市場原理がもちこまれ、世界では1980年代から民営化が進んだ水道。しかし、料金の上昇や水質悪化などが頻発、再公営化への揺り戻しが起きている。そんな中、日本は「水道法」改正で今から水道民営化へ舵を切ろうとしている。関良基さん(拓殖大学准教授)にその問題点を聞いた。




 

※「水道の民営化」を含む水道法改正案が2018年7月5日、衆院本会議で可決したことを受け、ビッグイシュー日本版 312号(2017.6.1)より記事転載


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Photo:浅野カズヤ

事業者に都合のよい改正案。コンセッション契約、広域化、料金変更の届け出制

 電力小売りが自由化されて以降、電気の購入先を選べるようになり、サービスも多様になった。しかし、それが水道となると「話はまったく別です」と関良基さんは言う。

 「電気は、一つの送電網を複数の電力会社が共有して電気を流すことが可能です。しかし、水道管は一系統しかないため一社独占の形態しか成り立たず、競争原理は働きません」

 そして、経済学者・宇沢弘文さん(東大名誉教授)が提唱した「社会的共通資本」という概念をあげる。「そもそも、水は誰もが生きていくうえで欠かせない資源。生活必需性が高く、価格が上がったからといって消費を減らせるものではありません。市場原理に委ねてはいけないものです

 しかし今年、「水道法」の改正案が国会に提出され、日本は水道民営化へ舵を切ろうとしている。今回の改正案で特に注意するポイントは、「広域化」「料金変更は届け出制」「コンセッション契約」の3点だと関さんは指摘する。

 「周辺自治体と水道事業をまるごと合併する場合は厚労大臣の認可は不要とし、広域化を促しています。新たに『水道管理業務受託者』という概念が導入され、受託者は厚生労働省の認可なく、届け出だけで水道料金を変更できるとされています」。そして、水道施設の所有権は自治体のまま、運営権だけを民間に委託する「コンセッション契約」を促す。「災害で水道管が破裂した場合などは、修復費用は所有権をもつ自治体と分担。民間企業は税金で整備した設備を使って、修復の費用は自治体と分担し、より利益を追求できるのです。企業にとっては一番都合のよい、納税者・消費者にとっては一番迷惑を被る形態です」

 たとえば、インドネシアやフィリピンで森林が破壊された大きな要因はコンセッション契約だという。森は国有のままで伐採する権利だけを企業に与えた。「森がどれだけ荒れようが、企業は伐採で利益を得たあとはそこを立ち去ればいいだけなんです」

1980年代から導入、失敗を経て英国では、公営が共通認識
ボリビアでは水戦争後、再公営化へ


 水道民営化は、まずは南米で1980年代から導入されていく。その背景には米国の経済学者ミルトン・フリードマンが唱えた徹底した市場原理主義と、各地の市場を狙う多国籍企業の台頭がある。89年からは、フリードマンに共感した英国のサッチャー首相(当時)が国鉄や電気、ガスなどを次々と民営化。水道はイングランドとウエールズで民営化された。

 「イングランドでは14年までの25年間で水道料金が3倍になりました(インフレ率は2倍)。受託した英テムズ・ウォーター社は、民営化時の契約では事業収益の中から老朽化した水道管の設備投資を充てるとしていましたが、収益をタックス・ヘイブンに逃して蓄財。帳簿上は赤字を膨らませて、設備投資を逃れました」 

 老朽化した水道管が使われ続けた結果、漏水が増加。12年に行われた地元紙による世論調査では71%の人が「再公営化を希望する」と回答。ウエールズは01年から非営利法人に経営が移り、スコットランドと北アイルランドでは公営を維持。「民営化から25年が経ち、水道は公営が適しているというのが英国では共通認識になっています」

 国連の専門機関「世界銀行」も「構造調整融資」という名のもと、水道民営化を推し進めた。90年から02年にかけて実施した267件の水供給に関連する融資案件のうち、少なくとも30%で融資条件に水道民営化が義務付けられていた。

