関税では解決しない米国のオピオイド危機ー年間10万人が死亡

米国では2021年以降、合成オピオイドのフェンタニルやオキシコドンの過剰摂取による死者数が年間10万人を超えている。ここ最近になって死者数に減少の兆しが見られるものの、映画『Painkiller』や『Dopesick』で描かれているとおり、オピオイド危機は米国社会のあらゆる層に深刻な影響をもたらしている。多くの死の原因は、呼吸が著しく停滞または停止する呼吸抑制にある。

メキシコは最大のフェンタニル供給源

フェンタニルは、ヘロインやモルヒネよりも50〜100倍の効果がある鎮痛剤だ。以前は、米国で流通するフェンタニルの製造および供給の主な担い手は中国だったが、近年はメキシコが最大の供給源となっている。2024年12月、メキシコ当局は「史上最大規模のフェンタニル錠剤の押収」を発表したーー2千万錠以上、約4億ドルに相当する。押収されたのは、フェンタニル製造のハブ拠点となっているシナロア州だ。「これが俺らのシノギなんだ」とあるフェンタニルの作り手がニューヨーク・タイムズ紙に語り、トランプが関税をかけたところでメキシコから米国へのフェンタニル供給は何も変わらないと批判する。「ここじゃ薬物取引が経済の中心なんだから」。

米国の製薬ビジネスがもたらした薬物汚染

しかし、そもそも合成オピオイドが米国に持ち込まれたのは組織犯罪によるものではなく、製薬業界の意図的な戦略によるものだった。1996年、処方オピオイド鎮痛薬オキシコンチン(オキシコドンのブランド名)の発売にあたり、サックラー一族が所有するパーデュー・ファーマ社は、この薬を処方する医師たちを奨励し、報酬を与えることで、処方量を増やす計画を考案した。ビジネス的には成功だったが、人類レベルでは悲惨な状態がもたらされた。

患者はすぐに薬への耐性ができるため、離脱症状を避け、薬の摂取による高揚感を得るため、投与量を増やさなければならなくなる。服用が増えると、誤って薬を飲み過ぎるリスクが高まり、その多くが命にかかわる事態となる。薬に依存するようになると、もっと多くの薬を手に入れたくなり、闇市場に、そして犯罪集団の手にかかるようになる。

鎮痛剤が必要なだけだった人が道を踏み外す

フェンタニルやその他のオピオイドへの依存は、あらゆることを蝕んでいく。薬を使用していないときでも、次に服用するための薬を十分に確保できているかどうかに全神経が向く。そうなると、薬を買う資金を獲得するために万引きをしたり、性風俗産業にかかわったり、違法行為に手を染めたりと、それまでは考えたこともなかった場に身を置くことになる。
合成鎮静剤の使用者は、社会階層、年齢、性別を問わない。依存症や致死性を身近に経験することで、多くのアメリカ人の薬物問題への考え方が大きく変わった。そして隣国カナダも同様に、大きな危機に見舞われている。

適切な介入をしないと公共サービスが破綻する

国が適切な介入策や治療を提供しきれていないことが、この悲劇を悪化させている。近年ようやく、ナロキソン(オピオイド過剰摂取による呼吸抑制や意識の低下を改善する麻薬拮抗薬)の利用など、根拠に基づく介入策が広く取られるようになっている。
広範囲に及ぶオピオイド使用の影響に見舞われているのは、病院や医療従事者だけでなく、警察や消防隊などの公共サービスも含まれる。毎日あまたの過剰摂取者が発生する一部地域では、現場に駆けつけて対処にあたる公共サービスの充実が必須であるため、それら地域の市長たちは、初期対応にあたる警察や消防隊の訓練に優先度を上げて取り組んでいる。

多くの人々が薬物使用に抱いている姿勢と認識も、大きな課題である。薬物使用や処方鎮痛薬を多用することへの偏見は根強く、当事者の選択のせいと考える人は少なくない。私たちが薬物問題に陥ってしまう人々への理解や配慮を示さないのなら、適切な介入をしない議員たちを責めることもできないのではないだろうか?
どうすれば薬物による危害を最小化できるのか、知識や証拠も出揃っていながら、適切なタイミングでの介入が不足しているのには、私たち自身の偏見もその原因の一つと言わざるをえない。

Courtesy of The Conversation / INSP.ngo

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