」

 一方、日本の避難所の実態はどうだろうか?
「日本では、大小の災害を区別なく混ぜて、避難所滞在日数の平均を3日と考え、1週間程度の避難所生活を想定していますが、ご承知の通り、実際には数ヵ月に及ぶこともあります。食事も冷たいおにぎり・パン・弁当が定番ですが、これも世界標準ではありません。味の濃いおにぎりや揚げ物のおかずが多いコンビニ弁当が続く避難所では、みなさん白いごはんが食べたいと言っていました。厚労省は必要なカロリー数などは定めていますが、炭水化物中心で、生きてさえいれば十分という感じです」

 18年に起きた西日本豪雨の際には、ある避難所で、メロンパンなど同じ種類の菓子パンが4ヵ月も提供され続けたという。「欧米では、避難所に設置されたキッチンコンテナやキッチントレーラーなどでプロの料理人が調理したものを支援者が配膳し、大きなテントにつくられた食堂のテーブルで食べるのが一般的。衛生面から寝食の場は分けられています」

イタリア市民保護庁は24時間体制
欧米ではベッドは3日以内に導入

 榛沢さんが災害関連病・死を防ぐために、特に推進してきたのが段ボールベッドだ。
「段ボールベッドは価格が安く、日本中に大量生産できる工場がたくさんあります。14年の広島土砂災害や15年の関東・東北豪雨の避難所で段ボールベッドを導入したところ、足の血栓を予防できることが明らかになりました。いったん足にできてしまった血栓は20年くらい消えず、ほかの病気を引き起こす危険もあります。普段と違う環境で3日以上動かないでいると血栓ができやすいことから、欧米では3日以内に簡易ベッドを導入します。床に長時間座っていると、70歳以上の人だと4、5日で立てなくなってしまいます」

 さらに、ベッドには床から離れているという利点もある。
「実際にホコリセンサーで測定したところ、避難所の床には屋外の100倍以上のホコリがありますが、床から30㎝上で半減。ウイルスや細菌の多くはホコリに付着して飛散するため、全員がベッドを使って垂直避難することで、感染症の蔓延を予防できます。想像してみてください。雑魚寝は、下足がすぐそばにある玄関にマットを敷いて寝泊まりするのと同じ状態なんです」

 そもそも欧米では、なぜ、このような避難所環境を実現できているのだろうか? 
「欧米には災害専門の省庁があり、予算を確保しているんです。たとえばイタリアには、約700人の職員がいる首相直轄の市民保護庁があり、地下にあるオペレーションルームには赤十字や警察、消防などの人が24時間体制で詰めていて、イタリア全土をモニタリングしています。09年のラクイラ地震の時も、夜中の3時台の発災から1時間以内に会議を招集しました。各州や市にも、市民保護局が置かれていて災害時には対応します」

 一方、日本の場合は、発災してから補正予算や予備費で対応しているため、各省庁での調整が必要で、対応に長い時間がかかってしまう。さらに「現行の災害対策基本法により、被災地の市町村が指定避難所の開設や食事の提供を義務づけられ、かかった費用も県を通して国に請求することになっています。大きな災害が起こった時、少人数の職員しかいない市町村にそれが可能でしょうか? 今回の能登半島地震でも、そのひずみが生じています」と榛沢さんは言う。

給与も保障の職能ボランティア
100時間の訓練を受けて活躍

 さらにイタリアでは、国内の大小のボランティア団体が公的なお金を活用しながら、普段から備蓄を進めているという。「発災から2、3日は市の市民保護局や地元のボランティア団体が備蓄を持ち寄り、日本と同じような避難所をつくってしのぎますが、すぐに国や州、周辺の州からの支援が入り、大きな避難所の設営が始まります」

 日本でボランティアと言えば「無償」のイメージが強いが、イタリアでは、志願者が日頃の仕事の技能を活かし、給料も国が雇用主に補償する「職能ボランティア」の登録制度が充実しているという。

「イタリアには1244年に創設された“ミゼリコルディア”や全国組織の“アンパス”など、大きなボランティア団体が4つあって、それぞれがボランティア研修を行っています。プロの医師、調理師、運転手などさまざまな職能を活かしたい人が100時間の訓練を受け、職能ボランティアとして登録しています。被災地で支援を行う間の交通費や宿泊費、給与なども国が保障していて、雇用主は従業員が支援に行くことを妨げてはいけないと法律で定められています。被災者への接し方についても学び、心得ているので、発災直後の避難所でも厚い信頼を得ています」

Illustration:meguru design

 では、日本で理想の避難所を実現するには、どうすればいいのだろうか?
「日本では災害時、人命救助が最優先されますが、同時に“TKB”を完備した避難所づくりを進めることです。まずは、イタリアなどの仕組みを真似してでも取り入れるべきです。災害支援に特化した『防災省』をつくって予算をしっかり確保し、職能ボランティアを育て、子どもたちには防災教育を行う。それが可能になるよう、災害関連法も変えていく。さらには東京一極集中を解消し、日本中どこにでも住めるようにグランドデザインし直して、各地で非常時の大規模備蓄をすることも必要だと思います」

 そして最後に榛沢さんは、こんな事例を挙げた。「16年にカナダのフォートマクマレーで起きた山火事の際には、政府は2日間でベッドなどを用意し、被災者約5000人を約500km離れた州都エドモントン市に遠隔地避難させました。欧米では、日本のような環境の避難所に何ヵ月も滞在させること自体が、ありえないことなのです」
(香月真理子)


はんざわ・かずひこ

1989年、新潟大学医学部卒業。2018年より新潟大学医歯学系先進血管病・塞栓症治療・予防講座特任教授。専門は心臓血管外科。避難所・避難生活学会常任理事。04年の新潟県中越地震から災害後のエコノミークラス症候群予防活動を行い、12年からイタリアの災害対応を調査比較し、日本の災害対応改善を提唱している。特に避難所のトイレ(T)・食事(K)・簡易ベッド(B)の「TKB整備」の重要性を啓発している。

※2026年7月28日に起こった「令和8年熊本地震」を受け、『ビッグイシュー日本版』490号(2024年11月1日発売)より特集記事を転載しました。

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