それは小さなテレビで観た1970年のW杯メキシコ大会かもしれないし、96年に英国で開催された欧州選手権の伝説的ストライカー、アラン・シアラーが決めたゴールかもしれない。はたまたサッカー選手のステッカーを集めていた子どもの頃や、今では「レトロ」と呼ばれるユニフォーム・シャツを着て練習していた少年時代を思い出す人もいるだろう。

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この記事は 2021-09-15 発売の『ビッグイシュー日本版』415号(SOLDOUT)からの転載です。

 こうした強い記憶や感情は、たとえ他のことを忘れてしまっても長く記憶に残っているものだ。英国で10年前に設立された「スポーツの記憶」基金(The Sporting Memories Foundation)が、スポーツの力で認知症の人々を支援してきたゆえんもここにある。

 同基金の共同創設者クリス・ウィルキンスは言う。「思い出話は、認知症の人々との会話を始めるきっかけになります。特に多くの男性は、自分の人生についてなかなか口を開きません。一方、スポーツは共通貨幣のようなもので、80%くらいの男性は初めて会った人とでもスポーツについてなら話す準備ができています」

 “スポーツの話をしましょう”というシンプルな方法で、同基金は孤立しがちな高齢者を外に誘い出してきた。19年には、国内130のグループが毎週活動し、のべ5万7600人が参加。脳卒中で倒れた人も、身体的に弱り始めている人も、認知症を患う人も、50歳以上なら誰でもウェルカムな場だ。参加費は無料。ボランティアスタッフのもと、お茶を飲みながらおしゃべりしたり、スポーツに関するクイズやゲームなどを楽しむ。

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コロナ以後は、エクササイズのビデオやボールを詰めた“自宅キット”の配布や、オンラインで活動を行う

 「50年前のサッカーの試合の思い出話から始まった会話が、多くの人が切り出しにくい健康問題についての議論へと発展することもあります」とウィルキンスは話す。

 「毎週定期的に何度も会話を促して、うまくいかなくても大丈夫という雰囲気を創り出すことが大事。認知症の人も、かつてチームに所属していた時のこと、初めて観戦に行った試合のことなど、今も思い出せる長期記憶を活用すれば、日々のコミュニケーションに役立てることができます。自分が知っていることや、好きなものについて難なく会話することができれば、それが感情面の自信につながるのです」

 スタッフらは活動を続けるうち、かつてスポーツに打ち込んでいた高齢者たちが今も当時の競争心を忘れずにいることにも気づき始めた。「ですから今は会話だけでなく、参加者に身体を動かしてもらう活動も行っています。中には、年を取って今、周囲についていけない恥ずかしさや、どうプレーすればいいのか思い出せないことへの不安から、活動への参加を尻込みする人もいます。でも、定期的に会っている仲間がいれば、行きたくなるものなんです」。コロナ前は、カーリングやボッチャ(※)、ゴルフをするグループも出てきて、参加者は再びプレーヤーになった。

※ ボールを投げたり転がして、目標球に近づけるスポーツ。パラリンピックの種目。

 「うまくコミュニケーションができないように見える高齢者は、記憶力の低下だけがその原因ではないと思います。多くの人が孤立感とうつを抱えている今、その結果として会話能力が低くなってしまっている人や、人と話す機会がないからという可能性もある。そうした中でこの取り組みは、おしゃべりしたり何かを思い出す習慣を身につける場なのです。自信をもって誰かと会話できるようになるだけでなく、心身ともに満たされ、認知症ともうまくつき合いながら生きていくことを目指しています」

(Adrian Lobb, The Big Issue UK/編集部)






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