2018年2月25日(日)に東京都で「東京マラソン2018」が開催される。主催の一般財団法人東京マラソン財団によると、およそ3万人が参加予定だという。キャッチコピーは「東京がひとつになる日-誰もが主役になれる 東京マラソン」。



 東京マラソンは車いすやジュニア&ユース、障害者も参加できる大会だ。沿道での応援も盛り上がるし、運営を手伝うボランティアや委員もやりがいのある一大イベントだろう。ランナーが自ら寄付を集めて非営利の活動に寄付するというチャリティランの取り組みもある。様々な人がそれぞれの形で「主役になれる」工夫が凝らされている。

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写真:photo-ac

こうした東京マラソンの取り組みは応援しつつも、「路上で生活をするホームレス状態の人は、こういったイベント時にどう過ごしているのか」と気にしてくださる方がいた。そこで今回、東京マラソンのコース周辺での状況をホームレスの人たちに聞いてみた。

「○日までに、”ここではないどこか”へ移動してください」を意味する告知

都庁周辺の路上で寝泊まりする大山さん(仮名)によると、大きなイベントがある時にはしばらく前から、荷物の撤去を求める紙が貼り出される。イベントまでの数日間、荷物が路上に置けなくなり、イベント当日は寝ることもできなくなる。
まだまだ寒い日が続くなか、寝具などが撤去されるのは命に関わる問題にもなる。

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荷物をいれている都庁周辺のコインロッカーはあらかた閉鎖されてしまうため、大山さんは、例年、イベントの際は路上の手荷物を都庁から少し離れたコインロッカーに避難させている。そして当日はネットカフェで急場をしのぐ。
不便さは感じるが、大山さんにとっては毎年のこととして諦めている。
「イベントに備えて、ロッカーやネットカフェを使えるように、切り詰めて過ごしています。」

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同じく、都庁周辺で生活する中田さん(仮名)も、イベントの度に荷物を片付け、「ここではない、別の場所」への移動を強いられている。

今回もイベント中は都庁周辺では寝られないため、馴染みのない場所で寝ることになる。都庁周辺には路上生活者が多いが、場所を変えれば1人きり。中田さんはまだ襲われた経験はないとはいえ、路上生活者への嫌がらせや襲撃は頻繁に起こっているため、たとえ顔見知りでなくとも、寝泊まりする人が複数いる場所の方が安心するという。

“一時的な移動”はともかく、行った先と、戻ってくるときのリスク

中田さんは現在、ビッグイシューの販売などで、ロッカー代を賄うことができる。大山さんのようにネットカフェに避難する人もいる。しかし、全く収入がない人の場合は、より厳しい状況に置かれる。

「寝るところは奪われて、慣れない場所で安心できずに寝ることになる。二重の苦労になると思う」(中田さん)

一時避難から帰ってきたとき、これまでと同じように寝られるかという不安もある。「移動するのはいいんだけど、戻ってきたときに、寝られる場所を奪われるのが一番困る」と中田さんは言う。実際、以前寝泊まりしていた場所で荷物とダンボールを撤去されたことで、新宿に移動してきたのだそうだ。

ここまで読んだ読者の方のなかには、「そもそも荷物を置いたり、路上で生活したりすることが不法占拠なんじゃないの?多くの国民が楽しみにしているイベントなんだから、荷物を移動させられるくらいのこと、我慢しろよ」と思う方もいるかもしれない。

しかし「荷物を置く」ということ自体は不法占拠ではない。(すみやかに撤去できる状態であれば、だが)また、彼らの多くは好きで路上に荷物を置いているわけではなく、様々な事情から「家に住みたくても、路上で生活するしかない人」たちなのだ。

現状の公的支援を利用しないのは「わがまま」なのか

「生活保護やシェルターだってあるはず。それを選ばないのは本人のわがままだ」という人もいるだろう。
まずお伝えしたいのは、「わがまま」以前に、そのような公的な支援があることを知らずに路上生活をしている人もいるということだ。(認定NPO法人ビッグイシュー基金では、そういった人たちに公的支援やその他の支援活動を知ってもらうための活動として「路上脱出ガイド」を制作・配布している。)

