“家なき人”たちは健康上の問題を抱えていることが多いため、新型コロナウイルスに感染すると重症化するリスクが高い。自分の行動をコントロールできなくなった「アルコール依存症」の人となると、感染リスクも高まる。
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習慣的な飲酒がアルコールに対する耐性をもたらし、徐々に酒量が増え、家庭や社会生活に影響を及ぼす。一旦依存症になると、体内のアルコール濃度が下がるにつれ、自律神経症状、情緒障害、手の震え、幻覚などの「離脱症状*1」が起きるようになる。この不快感から逃れるため、さらにお酒を飲み続けることになる。この是が非でもアルコールを手にしたい者たちにとって、コロナによる都市封鎖や外出自粛はなおいっそう厳しい状況を突きつけている。
*1 飲酒をやめて数時間後に発症する早期離脱症状と、2〜3日後に発症する後期離脱症状がある。
依存症者の「被害を取り除く」アプローチ
依存症対策として、海外では「ハームリダクション(被害の低減)*2」というアプローチが注目されている。その一環としてカナダで取り入れられているのが「アルコール管理支援プログラム (Managed Alcohol Programme:MAP) 」だ。
*2 依存症に伴いがちな、汚名(スティグマ)、傷害、病気、時には死に陥る「ハーム(被害)」を取り除くことからこう呼ばれる。
長年飲酒をやめられず、病院や刑事施設、又は安宿への出入りを繰り返している者たちに、いきなりアルコールを断たせるのは容易ではない。
そこで考え出されたのが、宿泊施設を提供し、一定の間隔でアルコールを「処方」するというやり方だ。それと並行して、健康面や社会面での支援も行う。このプログラムが考案されたのは90年代後半のカナダ。 トロント市で、アルコール依存症の3人のホームレス男性が路上で凍死した事態を受けてのことだった。 以来、カナダ国内の13都市に23のMAP拠点がつくられ、アルコール依存に陥った者たちへのサポートを行っている。
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この施設ではまず、利用希望者がアルコール依存症であることを確認する。 その次に、スタッフ・医師・当事者とで飲酒計画を作成する。このアセスメントには当事者が好むアルコールの種類、1日の飲酒量、飲酒頻度、どの程度の健康面・社会面でのケアが必要かなどを含む。 基本的に、医師による指示は施設にて対面で実施するが、コロナ禍においてはオンラインでの実施も可能としている。
ソーシャルディスタンスを実践するため、ボランティアがアルコールを届けるなどの対策も考えられる。ソーシャルワーカーなど既存の支援サービス従事者たちにスタッフとなってもらえることもアピールすべきだろう。MAPの主な目的はアルコール依存症に伴うさまざまな被害を減らすことで、当事者を変えることではない。そのため、思いやりを持ち、偏った判断をしないアプローチが重要となる。
予約なしで利用できる施設から、シェルターや長期宿泊施設など、さまざまな形で運用されている。アルコールの処方タイミングは1時間おき〜1日おきなど幅があり、処方量も人によって異なる。各種ルールは施設によるところもあるが、スタッフが利用者のアルコール摂取状況を厳しく管理するという点はどこも同じだ。プライマリ・ケア*3 が含まれ、医療従事者が利用者の状態をモニタリングすることも大きな特徴である。また地域活動を主催するところもあれば、栄養豊富な食事を提供するところもある。
*3 最初に施される治療。大病院での専門医療に対し、地域の医師による総合的な診断処置を指す。
MAPの有効性を調査しているビクトリア大学のバーニー・ポーリー博士らによると、当プログラムにより、利用者たちの生活の質ならびに精神的・身体的健康が向上する可能性が高まることが明らかとなっている*4。アルコールがらみの被害も減り、結果としてアルコール消費量が減るケースも見られた。また、救急車の出動件数、入院件数、警察による取り調べ件数が大幅に減少するなど、州政府の経費削減につながりうるメリットも認められた。
*4 Finding Safety: a pilot study of managed alcohol program participants’ perceptions of housing and quality of life (2016)
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コロナ禍にある他国でも今すぐ実施を検討すべし
同様のサービスが必要とされているスコットランドでもMAP の実施が可能か調査を行った。①政府やNHS(国民保険サービス)で働く人たち、②慈善事業関係者、③MAP を利用する可能性がある人たち、の3つのグループを対象に詳細なインタビューを実施。また、8つのホームレス支援団体で支援を受けている33人のアルコール依存症者についても調査を行った。
結果、スコットランドにもMAPの導入が必須であること、それは医療システムの一環として実施されるべきであることが明確となった。
MAPをコロナ禍における緊急対策としてだけでなく、より長期的な視点で実施する場合は、プログラム参加中に新しい生活技能を身につける、地域社会とのつながりを築くなど、プログラム卒業後の生活設計を考慮する必要もある。
By Tessa Parkes, Hannah Carver and Tania Browne
著者はすべて、英スターリング大学で薬物依存症を専門とする研究者
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
参照
MANAGED ALCOHOL PROGRAM
https://www.sghottawa.com/managed-alcohol-program-map/
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