2020年10月16日、『リーマンショックとコロナ禍 生活困窮支援の方向性を探る』と題した座談会が大阪市天王寺区の総合社会福祉研究所にて開催された。本イベントの司会を務めたのは佛教大学社会福祉学部の加美嘉史教授。会場に小林大悟さん(NPO法人釜ヶ崎支援機構)、笠井亜美さん(認定NPO法人Homedoor)を迎え、一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事で認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表の稲葉剛がオンラインで登壇した。


「新型コロナウイルス感染症の拡大により、住民同士が互いに監視し合う風潮や自己責任論的な考えが浸透してきている。数年前の生活保護バッシングの記憶から、助けを求めづらい困窮者も多くいるのではないか」との加美さんによる話題提起を受け、各登壇者がコロナ禍における支援の現状や抱えている課題について共有した。

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左から小林さん、笠井さん、加美教授

大阪と東京、コロナ禍における困窮者支援の取り組み

小林さんは4月に立ち上げた「新型コロナ・住まいとくらし緊急サポートプロジェクトOSAKA」の事例を説明。支援団体や法律・医療の専門家、不動産会社、宿泊施設など18団体が強い危機感のもと、一週間のうちに協力体制を築いたという。

各分野の専門家を集めて実施したワンストップ相談会には5日間で88人が訪れ、インターネット経由では26件の相談が寄せられた。また、緊急宿泊支援や食糧支援の資金をクラウドファンディングで募ったところ、715万円の調達に成功。10月5日時点で80人が宿泊支援を利用し、弁当やレトルト食品4000食の配布、住宅移行後に必要な日用品の提供を行えた。これらの取り組みにより、関係の深い就労受け入れ先や相談者により近い地域の支援団体を紹介し合うといった団体間の連携が可能になったとのことだ。

また、釜ヶ崎支援機構では「若者を対象とした総合支援付き住居提供事業」を開始。これまで課題だった若年世代や精神的な問題を抱えている人の住居移行後のケアとして、個人のプライバシーが守られた居住環境や無理のない段階的な家賃を設けると同時に、大阪府と共同しての就労支援も行っている。小林さんは次に、支援団体の連携やハブ化を目的に生まれた「西成版サービスハブ・構築運営事業」にも触れた。就労のサポートに加え地域との交流やリノベーションへの参加を通じて、利用者が生活への意欲を取り戻せるような仕組みづくりをコロナ禍においても継続している。

笠井さんが相談業務を担当する認定NPO法人Homedoorでは、支援団体が少ない大阪市北区を拠点に、自転車修理を通じた就労支援事業「HUBchari」や無料の宿泊が2週間まで可能な「アンドセンター」事業を展開している。

  インターネットからの問い合わせを中心に、Homedoorに寄せられる相談の数はこの3年間で5倍近くに増加。相談者の平均年齢が低下し、女性からの相談も増す傾向にある中、コロナ禍における相談数は4月に過去最高の106件に達した。コロナ関連の相談割合は6月時点で6割にのぼり、多くは10代から40代の若年層によるものだ。契約を切られ仕事と住まいを同時に失ったというケースのほか、住まいや仕事を持ち、所持金に比較的余裕がある人からの相談も増えたという。

小林さん/笠井さん
大阪での支援の現状を報告する小林さん、笠井さん


稲葉はつくろい東京ファンドの取り組みを中心に語った。緊急事態宣言の発令後、最も影響を受けたのはネットカフェに寝泊まりしている若年世代のワーキングプア層だ。3月の休業要請を受けて飲食や宿泊業の従事者は収入が激減。4月から5月の間に約170件のSOSが届くという状況下で、相談者の元に駆けつける出動型の支援体制を築いた。

また、「東京アンブレラ基金」を通じて支援団体向けの宿泊支援補助の仕組みを整備するとともに、つくろい東京ファンドは独自の個室シェルターを増設。コロナ禍における感染リスクを下げるためにも個室の重要性が増している中、首都圏の福祉事務所では生活保護申請の際に相部屋の施設へ誘導されるという問題が起きていた。改善の求めを行政に提出したところ、原則として個室を提供するようにという事務連絡が厚労省と都から発出された。

さらに、家賃を滞納した経験のない中間層の相談が増えたことから、ペットと入居可能な個室シェルター「ボブハウス」を7月に開設。8月にはビッグイシュー基金がアメリカのコカ・コーラ財団からの援助を受け「おうちプロジェクト」という取り組みを開始。新たに住宅を借りる際の初期費用を最大30万円までサポートし、30世帯以上の入居を支援してきた。IP電話のアプリが入ったスマートフォンを2年間無償貸与するプロジェクト「つながる電話」も立ち上げ、様々な事情で電話を契約できない者が住まいや仕事をスムーズに探せるよう支援している。

こうした活動を続ける中で、公的なセーフティーネットの課題が見えてきた、と話す稲葉。東日本大震災の際には行政による空き室の現物給付が行われたが、今回のコロナ禍では同様の対応は実現していない。生活保護の審査における地域格差、若年層にとって申請のネックとなっている扶養照会、特別定額給付金の手続きにおける社会的排除など問題は多く、行政に住宅支援と貧困対策の強化を引き続き求めていきたいと述べた。

