2022年4月の警視庁発表によると、日本国内の年間のDV相談は8,011件(うち8割は女性から)だという*1。人口約1000万人のスウェーデンでは、その4倍以上の相談があるようだ。現地のストリートペーパー『ファクトム』誌が、スウェーデン国内のDV被害の実態や、女性支援施設の運営状況について取材した。(元記事は2021年11月掲載)
*1 参照:配偶者からの暴力事案の概況(警視庁)
通報されるのは犯罪全体の2〜3割
スウェーデンでは2020年、親しい間柄で起きる犯罪(男性が加害者、女性が被害者)の通報件数が3万4千件を超えた。多いのはハラスメント、脅し、暴行だ。しかし、通報・記録されている犯罪は全体のごく一部に過ぎない。「通報される犯罪は全体の2〜3割かそれ以下かもしれません」と女性警官で法科学・法歯学の専門家アンナ・ジンゲイドは言う。「実際には、もっと多くの犯罪が起きているはずです」Ponomariova_Maria/iStockphoto
通報される犯罪が少ないのには、いろんな理由がある。通報することを恐れる人もいれば、そもそも当局を信頼していない人、はたまた自分が犯罪にあたる行為を受けていると認識していない人もいる。とはいえ、殺人に至ってしまったケースにおいては、被害者の多くは、それまでに警察に通報していたようだ。
スウェーデン政府の「女性に対する暴力防止」の取り組み
2021年6月、スウェーデン政府は「女性に対する暴力防止」を目指した40の対策を発表した。レイプ犯や買春者への刑罰の厳格化、専門家グループへの教育、国家調査プログラムの立ち上げなどだ。女性への暴力は若い頃に始まりやすいため、スウェーデン国立教育庁などには基準明確化(性行為には相手の同意が必要なこと等)のタスクが課せられている。暴力的な男性が自身の子どもと接触する権利についても、法律を厳格化する動きが進んでいる。IR_Stone/iStockphoto
予備調査からは、当局が被害に遭っている女性への取り調べをなるべく早い段階で実施したいことが分かった。「早い段階で通報しても、(暴力にさらされていることを証明できず)取り合ってもらえないことも多いのです。そして、暴力がエスカレートすると、原告が取り調べに関わりたがらないことも。(取り調べに関わることが)ただただ危険すぎるのです」とジンゲイドは語る。
「そんな事態にならないよう、(暴力がエスカレートする前に)法科学など他の方法で犯罪を実証する事例が他国にはあります」と、ジンゲイドは強調する。「私たちはできるだけ迅速に犯罪を立証し、被害者を楽にしてあげる必要があります。他の重罪と同じように、あらゆる手段を使って、犯罪が続くリスクを減らさなければなりません」
パートナー間暴力では、「目に見える兆候」と「虐待の深刻さ」の相関は弱く、傷跡がなくても命にかかわる暴力にさらされている人もいる。「命取りになるかどうかは、首を絞められる時間が数秒長いかどうかなど、ほんのわずかな差なのです」とジンゲイドは話す。
スウェーデンでは2020年、交際関係にあった男性から殺害された女性は年間で13人、1カ月に1人以上のペースで女性が殺害された。その前年度はさらにひどく、年間16人だった。そして2021年の春は、たった数週間で5人の女性が親しい間柄にあった男性に殺害されている。
子どもを暴力の影響から守るべき理由
人が暴力を振るいやすくなる背景には、子どもの頃に暴力にさらされた、または、暴力を振るわれている親の姿を目にしていたなど、いくつかの危険因子がある。そこでスウェーデンでは、2021年7月1日、暴力を目撃・経験させられている子どもを支援する新しい法律が施行された。「厳しい環境で育てられた子どもたちは、長年ないがしろにされてきました」とジンゲイドは語る。「その多くが直接暴力を振るわれる、親を守ろうとして暴力を振るわれるといったかたちで被害者になっています。こうした子どもはトラウマを抱え、病気や薬物依存に陥りやすく、大人になってから暴力へのハードルが低くなりがちです。このグループに属する子どもたちを守ることが非常に重要です。新しい法律が少しでも状況改善につながればと思います」