 ボリビアでは98年、世界銀行から融資を受ける条件として同国コチャバンバ市で水道を民営化したところ、翌々年には水道料金が35%も上昇。市民のハンストやデモなどが頻発し、軍も出動、犠牲者が出る事態となって事業者は撤退へ。「そのような〝水戦争〟を経て09年に制定されたボリビア新憲法には、水の公有が明記されています。安らかに生きるためには、水、労働、教育、医療、住宅が必要だ、と」

再公営化、00年以降180件。
民営、官僚営ではなく“市民参加の公営”へ

 各地で失敗事例が相次いだことで、水道再公営化への揺り戻しが始まる。00年以降、少なくとも35ヵ国で180もの水道が再公営化された。「米国アトランタやインディアナポリスでは漏水件数が増え、ずさんな管理で水質は悪化、再公営化されました。また、インディアナポリスは多国籍企業の仏ヴェオリア社との20年のコンセッション契約でしたが、市民が悲鳴を上げたことで契約満了を待たずに市が再公営化を選択。すると同社から違約金2900万ドル(約30億円)の支払いを求められました(※)」

※ 20年の契約を10年早く解消、市は違約金2900万ドルを税金から支払った。

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(出典:Public Services International  Japan Council, 『Here to Stay 世界的趨勢になった水道事業の再公営化』2015年1月)

 フランス・パリでは84年にヴェオリア社とスエズ社が水道事業を受託。不透明な財務が疑問視され続ける中、水道料金は85年から09年にかけて265%アップ(その間のインフレ率は70.5%)した。市長選では再公営化を掲げた候補が当選、両社との契約は更新されず2010年から再公営化された。

 再公営化後のパリ水道局の理事会は、市議会議員11人、労働者代表2人、消費者代表5人、専門家2人、NPO1人、消費者団体1名で構成。水道料金や施設の更新について、労働者と市民の意見が反映される運営となり、無駄な支出は減り、水道料金は8%下がった。「市民参加による運営が本来の公営です。いま、日本の水道事業は、正確には公営ではなく官僚営。パリは官僚営と民営、両方の苦い経験を経て市民参加の公営へと進化したといえます」

浜松では下水道を民間委託、大阪市では廃案に

 世界が再公営化の道を進む中、日本では、静岡県浜松市が17年度から下水道事業の一部を20年のコンセッション契約でヴェオリア社に委託。上水道事業についても検討中だ。「市民生活に直結する大きな問題。住民投票で問うべき案件です」と関さんは考える。

 同じく水道民営化を掲げていた大阪市では、17年3月に反対多数で廃案となる。大阪市の水の供給能力は243㎥あるが、実際の使用量は1年で最も水を使う時期でも132㎥だ。「人口減などで、今後もこの乖離は拡大していくでしょう。必要なのは、事業の縮小と、老朽化した水道管の更新。しかしこれは、株主利益優先の企業にとっても、天下り先確保が優先の官僚にとっても難しい。市民参加の公営事業体のみができることです」

 また、実際には水道水の使用量が減る中、東京都は「水需要が増える」という予測のもとで八ッ場ダムの建設を進める。「建設費は5300億円。ダムを作らなければ、水道管を最新のものに取り替えてもお釣りがきます」

 一旦民営化してしまうと、再公営化する際には訴訟のリスクも負う。税金で整えてきた水道設備の維持管理も不透明になる。「市民が声をあげることで、民営化を回避することは可能です。水は、みんなに平等に行きわたらないといけないもの。パリの事例から市民が経営に参画する〝本当の公営〟を学ぶことが大切です」

(松岡理絵)


せき・よしき
1969年、信州生まれ。拓殖大学准教授。専門は森林科学。京都大学農学部林学科卒業。同大学院農学研究科博士課程修了。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、(財)地球環境戦略研究機関客員研究員などを経て、現職。


参考文献

社会的共通資本としての水』/関良基、まさのあつこ、梶原健嗣 共著/花伝社



『ウォーター・ビジネス』モード・バーロウ(作品社)
『世界の〈水〉が支配される! グローバル水企業の恐るべき実態』国際調査ジャーナリスト協会(作品社)


ーービッグイシュー日本版 312号(2017.6.1)より記事転載ーーー


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