ホームレス状態の人がサッカーを楽しんでいる姿を見たら、あなたはどう思うだろうか?「生活が大変ならまず働けばいいのに、なぜサッカー…?」と感じる人もいるかもしれない。そんな疑問について、ホームレスの人とのスポーツやアートを実践している「山谷・アート・プロジェクト」、「野武士ジャパン」の活動をもとに考えるイベントが開催された。

この記事は、2020年11月21日に開催されたオンラインイベント「ホームレスになぜスポーツや文化活動は必要か?~山友会、野武士ジャパンの事例から~」のレポートです。
主催:NPO法人ダイバーシティサッカー協会

今回ゲストとして登壇したのは、東京・山谷地域を中心にホームレス状態にある人などを支援するNPO法人「山友会」のスタッフの後藤勝さん、元ビッグイシュー販売者であり、ホームレス当事者・経験者を中心としたフットサルチーム、「野武士ジャパン」のメンバーである花渕信さん、NPO法人「ビッグイシュー基金」の川上翔。司会はNPO法人ダイバーシティサッカー協会の油井和徳さんが務めた。

サッカーに、写真。それぞれの活動が始まったきっかけ

「山谷・アート・プロジェクト」は、後藤さんが元々行っていた、ある活動からヒントを得てスタートしたという。

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「僕は山友会のスタッフをしていて、あるとき(当事者の人たちと)アートプロジェクトをしようということになりました。東北大震災のあと、被災した子どもたちに写真を教えていたことがあって、1人ひとりが持っているものは写真を使って表現できると思い、提案した経験がきっかけ。(当事者の中には)カメラを渡そうとすると、カメラをなくしちゃいそうだからやりたくないという人もいて(笑)。できるといった人と一緒に始めました。自分からやりたいと言った人もいましたが、こちらから声をかけた人は、内に秘めたものがありそうな人。そういう人にこそ表現ができたらと思ったんです」

この活動から写真にハマり、毎年渋谷のハロウィンの撮影に行く人、植物の成長記録をつける人などもいるという。撮影された写真は、山友会の活動報告書やブログにも使用され、2018年には上野駅構内ギャラリーで、“SANYA ARTS TIME EXHIBITION - 「山谷の文化的時間」”と題された写真展を開催したこともあるという。


「山谷・アート・プロジェクト」
山谷や路上で暮らしている人々が、自身の身の回りのこと、そして暮らしている街を写真で記録するプロジェクト。かつて日雇い労働者の街と言われ、ホームレスの人が多く暮らす東京都江東区・山谷地域を中心に、無料診療、生活相談、炊き出しなどを行う「山友会」が運営している。
詳細 https://www.sanyukai.or.jp/


一方の「野武士ジャパン」結成のきっかけとなったのは、ホームレス状態の人が参加するサッカーの国際大会「ホームレス・ワールドカップ」の存在であると川上は説明。

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「もともとビッグイシュー基金ではさまざまな文化、スポーツ活動をしていたのですが、ホームレス当事者・経験者が出場できるホームレス・ワールドカップという大会があるらしいと聞いて、じゃあサッカーやってみようか、と。ほかにも卓球とかいろんなスポーツをやってたなかで、サッカーが残ったのは、多くの人が大体のルールを知っていることと、ルールの変えやすさがあると思います。6人しか集まらなかったら、3対3でやろうとか、体力があんまりない人が多いときにはウォーキングサッカーにしたり、少人数でも大人数でもどんな人でも簡単にできるのが魅力ですね」 

野武士ジャパンの活動に参加している花渕さんは、雑誌『ビッグイシュー日本版』の元販売者。野武士ジャパンの活動に参加したのは、元々は選手としてではなく、ボランティアとして声をかけられたからだという。

「野武士ジャパンのボランティアが一時期あまりいなくなってしまったことがあって、そのときに当時の職員の長谷川知広さんから『荷物運び手伝ってくれない?』と声をかけられたのがきっかけです。そのうち、一緒にやってみよう言われて。最初はサッカーなんてできないから、ストレッチしたりするところから始めて、今に至ります」

野武士ジャパンは、ホームレス・ワールドカップに過去3回出場。2015年からは、ホームレスの人にとどまらず、うつ病、LGBT、不登校やひきこもりの経験者、依存症の当事者など、様々な社会的背景、困難を持つ人が集い、交流するフットサル大会「ダイバーシティカップ 」の取り組みもスタートし、2017年にはダイバーシティサッカー協会が設立された。ダイバーシティカップの延べ参加者は1000人超える大規模な大会になっている。