Yurii Karvatskyi/iStockphoto
命を脅かされる状況に置かれた女性たちはまだまだ大勢いる。だが、国としての取り組みは控えめながらも前進している、とジンゲイドは評価する。「親しい間柄での暴力は、すべての人に関わってくる、大きく深刻な社会問題です。さらなる調査が実施され、私たちの知見もものすごいスピードで増えています。法律が制定され、犯罪減少を目指した数多くのプロジェクトが全国各地で立ち上がっています。まだ大きな変化にはつながっていませんが、多くの取り組みが進められているのは事実です」
ヨーテボリ市内の女性用シェルターにて
ヨーテボリ市にある市営の女性ホームレスシェルター「アルマ」にやって来た。2006年から運営されているこの施設の入居者の多く(全員ではない)は、薬物依存や精神疾患を抱えている。施設内は薬物禁止というわけではない。多目的ルームの壁には、スウェーデンを代表する女性作家の肖像画が掛かっている。詩人で小説家のカリン・ボイェ、『ニルスのふしぎな旅』の著者セルマ・ラーゲルレーヴ、児童文学作家アストリッド・リンドグレーン。文学者サラ・ダニウスの肖像画の下には「#MeToo運動の責任を取り、スウェーデン・アカデミーを(初の女性事務局長の座を)辞任せざるを得なかった」と書かれている*2。机の上には、虐待に関する資料が並べられている。虐待の兆候、虐待しやすい人、どんなものが言葉や心理的虐待にあたるのか、暴力が常態化したときに取るべき対応について等々。
*2 スウェーデン・アカデミーの資金提供を受けて活動し、芸術界で影響力を持つ著名な男性が複数の女性に性的暴行を加えていたとされる問題で引責辞任。その後2019年、ダニウスは57歳にして乳がんで死去。
現在、16部屋が埋まっている。管理人のマリン・エリアソンが、空室の17号室のドアを開けながら、「最近は稼働率が低く、昨夜ここで寝た女性は9人だけ」と教えてくれた。その理由として「夏場は外で寝て平気な人も多いです。それに、ヨーテボリ市のホームレス率が減少しているからかもしれません。コロナ禍では多くの路上生活者が、旅行者が来ないために空いている安宿に滞在できていますから」と言う。
部屋の左隅には、シングルベッドに清潔なシーツとタオルが用意されている。アームチェアと小さなテーブル、それにトイレとシャワーも完備されている。以前、市の中心部で運営していた頃は4人でトイレを共用していたが、ここに移ってからは各個室にトイレを設けた*3。
*3 2020年に市の中心部から西側のヘクスボー地区に移転した。しかし、隣には精神疾患者や薬物依存症者が多く入居する男性用シェルターがあり、この立地について問題視する向きもあり、市当局と状況改善について話し合いが行われている。
入居者の中には男性に対してトラウマを抱えている人も少なくないため、アルマで働くスタッフは女性だけだ。「レイプされたばかりの女性が駆け込んでくることもめずらしくありません」と言う。また、妊婦も受け入れていない。「ここの入居者の多くは、自分の子どもを施設に預けています。子どもと一緒にいれないことに後ろめたさを感じていますから、一緒に過ごすのがむずかしいのです」
朝の11時近くになっても、ほとんどの入居者が眠っている。「昨日はけっこう大変な日だったんです」この施設で治療アシスタントとして働くヨハンナ・クリステンソンが言う。昼夜逆転することもよくあるそうだ。「朝シフトのスタッフの仕事は“介入サポート”です。依存症や精神疾患に苦しんでいる入居者が多いので、部屋のドアをノックして、様子をうかがいながら朝食を提供します」
16号室から出てきた女性が、こちらに気のない挨拶をしてから、「外に出たい」とクリステンソンに声をかけてきた。建物の出入りをするには、その都度、鍵をもらう必要があるのだ。建物の外には、鉄柵に囲まれたテラスがあり、花、ベンチ、木のテーブル、小さなテーブルと2脚の椅子がある。一日中監視員がいて、監視カメラも設置されるなど、厳しい安全対策が施されている。
入居者にとって、治療アシスタントのヨハンナ・クリステンソン(左)は大きな存在だ。Photos by Maja Kristin Nylander