そして、それらの公的支援を知っていてもなお、路上生活をしている人たちもいる。そういった人たちは、「わがまま」で路上生活を続けているのだろうか。

大山さんと中田さんは、それぞれの事情があり現状、生活保護の受給申請を考えていない。
そして、東京にはホームレス状態の人が一時的に避難できる安全な場所が少ないと、口をそろえる。東京で路上生活から抜け出すには、現状、自立支援センターに入るか、生活保護の選択肢しかない。

自立支援センターとは、ホームレス状態の人を保護し、社会復帰に向けた支援を行う自治体の施設だ。宿泊場所が提供され、就労支援が受けられる。都と23区が共同で設置しており、東京には5か所ある。各区の公式HPなどで公開されている施設情報から合算すると、そのキャパは5か所合わせて361人。(※1)

たとえば仮に野宿をしている人全員が希望したとして、この5か所に、路上生活者は入りきれるのだろうか?

東京都の「路上生活者概数調査(2017年8月実施)」によると、昼間の路上生活者数は499人と、上述した自立支援センター利用可能人数を上回る。さらに、深夜にホームレス状態の人たちの実数を数える活動をする市民団体ARCHによると、深夜の路上ホームレス人口は1,307人と昼間の約2.6倍になる。(※2)

実際、認定NPO法人ビッグイシュー基金(以下‟ビッグイシュー基金“)のスタッフによれば、現状として、「相談に訪れる路上生活者の方が自立支援センターの利用を希望されても、空きがなく『順番待ち』になることも珍しくない」という。

※1)例:足立区の公式サイトでは、東京都の自立支援センターの一つである足立寮の定員が80名であると公表されている。

※2)ARCHの「東京ストリートカウント」の活動詳細はビッグイシュー日本版329号「ビッグイシューアイ」に掲載。

さらに、入れたとしても2人が自立支援センターへ行くのを躊躇するのには理由がある。

自立支援センターの利用条件に合わない人もいる

ビッグイシューで販売を始める前、中田さんは2か月間、東京の自立支援センターを利用していた。センターでは、その利用条件として、「施設における共同生活に支障がないこと」が明記され(※3)、部屋は8人の共同部屋。ベッドの間をカーテンで仕切っていたという。同居者との距離が近く、ほんの小さな音でトラブルになる。中田さんは一度隣人とトラブルになりそうになったことから、就寝中無意識にしてしまう歯ぎしりの音を、上唇にテープを貼るなどして止めていたという。それは中田さんにとって非常にストレスの大きい状況だった。

「そんなの、選べる立場になんかないだろう。共同部屋でも文句を言うな」という意見もあるかもしれないが、障害などの様々な事情から、「他人の立てる小さな音が、我慢がならないほどにとても大きく感じてしまう」「他人とのコミュニケーションをとるのが極端に苦手」など、「施設における共同生活に支障がある」という人は確かに存在する。

そういった障害や特性がなかったとしても、見知らぬ人との8人部屋に入れられ、「物音を立ててはいけない」などの制限がある場所で、安心して自立を目指せるだろうか。

※3 例:新宿区の新型自立支援センターのサイトの案内にも、施設利用の条件として「施設における共同生活に支障がないこと」と記載されている。

「都庁前で寝られるのは今年いっぱいかな。」

大山さんは、そう覚悟している。2020年の東京オリンピックに向けて、都庁周辺で排除が一層進むと予想しているためだ。「普通の生活音を立てても問題が起こらない部屋」のような、国の住宅支援があればありがたいと思いつつ、諦観もある。

「自力でどうにかするしかないから。」

世界で始まっている、効果的なホームレス状態の人への支援
「ハウジングファースト」の取り組み

本当に、路上生活者は「自力でどうにかするしかない」のだろうか?

