ヨーロッパに広がる“悪魔の薬物” 死に至る「クラック・コカイン」の危険性

1980年代、米国に現れた薬物「クラック・コカイン(通称クラック)」は、その手軽さや強い中毒性から瞬く間に依存症が広がり、犯罪の発生やホームレス問題の悪化など、さまざまな問題を引き起こした。その後、米国ではクラックの危険性が広く知られるようになり、市場も縮小するに至ったが、近年になってヨーロッパでの流通が増加。特に都市部において危機的な状況を引き起こしている。

問題が深刻化しているドイツでは、かねてから薬物依存症を犯罪として見なすのではなく“病気”として捉える政策を推し進め、みずから少量の薬物を所持したり、使用することは非処罰化するなどして、依存症の回復に向けた支援を優先してきた。

そんなドイツ・ドルトムント市で支援センター「キック」を運営しているヤン・ソスナとオラフ・シュミッツが、クラックの危険性と現在の状況について現地のストリートペーパー『bodo』に語った。

「キック」を運営するオラフ・シュミッツ(左)とヤン・ソスナ

過剰摂取者が激増、途方もなく大きい心理的中毒性

――ドイツの多くの都市でクラック・コカイン(※1)の使用が増えていると報告されています。ドルトムントではどうですか?

ヤン・ソスナ 2017年以降、クラック・コカインの需要が伸び続けています。15年にはコカイン使用者の過剰摂取(死亡を含む)は月平均5件でした。現在はその25倍、年間で1500件におよびます。その他の薬物も含めたドイツ全体の過剰摂取は、記録的に高い6万7000件に達すると見込まれています。

薬物の摂取方法も変わりました。ヘロインの場合は吸入するか静脈注射で使用されて、どちらも効果が出るのに約30分かかるというのがこの20年間の私たちの知見でしたが、クラック・コカインは(パイプなどを使った煙の吸引により従来より効き目が早く)2分間で済みます。

※1クラック・コカインは、粉末状のコカインを重曹などで処理した後、ガラスや鉄製パイプなどによって煙として吸引できる状態に生成したもの。

クラック・コカインの煙を吸引するのに使われる鉄製のパイプ

――クラック・コカインの使用が増えている原因は何ですか?

ヤン 1つは、ヨーロッパでクラック・コカインが手に入りやすくなったことです。私たちの支援対象グループには元依存症患者も含まれますが、再び依存状態に戻るのに時間はかかりません。この都市でクラックが急増し始めて、20年間薬物から遠ざかっていた人が、この“悪魔の薬物”に再び取りつかれたのを数多く目にしています。

――あなたはクラック・コカインを“悪魔の薬物”と呼びますが、他の薬物とどう違うのですか?

ヤン 1回分当たりのコストについては大差ありません。1回分、約8ユーロから10ユーロです。しかし、ヘロインの効果は何時間も続きますが、クラック・コカインは15分程度しか続かないため、さらに上乗せし続けると高価になります。心理的な中毒性が途方もなく大きいため、一瞬にして他のすべてのことを忘れてしまいます。食べることや飲むこと、シャワーを浴びることや着替えをすることも。その結果、短期間に急激に体重が減り、それが長期的な影響や疾病、あるいは心拍停止につながります。

オラフ・シュミッツ ヘロインは鎮静作用が強いのですが、コカインには刺激作用があり、ヘロインよりも興奮し攻撃的になります。さらに、コカインによって得られる恍惚感が非常に強いため、次の分を買うお金を得ようと必死になります。これら2つの要素が合わさっている場合が多いですね。

ヤン 私たちが運営している「キック」のカフェ(※2)には常連客のためのテーブルが3つあり、以前はいつも満席でした。今は利用者は外にいて(次の薬物を買う)お金を得ようとしています。ここや薬物使用の現場で、人々が以前よりも攻撃的あるいは荒々しくなったかどうか。はっきりとはわかりませんが、いつもやや荒々しくはあります。

※2薬物依存症を犯罪ではなく病気と捉え、少量の薬物使用を非処罰化しているドイツでは、依存症の人を過剰摂取や感染症のリスクから守り、回復に向けた支援につなぐため、あえて監視つきの薬物使用スペースを提供する試みなどが行われている。「キック」もそうしたスペースを提供している支援団体の一つ。

幻覚などの「知覚障害」が支援者のアプローチ阻む

――クラックには他にどんな症状がありますか?

