バイデン米新大統領の息子ハンター・バイデン(51)がABCニュースのインタビューを受けたときのこと。ハンターが過去に薬物依存に陥ったことについて、インタビュアーが「何回も更生施設に出たり入ったりされたんですってね」と問うと、ハンターは「もっとマシな表現があるでしょう(Say it nicer to me)」と返した。「多くの人と同じで、(依存症の)問題を治したかったんです」と言って、「デリカシーに欠けますよ」と指摘した。(※記事末尾に動画あり)


筆者は胸を突かれたようだった。インタビュアーの表現にではなく、依存症の当事者だったハンターが相手に異議を唱えたことにだ。研究者として薬物依存経験者への聞き取り調査をしていると、当事者や治療に関する物言いに心を痛めることがよくある。当事者を指す言葉はとかく厳しいものになりがちだ。依存症は再発する可能性が長期的につきまとうものなのだが、傷つけやすい言葉では当事者を追い詰めるニュアンスが強くなってしまう。レジャイナ大学ソーシャルワーク学部准教授のカラ・フレッチャーが、薬物依存者と話すときの言葉選びについて解説する。

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否定的なニュアンスの表現がもたらすもの

薬物依存症を表す言葉としては、英語なら“アディクト”“ジャンキー”“アビューサー”といった単語がよく使われている(追記:日本語だと“ヤク中”“シャブ中”“クスリ漬け”あたりか)。ハンターの件では、更生施設への出入りを何度も繰り返したのは本人の意志が弱いからと決めつけるような物言いがなされていた。

薬物常習者に対して使われるネガティブな言い回しが、社会が彼らをどう捉えているかを表している。「薬物乱用者(substance abuser)」と「薬物使用障害(having a substance use disorder)」、どちらの表現を使うかで受け手の判断に影響するのかを調べた実験結果がある。どちらかの言葉を用いた症例報告を臨床医に読んでもらい比較したところ、前者の症例を読んだ臨床医の方が “本人に非がある” とみなし、“懲罰的な措置が必要” と結論づける割合が高くなった*1。

*1 参照:Does it matter how we refer to individuals with substance-related conditions? A randomized study of two commonly used terms

筆者の研究では、薬物依存の通院治療を受けた患者とカウンセリングを行った臨床医それぞれ10人から聞き取り調査を行い、薬物使用に関する表現についてどう感じたか、特に再発や回復への影響を質問した。すると、表現によってやっぱり自分はダメなんだと自信を失くし心が折れてしまった、世間から批判・誤解されているという体験談がいくつも聞かれた。

Image by KLEITON Santos from Pixabay
Image by KLEITON Santos from Pixabay

再発は決して意思の弱さだけではない

ほかの病気であれば “再発” は治療の過程でよく通る道なのに、こと薬物依存の治療では“失敗”扱いされるほどネガティブな響きを持つ言葉となってしまっている。

調査協力者の一人は言った。「人生に耐えがたいことが起きたとき、お酒がないとやってられない、と思う人もいるでしょう。薬物に手を出してしまう人もいるかもしれない。入り口はみな同じで、依存症になるかどうかはその後、耐えづらさから抜け出せるかどうか次第なのです」

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薬物依存者への話し方が、当事者を病的扱いし、傷つける言葉になっていないだろうか (Shutterstock)

同じような意見は別の協力者からも聞かれた。「23歳から依存症と闘っています。再発がどういうものなのか理解していなかったら、単に治療に失敗したと自分だけを責めて終わり、今こうして質問に答えることもなかったでしょう」

“再発”を本人の怠慢とみなすことは、依存症の複雑さを無視し、当事者に失格の烙印を押しているようなものだ。

薬物依存症を脱した状態を指す“クリーン”という言葉に触れた者もいた。“清潔”という意味もある“クリーン”という表現を使うことで、依存症を脱していない人は“汚い”と連想させるのではないかと。そして、親からこの言葉を使われたときの体験を話してくれた。「特に母の再婚相手がこの言葉をよく使いました。『君は今もクリーンかい? まだ過ちを犯してないか?』と、僕がまた道を踏み外してないかと聞いてくるんです」

偏見を助長する表現を避けて

薬物摂取や依存症に関する表現を変えようとの呼びかけは、以前から研究者や地域活動に関わる人々を中心になされている。薬物に関連した問題解決を目指す非営利団体「AMERSA*2」でも、薬物依存に関連した表現への意識向上として、回復プロセスを促す言葉の選択や、固定観念や偏見を助長するスラングの回避などが提言されている*3。

*2 The Association for Multidisciplinary Education and Research in Substance use and Addiction https://amersa.org

*3 参照:Confronting Inadvertent Stigma and Pejorative Language in Addiction Scholarship: A Recognition and Response

薬物依存症に苦しんでいる人たちを前にしたときに、無意識に非難めいた気持ちを持ちがちだが、それを改めてもらいたい。当事者に対してどんな言葉を使うかは、薬物施策や薬物依存症治療、社会がこの問題をどう理解するかを決める一因となるからだ。

調査協力者の一人は最後にこう言った。「当然、望んでこうなったわけではありません。そんな人はいませんよ。世間の人にも分かってもらえたらとは思いますが、自分が体験していないことはなかなか理解できませんよね。中には分かってくれる人もいますが、ほとんどの人はね......」

依存症に陥った人を非難の目で見るのではなく、彼らの事情を理解したいとの気持ちを持って話すことが大切だ。その認識が広まるまで、依存症体験者はハンターのように、「もっとマシな表現を」と言い(思い)続けなければならない。

※ABCニュースのインタビュー(冒頭のやりとりは動画の3:40あたり)https://abcnews.go.com/GMA/News/video/hunter-biden-relationship-dad-addiction-battle-66280562


オンライン編集部追記

ハンター・バイデンは薬物依存の体験を綴った回想録『Beautiful Things』を執筆。2021年4月に発売される。
参照:Hunter Biden memoir about drug addiction to be published

著者
Kara Fletcher
Assistant Professor, Faculty of Social Work, University of Regina
※ 本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年1月5日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
The Conversation

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