「野武士ジャパン」
ホームレスの人の自立支援を行うNPO法人ビッグイシュー基金が応援する当事者・経験者を中心としたサッカーチーム。ホームレス状態の人だけが参加できるサッカーの国際大会「ホームレス・ワールド・カップ」にも過去3度出場するほか、東京や大阪で定例の練習会を行っている。
詳細 https://bigissue.or.jp/action/diversity/

モチベーションアップや役割分担に工夫

山谷・アート・プロジェクトの活動の課題と工夫について、後藤さんはこう話す。

「彼らの写真を通して見えてくるものに僕らは感動するんですけど、活動に飽きてきてしまう人がいるんですよね(笑)。そういうときはモチベーションをアップしてもらえるように工夫します。1年に何回か撮影会をしたり、撮影した写真をみんなで見る機会を作ったり。そうするとほかのメンバーが撮った写真を見て、これはすごいなあとか批評会が始まる。何かをほめられるとか、自分の撮った写真について語ってくれるということはすごくモチベーションになると思んです」

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川上は野武士ジャパンの課題を「日々生活環境の変化があって、メンバーが流動的なところ」と言う。

「選手が入れ替わっているなかでチームのカラーや活動の価値を良い意味で継続していくのが、大変なところです。工夫としては、“役割”を大切にしています。花渕さんが最初にボランティアとして参加したところに通ずるかもしれないのですが、見学や応援から入っても良いし、サッカーが苦手な人はディフェンスとして立っているだけでも、相手にはプレッシャーになる。そういう役割を持ってもらうことで、参加のハードルを下げることができるのではないかと思います」

公園にいるホームレスの方に声をかけ、一緒にプレイをしたあとに、“お風呂セット”を配ると、それならやってみようと、参加してくれる人もいるという。サッカーの楽しさとは別の入り口から入り、やってみたら楽しかったので、気付けばメンバーになっている人もいるそう。

花渕さんも、ボランティアとして参加した頃から、意識が変わってきているという。

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「最初はみんなのお世話、手伝いをしているという意識だったのですが、休憩のときに飲み物を出したりすると、みんなからありがとう、ありがとうと言われて。そこからサポートというより、付き合いが始まった。ボールを蹴るようになって、さらにいろんなチームとの交流が増えて。ぼくは東北の出身なんで、東北のチームに会えたりするとうれしいですね」

それを聞いた川上は、「ホームレス・ワールドカップに出るとか、アパートに入るきっかけになったとか、いろいろあるけれど、単純に友達が増えるってところが一番大きな変化なんだと個人的には思う。大人になるとなかなか友達が作りにくい。サッカーはそのきっかけに過ぎないのかもしれない」と話した。

ホームレスかどうかは関係なく、すべての人に必要なもの

このオンラインイベントのテーマでもある、ホームレスの人たちになぜスポーツや文化活動は必要か、ということについて、川上は「こんなことを言ったら元も子もないないんですけど、ホームレスじゃない人にスポーツとか文化活動が必要な理由と同じ理由で、ホームレスの人にも必要だと思っています」という。

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「たとえば大学生だからって一日中勉強しているわけじゃなくて、友達・家族との時間、趣味の時間があるから、さらに勉強をがんばれると思うんですよね。アパートに入ったり、仕事に就いたり、いわゆる自立に向かうとき、本人がやりたいことができるっていうことが必要なのではないかと思う。さらに食事、睡眠に加えて運動が、健康で文化的な最低限度の生活にすごく大切なものだという意味合いもあります」

ここで川上が示したのが、イギリスを中心にホームレス状態の方とオペラや文化活動をしているwith one voiceという団体の代表マット・ピーコックさんが提唱している、ジグソーパズルモデル。

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Arts and Homelessness International | (with-one-voice.com)

with one voiceの活動についての記事
アートはホームレス支援や多様性に向けてのプロセスの一部になりえる/「ホームレス支援とアート」イベントより(1) : BIG ISSUE ONLINE (bigissue-online.jp)

「マズローの欲求階層論のように、生きるために必要なものがあって、そのうえに自己表現があるとよく言われていますが、マットさんは人間が生きるときに、家とか食べ物、精神的、肉体的な健康と同じようにアートとか人間関係もパズルのひとつのピースであって、どれも必要なことだと説いています。ホームレスだからスポーツや文化活動がなくていいのではなく、人間関係や表現も重要なことではないかと」と川上。

後藤さんからも、「川上さんと同じ考えでびっくりした」という言葉が。

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「ホームレスの人になぜ必要か、という問題ではないと思う。つまり、だれにとっても必要なこと。自分の表現ができること、作品を通して人と関わることができるというのがアートの力だと思うんです。ただ今、僕が関わってる人たちは、そういう文化に接するチャンスがすごく少ない人たち。そういう人たちに自分を表現する方法を知ってほしいと思っています」