稲葉さん
東京からオンラインで登壇の稲葉

コロナ禍で活かされるリーマンショックの経験

各登壇者の報告が終わると、加美さんが東京での住居確保給付金の状況について尋ねた。住居の現状維持を対象とした制度のため、すでに住まいを失っている相談者には適用できず支援現場では使いづらい状況ではあるものの、多くの人の利用があり、リーマンショック時に比べ住まいを失う人の数は抑えられている。しかし、この制度の支給期間は9ヶ月であることから、冬には路上に人が溢れかねないと稲葉は危惧した。

これを受けて小林さんは西成区における生活保護の申請状況を説明。4月にピークを迎えるも7月には通常程度に落ち着いたという。バブルやリーマンショックの際は西成区での申請件数が大きく増加したが、コロナ禍では失業前に最寄りの自治体に相談に向かう者が多く、西成区以外での申請も増えている。生活保護を恥とみなすスティグマに変化が生まれているのかもしれないと話した。

笠井さんは特別定額給付金について、釜ヶ崎の活動団体の働きかけによりシェルターに住所を置く形での申請が認められたと報告。アンドセンターでも同様の対応が実現したところ、長年路上生活をしている方が初めて事務所に来所し、給付金の手続きをしたいと事務所を訪れたそうだ。

ここで会場の参加者から「住まいと仕事が密接に関わるケースにおいて、リーマンショック時との比較から見える違いは?」との質問が寄せられた。リーマンショックの際に雇用が奪われたのは会社が借り上げた寮に暮らす派遣労働者や製造業で働く男性労働者が中心だった。今回影響を受けているのは主に飲食業や宿泊業、性風俗業の従事者であり業種が異なるため単純な比較はできないものの、住まいと仕事が一体となっている環境で働く者が困窮しやすいのは変わらない。リーマンショック後に整備された住居確保給付金制度によって、ある程度の歯止めはできているのではないかと稲葉が回答した。

コロナ禍で可視化された困窮者の現状、求められる支援の形

続いて「最近特に増えた相談事例は?」と加美さんが尋ねると、住宅確保給付金や社会福祉協議会による特例貸付の申請後、給付までの期間に相談に来るケースが増えたと笠井さんは話した。小林さんはネットカフェの営業自粛を受け、一時は急増した釜ヶ崎での相談数が7月以降は減少している。ネットカフェより安価で個室や布団もある簡易宿所に残る人も一定数いると語った。

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個室シェルターの入居後の対応について、「利用者は生活保護を申請する者と仕事を継続して入居資金を貯める者に分かれ、3ヶ月の無料宿泊期間に新たな住居に移り住めるよう支援を行っている」と稲葉は回答。元々は中野区に限定して個室シェルター事業を行っていたが、コロナ禍で新たに借り上げたシェルターは広域に分散しており、時には駆けつけて対応する必要にも迫られることから現場での苦労は多いそうだ。

また、就労支援における見えにくい課題への対応について加美さんが聞いたところ、小林さんは「西成版サービスハブ・構築運営事業」の例を挙げて応えた。知的障害や精神障害があると予想される人と関係性を深め、治療や投薬、療育手帳の取得といった適切な支援や、行政と連携して居場所や社会的なつながりを見つけられるような深い形での支援が可能になってきていると説明した。

一方で笠井さんは、生活保護を申請した後のフォローが課題だと話す。しばらくして様子を見に訪ねると部屋が荒れているなど、生活面での問題を抱えているケースは少なくない。障害がありながらも働く意欲のある人は多く、受け入れ先次第では可能性が開けることが分かったが、そうした企業が多いとも限らず難しさを感じているとのことだ。

最後に、コロナ禍で従来の社会構造的な問題が可視化され、社会をどのようによくしていくべきかが支援の現場にも求められている現状を踏まえ、今後の困窮者支援における展望を加美さんが各登壇者に尋ねた。

最近は大阪だけでなく関東からの相談がHomedoorに寄せられるといった地域を超えた関係性が生まれている。駆けつけ型の支援を含めた緊急時の対応を平時の仕組みにも還元できるかが重要。共助の取り組みが広がって充実し、社会全体で支え合っていこうという空気はよい。そうした中で政府が民間に頼りがちになってしまう点は現場から物申していかなければならないと感じていると稲葉は述べた。

釜ヶ崎は平均寿命が70歳前後の地域。10年後、20年後には人口がぐっと減っていく。今回のコロナ禍で地域の連携がより高まり、未来に向けた視点が新たに芽生えてきた。釜ヶ崎の持つ様々な社会資源をさらにアップデートしていかなければという気運が高まっているので、各団体で手を取り合っていきたいと小林さんは話した。

支援団体は都市部には多いがそれ以外の地域ではいまだに少なく、地方に住む人がなかなか声をあげられないという現状や、電話を利用できない困窮者が多いことから、行政や支援団体も時代のニーズに添った仕組みを模索する必要性を感じているという笠井さん。緊急事態の中で相談者が増え、外部の支援団体とも連携が取りやすくなったので、平時に戻ってもこうした関係を続けていきたいと述べた。

東京では以前から続けてきた住まいの貧困支援が新たな展開を迎え、大阪では従来の取り組みからネットワークが広がり、生活困窮者支援に携わる方々の思いがまとまっていった。競争社会の中で就労できない者が自己肯定感を持ちにくい現状に対し、居住の場を確保して人権を守るための取り組みをどのように広げていくのかが今後の課題である。今回は地方の声が拾えないという部分もあったが、財源の差で支援に地域的な偏りが生まれる問題に対しては民間から声をあげていくのが必要だと加美さんは締めくくった。

(文:小田嶋 裕太)


ビッグイシュー基金
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