INAXライブミュージアム館長・辻孝二郎さんに聞く「土の魅力」(1/2)

(2008年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第104号より)

土壌、1センチできるのに100年。生の営み、喜怒哀楽うめる土宇宙

私たちの暮らしをずっと温かく見守ってきてくれた母なる大地。
なのに最近、土に触れる機会がめっきり減った。だからこそ、土の魅力を大公開!

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百変化の土、すっぴんの素朴さからバッチリメイクのレディの顔まで

最近いつ土を踏みしめただろうか? 最近いつ土の匂いをかいだだろうか? 

あれは、春。桜のピンクと、菜の花の黄色が出迎えてくれた河川敷の丘を、釣りするおじさんを眼下にして通った。梅雨時期には前に通った人の足形が残っていて、自分の大きさと比べてみたりしたっけ。鼻腔を土と雨の交じり合った匂いがくすぐる。思えば、土との思い出は、どれも忙しい毎日をふっと離れ、わき道にそれた「寄り道」時間の先にある。

空高くうろこ雲がたなびくある日、ちょっと遠出の寄り道に出かけた。場所は愛知県常滑市。1000年続く焼き物の町だ。「INAXライブミュージアム」館長の辻孝二郎さんが、土の魅力を思う存分語ってくださるという。

最初に出迎えてくれたのが、ベージュ色の土壁の「土・どろんこ館」。一歩中に入ると、一陣の風が吹き抜けた後の砂漠のような、美しい凹凸の壁。左官職人、久住有生さんの手仕事だという。均一に見えた模様も、近くによって見ると、藁や細かい砂の粒が豊かな表情を見せる。少し角が取れ、丸みが出ているものもある。

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「オープン2日目で子どもたちが壁を駆けあがっちゃってねぇ。どうしようかなあとスタッフとも相談したんですけど、こりゃ、のぼりたくなるよなあってなってね」と笑う、辻館長。「最近は物が壊れるということを体験しないじゃないですか。壊れない丈夫なものに囲まれていて。でも壊れるからこそ大事にする、愛着をもつのかなあと思うんですよねぇ」。そして、自身もその土の温かみを確かめるように、愛おしそうに丸くなった壁の角をなでる。

その横はもっと素朴な印象の日干しレンガがダイナミックな曲線を作る。子どもを含む市民220人が6日間かけて作った。「曲線を使うと空間に無駄が出るんですよ。まっすぐ直線にすると無駄がなくなって効率がいいんですけど、本当にそれがいいのかと疑問でねぇ。人間も有機体だし、そういう無駄っていうのを大切にしたいと思いましてね」

床は焼かないでつくった「ソイルセラミックス」という建材で仕上げられているという。触ってみると、ひんやりしてるのに、芯は何となく温かい。トイレを使わせてもらおうと扉を開けると、色とりどりのタイルで装飾された華やかな空間が広がった。すっぴんの素朴さと、バッチリメイクしたレディの顔と、百変化の土の魅力満載だ。

そんないろんな土に囲まれながら、子どもたちが光るどろだんごづくりに興じていた。鉛色だった粘土の玉が、磨きをかけられて光を放ってくる。でこぼこな表面をおさえてなめらかにすると光を反射する粘土の特性を生かしたものだ。「もう、いっちょ前の職人だね」と子どもの様子を見ていると、横ではお母さんも一心不乱に玉を磨いている。一人ひとりが真剣に土と向かい合っている。

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カラフルな服を着る関西女性、それは土のせい

2階に上がると、16畳ほどのスペースに引き出しがずらり。その一つひとつが土に関する企画展のようなものだという。のび太くんの机の引き出しもびっくりの、タイムトラベルが楽しめる。

ひとつめの引き出しを開けてみると、竹の枠組みに土を塗っていく、伝統的な左官の土壁の技が顔をのぞかせる。次の引き出しでは、泥染めで染め上げられたハンカチが光をやわらかく反射。岩絵の具の引き出しでは、鮮やかな青、緑、赤がまぶしい。群青色のもとになる鉱石は高価で、西洋ではエリザベス1世がその権力の象徴としてアイシャドウに使用したともいわれている。

「化粧は昔、泥でしていたでしょう。今の化粧品や胃腸薬にも入っていますしね」。胃薬の粘土は、弱くなった胃の壁を守ったり、余分な水分を吸収して下痢を止めたりしているという。おしろいや口紅も、薄くきれいにのびて肌を守ってくれる粘土の性質を利用している。「アフリカからの留学生が調子が悪くなると、地元の土をなめて治すという話も聞いたことがあります」。土と密接にかかわってきた私たちの衣食住が、一つひとつの引き出しに詰まっている。

後編に続く>*2/6アップ予定