ここで油井さんから後藤さんに、スポーツは健康につながる一方で、アートは必要性の説明が難しいのでは?と質問が。

「写真を通したアートに関しては、記録をするという側面があるんですね。路上にいた方には、元々家族がいた方もいますが、路上生活をきっかけに全部写真を捨ててしまった方が多い。山谷に来て、新しい写真を撮るということが、また何か新しい人生の始まりのように感じることがあるんです。アートっていうと、大きすぎてしまうんですけど、僕と彼らにとって写真は、記録という側面があります」

川上も、活動に際して思い出をどう作るかが大事だと思っている、と言葉を重ねた。現在参加している人の中には、幼少期に学校に行けなかった、体育祭や文化祭に良い思い出がないといった人も少なくないからだ。

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「貧困状態って単純にお金がないだけじゃなく、そういうチャンスに恵まれていない人が多いと思う。大会や練習の場でだれかに出会うというのも、写真みたいな記録に残るわけではないけれど、思い出作りという側面があるんです」

取材に来た人に「一緒にボールを蹴りませんか」と呼びかけるワケ

今でも「ホームレスなのになんでサッカーをしてるんだ」と批判的な意見をもらうこともあるという川上。周りにどのように説明するかを聞かれると、「良かったらボールを一緒にけりませんか、と伝えるんですよ」と話した。

「さっき話したような(アパート入居などの自立といった)理由はお伝えするんですが、それよりも一緒にボールを蹴ったことで伝わる空気感があるのかなと。我々はいつも、その必要性を言語化しようとがんばるんだけど、やっぱりその場に行って、空気を共有することでその必要性を感じてもらえると思うんです」

一方の後藤さんも、「アートのすごさっていうのは、一枚の写真から驚きや感動を感じ取ってもらうしかないんだと思う」と話す。

「写真の力をすごく感じた印象的なエピソードがあって、とあるメディアの記者の方が一枚の写真を見て、すごい写真でびっくりしたって言ってくれたことがあったんです。それは、ある人の部屋の写真なんですけど、部屋の壁一面に隙間なく、自分が撮った写真が飾られてる写真なんですよね。」

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「ぼくらは撮影会のときに、彼らが撮った写真を額に入れて渡してて、それが殺風景な部屋の壁に飾ってある写真。その写真が、その記者の方を動かして、メディアに掲載されて、きっとその記事を読んだ人にも何かが伝わったと思うんです。見てもらうことでしか伝わらないものですよね。ですから我々の枠割は、彼らの写真をなるべく多くの人に見てもらうことにあると思っています」


この言葉を聞き、油井さんは「言語化するほど、本質から遠ざかってしまうのかもしれない。なぜ必要なのかという説明よりも、実際に取り組みに触れて、それぞれに魅力を感じ取ってもらうことが大切なんだと感じた」と話した。

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参加者からの「サッカーは体力が必要だと思うので、やめたいと思ったことはありませんか?」との質問に「やめたいと思ったことはないし、月に2回の練習では足りないと思ってるくらい」と笑顔を見せた花渕さん。最初はまったくできなかったサッカーができるようになったことが、とてもうれしいという。

「私はビッグイシューを販売することで、もう何百人、何千人というお客さん、読者の方に支えてもらったんですよ。やっぱりそれが一番大きい。人間一人じゃやっぱり生きられないなって。いろんな人たちと助け合うことが大事だってことが、ビッグイシューの販売で学んだこと。それとスポーツで得られる、人と人との触れあいは似たようなところがあるんです。サッカーって勝負ごとだってみんな言うんですけど、そういう勝負ごとより、各チームが試合終わって話す、そんなことがうれしくて続けてるんです。良いですよ、ふれあいがあってね」

イベント終了後に集まったアンケートからはこんな声が。「路上生活を送っておられる方のスポーツ文化活動というイメージは正直ありませんでしたが、生活形態はどうであれ、だれもひとりじゃ生きられない、つながりが必要だという当たり前のことを気づかせていただきました。」

スポーツであれ、文化活動であれ、そこから広がっていくのは人とのつながりだ。さまざまなハードルを超えなければならないとき、その人とのつながりこそが背中を押してくれる。ホームレスの人にそんなつながりを生む活動がもっと広がっていってほしい。

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ダイバーシティサッカー協会では、今後もさまざまなゲストとともに、あるテーマについて深堀りし、探り、潜るオンラインイベントを開催する予定。 次回イベントにもご注目いただきたい。

オンラインイベント
ホームレスになぜスポーツや文化活動が必要か?~山友会、野武士ジャパンの事例から~ - YouTube

NPO法人ダイバーシティサッカー協会
https://diversity-soccer.org/

(Text:上野郁美)

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2020/12/3〜2021/2/28まで受付。
販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2020/09/15944/








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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。