ヤン クラックに関して指摘されているのは知覚障害です。コカインの影響の1つに特定の刺激を過剰に認知することがあります。たとえば、コカインの使用者であったある男性はハチが首の周りを飛び回っているという幻覚を持っていて、血が出るまで自分の身体をかきむしっていました。中には薬物を求めて狂ったように花壇の中を探ったり、歩道の石についたコケをはがそうとしたりする人もいます。こうした心理的兆候のある人の薬物使用者全体に占める割合が急激に増えています。ある使用者はストーカーがいると考え、ついには依存症の治療中に脳にチップを埋め込まれたと信じるようになっています。そのため、私たちが人々に直接アプローチすることが非常に困難になっています。

――支援活動がますます難しくなっているのですね。

ヤン そうです。それに私たちはしばしば忙しすぎて、一人ひとりに親密に寄り添うことができません。幸い私たちにはアウトリーチ・マネジメント・チームで働く同僚が2人いて、彼らは相談に来る人をじっと待つのではなく、外へ出かけて行きます。屋外の路上でなら比較的自然に話すことができます。たとえば、何か手助けできることがないか、なぜ今そんなに薬物を頻繁に使用するのかなどを尋ねることもできます。

オラフ しかし、現場では断続的な支援にとどまります。彼らはしばしば短期的な支援を求めます。「キック」では、利用者が支援を自発的に受け入れる段階に達した時に、アウトリーチ・マネジャーらがアポを取って、翌日には利用者と各回復施設などに同行。私たちはこのようにして継続的に支援しています。

――アウトリーチ・マネジャーは一般の人々や地元の企業との対話もしていますか?

オラフ もちろんです。アウトリーチ・マネジャーの主な仕事は当事者へのアウトリーチや支援だけでなく、一般社会から苦情や事件があった場合に、我々のような支援者にアプローチしてもらうことです。

企業との関係も変わってきていて、薬物関連の問題は以前より身近になっています。人々の理解も深まりつつありますが、同時に私たちが提供できるサービスにも限界があることが明らかになってきました。我々がすべての薬物の使用者を私たちの施設に引っ張ってきて、事がうまく運ぶようにできるわけではありません。しかし、問題の大きさが明らかになってきたことは前進です。

薬物依存症となった人が粉末コカインを元に自らクラックを生成する際、毒性の高いアンモニアを使用することがある。アンモニアの使用は呼吸停止などに陥る危険があり、こうした即死につながるリスクから利用者を守るため、アンモニアの代わりとなる重曹や生成に使われるスプーンなどを同梱したパックが支援センターなどで提供されている。こうした取り組みは「ハーム・リダクション(害悪の軽減策)」として知られる。

ホームレス状態ならまず住居を。抑圧は依存症を地獄にしてしまう

ヤン 次に取り組むことは代用品があるかどうかという問題です(※3)。ヘロインの代用品プログラムは何十年も続いています。しかし、コカインやクラック・コカインの代用品はありません。従って、現在の唯一の解決策は、薬物の使用中止という困難な道のみです。

オラフ もう1つの問題は、クラック・コカイン依存症が(ドイツの)回復施設にとっても非常に新しい問題だということです。ドイツの他の都市、たとえばフランクフルト、ハンブルク、ハノーバーなど、過去にクラック・コカインの問題が単発的にあった都市でも、現在のような止まることを知らない薬物使用と貧困の勢いに立ち向かう方法はほとんど見いだされていません。

※3危険な薬物の使用から、一時的に合法的な代替薬物の使用に移行することで、最終的な依存症からの回復を目指すこと。ただし、代替薬物によっては新たな危険性があることもしばしば指摘されている。

――警察はしばしば抑圧と排除で対応しようとしますが、これは効果的ですか?

ヤン 端的に、ノーです。もしホームレス状態に置かれた人であれば、まず必要なのは住む場所です。彼らは支援施設が閉まっている間は屋外にいるしかありません。ですから今「キック」の営業時間を延長しようと検討中です。私たちの利用者で定住所のない人たちの割合は減っていませんから。

また、ドイツでは監視付き薬物使用スペースの2つに1つは駅の近く、都市の中心部にあります。薬物依存症者は物乞いをしたり、リサイクル用の瓶を集めてお金を稼いだりするために都心部にいることが多いからです。

オラフ 現在は周辺で薬物の取引や使用をしないよう、都市の主要なショッピングセンターの角を曲がったところには警備員がいますし、保健省や公安、警察がいつでも出動できるようになっています。しかし、それでは依存症を本当の地獄にしてしまいます。抑圧では問題を根本的に解決できません。結局のところ、最善の道は依存症の治療を受けるところから始めるしかないのです。同時にそこには必ず利用者自身の自発的な意志がなければ目的は果たせないのです。(Alexandra Gehrhardt, bodo/INSP/編集部)

Photos: Daniel Sadrowski

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