世界中で貧困や格差、戦争、自然災害が広がる中、中南米やアフリカの国々から米国に亡命を希望する人々が増え続けている。〝人道危機〟とも評される過酷な受け入れ現場では、冬の厳しさが人々を襲いつつある。
※この記事は2023-12-15 発売の『ビッグイシュー日本版』269号(SOLD OUT)からの転載です
数ヵ月で350人の亡命希望者
市は「非常事態」を宣言
米ワシントン州タックウィラ市にあるリバートンパーク合同メソジスト教会(以下、リバートンパーク教会)では、人道危機が差し迫っている。ほんの数ヵ月で350人を超える亡命希望者が到着したのだ。今では新しい家族が毎日到着するほどになったと、同教会の牧師ジャン・ボラージャックは話す。同市は人口2万1000人ほどで、シアトルの南に隣接する。教会は臨時の難民収容施設さながらだ。芝地の前庭と建物の横、舗装された駐車場に50から60のテントが所狭しと立ち並ぶ。教会の奥ではボランティアが調理場を拡張し、滞在者に食事を週3回提供している。
Photos: Henry Behrens
滞在する亡命希望者の約半分はベネズエラ人で、残りはアンゴラやコンゴ民主共和国、カメルーンなど中央アフリカの出身者だ。その多くが、戦争や性的暴行といった耐えがたい状況から逃れてきた人たちである。タックウィラ市にたどり着いてようやく、祖国を出てから初めて心から安心できたという声が多々聞かれると、ボラージャックは言う。
しかし、環境はお粗末だ。入口付近の大型ごみ箱はあふれ返り、トイレは人数に対して少なすぎる。おまけに近頃は、夜間に気温が氷点下まで下がる。
教会の看板を覆い隠すように立ち並ぶ、亡命希望者のテント/ Photos: Henry Behrens
「熱帯の国から来た人間にとっては、夏でも寒いくらいです」。そう話すのは、コンゴ人の米国社会への統合を支援する団体「CIN」のアンジェラ・ンジャンジ・ディアンサシラだ。「それが、冬になっても屋外で寝るなんて、考えられませんよね?」
タックウィラ市は今年10月6日に非常事態を宣言し、同教会が人道危機に瀕していることを認めた。複数の移民支援団体が協力し、亡命希望者向けの住宅や宿泊先の確保に奔走しているが、需要が供給を大幅に上回っているのが現状だ。
リバートンパーク教会は、昔から困っている人を温かく受け入れてきた。ホームレス状態にある市民向けの公認野営地があり、2022年には教会敷地内に低所得者用の小型住宅を建設した。
同じ年の暮れ、移民数人がボラージャックのもとを訪れた。教会がシェルターを提供していると聞いてきたという。それから数ヵ月のうちに、リバートンパーク教会は安全だという噂が広まり、当初はぽつりぽつりだったが、やがて人が押し寄せるようになった。
越境者、一日1万人超える日も
世界で増え続ける、亡命を望む人
ワシントン州に限らず、米国では2023年に入ってから移民・亡命希望者が全体的に増加している。税関・国境取締局によれば、2023年にメキシコから米国に入国した移民は280万人以上で、前年総数をすでに上回った。某移民支援団体関係者がUSAトゥデイ紙に語った話では、越境者数が推定で1万人を超える日もあるようだ。宿泊施設や政府援助の不足を補おうと、民間団体や地域団体は必死だ。ワシントン移民連帯ネットワークのバネッサ・レイエスに言わせれば、移民増加は頻発する戦争や自然災害が招いた当然の成り行きである。「亡命を望む人は世界中で増え続けるでしょう」
国際法では庇護を求める権利が認められているが、移民が実際に正式な滞在許可を得るのはきわめて困難だ。国境を越えて米国に入国しても、多くは拘留され、亡命申請を提出しなければならない。
ご存じのとおり、その手続きは複雑だ。最初に提出する申請書だけでも12ページにおよび、英語で記入しなくてはならない。法的かつ言語的支援がないため、リバートンパーク教会に留まる亡命希望者の多くは未提出だ。提出したところで、正式な回答が届くまで何ヵ月もかかるうえに、少しでもミスがあれば申請は却下され、国外退去となるおそれもある。
移民支援団体によると、回答が来ると1回目の審理を受けることになるが、実施は1、2年も先で、働くこともできず待つしかない。申請が認められれば、難民は一定の社会保障を受けられるようになる。とはいえ、2022年会計年度に亡命申請が認められた割合はわずか46%だ。バイデン政権は8月、移民向け緊急住宅のための臨時予算を連邦議会に要請したが、成立は立ち往生している。
市の資金拠出、要求額の10分の1
テントやシェルターで越冬は無理
手詰まりのなかで唯一の例外は、すでに入国しているベネズエラ人難民を対象にした一時保護資格(TPS)が延長されたことだ。これにより、ベネズエラ人の亡命希望者は就労可能となり、国外退去を求められることはなくなる。とはいえ、住居などの基本的ニーズが自動的に満たされるわけではない。同市のいくつかの支援団体は10月、シアトル市議会の予算公聴会に出席して資金拠出を求めた。その結果、20万ドル(約2900万円)の予算が計上されたとはいえ、要求した200万ドルの10分の1にすぎない。ボラージャックは嘆く。「すぐに思い知らされましたよ。亡命希望者を支援するお金はないんだと」
CINのフロリバート・ムバラマは、2006年に自ら難民としてマラウイにたどり着いた際の体験とタックウィラ市の現状を比較している。マラウイは米国よりもずっと貧しい国だが、難民対応や環境はタックウィラ市よりもよかったそうだ。
「寝床も食事も用意してもらえました。毛布が配られ、寝たのは屋外のテントではなく、きちんとした避難所でした」
滞在者の支援物資を保管するため、倉庫となった礼拝室/ Photos: Henry Behrens
ムバラマは、コンゴ人と中央アフリカからの移民・難民が米国生活に適応できるよう支援するべく、16年にCINを共同設立した。CINは同教会で移民支援に積極的に取り組んでいる。
地元メディアがリバートンパーク教会の現状を報じたことで、政府はこの問題がいかに切迫しているかを真剣に受け止め始めていると、支援団体は話す。
「教会の敷地で使われているテントやシェルターは、ある程度は安全で暖もとれます」とボラージャックは話す。「しかし、ひと冬を通して滞在できるほどではありません。それはあまりにも過酷です」
(Nora Ahmed and Guy Oron, Real Change/INSP/編集部)
『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
過去記事を検索して読む
ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。