DVで殺人未遂の被害に遭い、男性恐怖症になったリタ
先ほどの女性が戻ってきた。名前はリタ、年齢は28歳、2018年からこの施設に出入りしているという。『ファクトム』誌のこともよく知っていた。10年前、「若者ホームレス」についての記事で、“最年少ホームレス”として取材を受けたのだ。2018年から入居している女性用シェルターの壁にもたれるリタ。パティオには安全の鉄柵が設けられている。Photos by Maja Kristin Nylander
あの取材の1年後、リタは12歳年上の男性と出会った。彼と一緒に暮らすようになり、家族や友人とは疎遠に。「何もかもを命令してくる人でした。こうあらねばならないという考えの持ち主で、いろいろ儀式的なことを押しつけられて」とリタは語る。「何かと私の人生をコントロールしてきました」
「2017年5月10日、私は彼のもとを去りました」と続ける。「というか、彼が私のもとを去ったという方が正しいかもしれません。私を殺そうとして、お金を奪って、逃げたんです」何とか生きながらえたリタだが、社会的支援はほぼ受けなかった。リタ自身、自分ひとりで何とかできると考えたのだ。「客観的に見れば、もっと支援を受けるべき状況だったのでしょうね」と振り返る。「社会の最下層にいる人間ですが、今の私にとって重要なのはお金ではありません。もう少し状況がよくなるまでは、祖母のお世話になっています。きっと、それがベストなのでしょう…」
以来、男性と関係を持つことが難しくなっている。誰かと言い争いになると、体が震え、萎縮してしまうのだそう。しかし最近では、ずいぶん調子も良くなってきた。頭もさえて、今はうつ病の治療薬だけを飲んでいる。「どれだけ私が落ち着けたか、以前の私を知ってるヨハンナに聞いてみてください。自分で振り返っても、本当にひどかったと思います。これからは、また一人でやっていけるようにならないと。フルタイムの仕事を見つけて、規則的な生活を送り、夜にはちゃんと疲れを感じる生活をしていきたいです」
あごをナイフで刺されたアンナ
数ヶ月前からアルマで暮らしているアンナ(38歳)は、私の向かい側に座ると、単刀直入に「ナイフよ」と言って、あごを持ち上げて傷痕を見せた。2年間交際していた男性に殺されそうになったのは4年前のことだ。自宅で盛り上がっていたとき、「ナイフが、いわゆる急所にあたったんです。あと少し深く刺さってたら、とんでもないことになってました」それまでにも、ひどいことを言われたり、ささいなけんかはあったが、そこまでではなかったという。病院に運ばれたことで、彼女は救われた。危機・トラウマのセラピーを受けることになった。「おかげで気分も落ち着いています。あごの下だから、傷もそんなに目立ちませんし」と言う。「ナイフの件以来、彼とは会っていません」
「あの男と過ごした時間は人生で一番のムダだった」とも。「アパートを立ち退きになった頃に出会ったんです。子ども連れで彼の家に転がり込んだので、依存状態でした。何度か逃げ出したいと思ったのですが、他に行くところもなくて...」
アンナの子どもたちは今、アンナの父親と暮らしており、連絡は取り合っている。近いうちにこの施設を出て、医療分野の仕事に就きたいと考えている。「何もしていないと気が変になりそう。生きるエネルギーを得るには、自分が何かにエネルギーを与える存在でないと。(薬が)何ミリグラム多いか少ないか、錠剤を売ってくれる人はいるか、どこに行けば金儲けができるか…そんな話はおもしろくありません」と言うと、大きなため息をついた。「フラフラしてないで何かに取り組み、外の世界とかかわっていかないと」と強い調子で言った。
By Sandra Pandevski
Translated from Swedish through Translators Without Borders by Linnea Kylen Roennqvist
Courtesy of Faktum / International Network of Street Papers
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