他国ではホームレス状態の人の支援として、何はなくとも住居を提供する「ハウジングファースト」という取り組みが功を奏している。路上に放っておくよりも、住居を提供するほうが経費を安く抑えられるのだ。

東京マラソンなどのイベントに際し、「ホームレスの人はここからいなくなってほしい」という気持ちを持つ関係者もおられるかもしれない。
そんなときは「路上生活の人が、”ここではないどこか”に移動を強いられる社会」ではなく、「路上生活者の人が、安心して家に住むことができ、(その結果仕事を得られるなどして)その人らしく生きられる社会」を期待していただけないだろうか。
そのためには「ハウジングファースト」の考え方が参考になる。

参考記事)
小さな住まいがホームレスに希望と安心をもたらす:シアトルのトランジショナル・ハウジング・プロジェクト
「ハウジングファースト」 大きなコスト削減も可能にしたシンプルなホームレス問題解決の方法とは?
自立するためには、まず安定した住まいを:「ハウジングファースト」という考え方


「少数派が我慢する社会」ではなく、「誰もが主役になれる社会」をつくりたい

東京マラソンからの一時避難として、昨年、中田さんはビッグイシュー基金が提供する「ステップハウス」をシェルターとして使うことができた。「ステップハウス」は、ホームレス状態の方が初期費用や保証人を立てることなく一時的な居所として利用し、一般のアパートへの入居を目指す実験的取り組みだが、台風や気温が0度以下の日など、危険を伴うようなときにはその一室をシェルターとして希望する当事者(日ごろから基金がサポートをしている方)に開放している。

ステップハウスのシェルターでは日ごろから見知った相手との寝泊まりだったため、中田さんにとっても安心感があったという。

大山さんは、今年は例年と違い、布団を手に入れた。大きな布団はコインロッカーに入らない。ビッグイシュー基金のシェルターに数日間置くことができれば「利用したい」と話す。

そこで、ビッグイシュー基金は、今年東京マラソン前後の対応として、従来のシェルターの提供(※日ごろからサポートをしている当事者の方対象)に加えて、荷物の一時預かりを実施するという。

 同時に、ビッグイシュー基金スタッフは、東京マラソンに次のような期待を込める。

「東京マラソンの『東京がひとつになる日-誰もが主役になれる』というキャッチコピーは、ビッグイシュー基金が目指す『誰にでも居場所と出番のある社会』にも通じるように思います。この素晴らしいイベントが、参加者はもちろん、路上生活者の方にとってもワクワクする楽しみなイベントになってほしい。そのために、これからもビッグイシュー基金として協力できることを模索していきたいと思っています」

この記事が、「誰もが主役」になれるよりよい「東京の姿」について、読者の考えるきっかけになれば嬉しい。

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今回のような緊急時の対応だけでなく、ビッグイシュー基金は、「誰にでも居場所と出番のある社会」を目指して、生活相談・就労支援、スポーツ・文化活動などホームレス状態の方の自立を応援する事業を日々行っています。
http://www.bigissue.or.jp/index.html

こうしたビッグイシュー基金の活動は、寄付参加、ボランティア活動など、市民のみなさまのご参加・ご協力で成り立っております。活動に参加することを通じて、私たちと一緒に様々な人達の自立を応援してくださいませんか?

ビッグイシュー基金では、多くの方に気軽に参加していただくために、各種のご参加方法をご用意しております。

http://bigissue.or.jp/support_ind/index.html


記事制作協力:佐藤遼太郎


参考リンク
住宅セーフティネットの整備は急速に高齢化する日本社会全体にとっても今後、重要な役割を果たす。

「思いがけない退去通知。あなたも住宅を追われる!?」NHKクローズアップ現代

オススメ記事
ホームレスになるのって自己責任じゃないの?と思っているあなたへ、人がホームレスになる理由とが路上から脱出できない理由を解説(記事中ほどの「カフカの階段」で解説しています)


ビッグイシュー日本版の関連号
202号特集:人々をホームレスにしない方法







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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。