スタンフォード大の講義にも採用、日本発のフレームワーク「仕掛学」は社会の問題解決にも、組織マネジメントにも、マーケティングなどにも幅広く応用できる!?

私たちの直面する問題は、個人の行動が作り出したものであることが多い。

組織や事業の問題、環境問題、交通安全といったものも、個人の行動の集積結果であることに着目すると、個々人の行動を変えることが問題の解決につながるということがわかる。
社会の問題解決にも、組織マネジメントにも、マーケティングなどにも幅広く応用できる日本発のフレームワークが、スタンフォード大学の講義で用いられたと聞き、大阪大学を訪ねた。

あなたはとある巨大な施設の管理・メンテナンスを担当している。

ある時、巨大な施設に設置された、何百ものトイレの清掃にかかる費用のコストダウンを命じられた。

こんなとき、あなたならどうするであろうか。
「清掃のアウトソーシング先を変更する」「洗剤の仕入れコストを下げる」など、清掃する側のコストを下げる手を検討するかもしれない。
だが、清掃方法の改善の前に、利用者にトイレ使用時のマナーを改善してもらえるならば、本来はそれがベストではないだろうか。

しかし、どうすれば一人ひとりの行動を改善してもらえるのか。
マナー向上を訴える張り紙をするだけでは、劇的な効果は望めないだろう。アナウンスをしたところで、耳に入ってすら来ないだろう。人は「わかっていても、なかなか行動を変えられない」からだ。

それなのに、オランダのとある空港で、利用者のトイレの利用の仕方が変わり、実際に莫大な清掃コストが浮いた事例がある。利用者のマナー改善の「仕掛け」はこうだ。

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(『仕掛学 -人を動かすアイデアの作り方―』より)

便器の中に、最も飛散の少ない角度に張り付けられた「的」シール。
これにより利用時の汚れの飛散が劇的に減り、清掃コストが大幅に削減できたという。

人は、依頼・指示・命令では動かないことが多い。
自分で「こうすればいい」とわかっていてもなかなか腰が重いこともよくある。
そんなとき、無理やり動かそうとするのではなく、進んで動きたくなるような「仕掛け」を用意することで「行動の選択肢」を増やす。そのフレームワークを研究するのが「仕掛学」だ。「仕掛学」はスタンフォード大学でも【Shikakelogy】として講義に利用されたという。

日本で唯一「仕掛け」の事例収集や分類、実践・検証を行う大阪大学大学院経済学研究科・准教授の松村真宏先生にお話を伺った。

仕掛学における「仕掛け」の定義

松村先生の著作「仕掛学」によると、「仕掛け」の定義は以下の3つ。

・公平性(Fairness):誰も不利益を被らない
・誘因性(Attractiveness):行動が誘われる
・目的の二重性:(Duality of purpose):仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なる

たとえば、仕掛ける側だけに利益があり、仕掛けられた側が損をしたり不快な気持ちになったりするものや、行動を強制するものは仕掛けとしない。持続可能なコミュニケーションの設計には必要不可欠な定義だろう。
このような定義に当てはまる「仕掛け」の事例収集を行い、大分類・中分類・小分類にカテゴライズしたのが以下だ。

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(『仕掛学 -人を動かすアイデアの作り方―』より)

これらのフレームワークを用い、組み合わせを変えたり追加したりすることで、新しい「仕掛け」の考案が容易になるという。

うまい『仕掛け』は、コストをほとんどかけずに実践することができる。
『仕掛け』を使って人々の意識や行動を自主的かつ自然に変化させることができれば、集団や組織、社会にも嫌味なくインパクトのある影響を及ぼすことができる。

と松村先生は言う。

「仕掛学」はあらゆる分野にまたがる学問=何にでも応用が可能

私は経済学研究科で『仕掛学』のゼミの准教授をしていますが、『仕掛学』が経済学に位置する学問とは思っていません。もちろん、経済や経営にも応用が利くので、経済学のなかにゼミがあってもおかしくはないですが、本来的にはどこにも位置しない、あらゆるジャンルにまたがる学問だと思っています。

と松村先生。

例えとして先生が紹介するのは、映画『ローマの休日』で有名な「真実の口」をアレンジした「勇気の口」。

人の出入りの多い場所で「手指のアルコール消毒をしてください」と、アルコールスプレーと貼り紙の準備をしていても、実際にアルコール消毒してくれる人はほんのわずか。

そこでゼミ生たちが天王寺動物園や大学祭の「シカケラボ」で展示・実施したのは、段ボールでできたライオンの口の中に、自動手指消毒器を設置したもの。手を入れると、アルコール消毒液が噴射されて手がきれいになるという「仕掛け」なのだ。

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この「仕掛け」は見た目の派手さも手伝い多くの人が注目。さらに消毒液が噴射されて「わ!」と驚く様子によってさらに周囲の興味を呼び、大盛況となったという。

この「自動手指消毒器つきライオン」ひとつとっても、ライオンの頭部の造形に「美術」、手を入れると反応するセンサーに「電子工学」、データ収集の設計や分析に「心理学」や「マーケティング」、「統計学」と、さまざまな分野の学問が必要になる。

何を解決したいかによって、アプローチのための手法やその元となる学問の組み合わせはさまざまである。言い換えれば「仕掛学」のフレームワークを用いて多様な手法や学問を組み合わせ、あらゆるジャンルの課題に応用できるということでもある。

応用する際に意識したいのは、「仕掛けられる側の負荷」だ。
「仕掛け」のなかには、仕掛けられる側にとって負荷の高いものと少ないものがある。
負荷の高いものは仕掛けられる人が繰り返し使わない、つまり仕掛けの効果は長く続かないが、イベントや観光地などの場所では威力を発揮する可能性がある。逆に頻度高く使う場所に、習慣づけを目的として設置するものは負荷の少ないものにするなど、目的やシーンに応じて適切な「仕掛け」は変わってくる。

「研究の過程で事例を収集したなかから、トイレの的以外に私がお気に入りの『仕掛け』をご紹介します」と松村先生。
オフィスに応用するには難しいかもしれないが、「利用頻度が少ないシーン」、すなわちイベント会場や観光地などでは応用を検討してもよいだろう。

エスカレーターより使いたくなる「ピアノの階段」

ハリウッドにある、「踏むとピアノの音が鳴る階段」。
これにより、人々は横に設置されているエスカレーターではなく、階段を登ることを自主的に選ぶ。「聴覚」と「アナロジー」と「ポジティブな期待」の組み合わせの事例。

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(松村研究室Webサイト http://mtmr.jp/ja/より)

松村先生は大学時代に奇術研究会だったということが影響しているのか、ハッピーな気持ちになる「仕掛け」がお気に入りとのこと。
これはエンターテイメント性が高い仕掛けの紹介が続いたが、ゼミ生が「仕掛学」のフレームワークを用いてビジネスにも応用できる画期的な「仕掛け」を生み出しつつあるという。

プロモーションへの展開例:パン屋の試食回数を激増させたゼミ生の研究

あるパン屋にて、お客様が試食をなかなかしてくれない、という課題があった。
それに対して、ゼミ生がある「仕掛け」を考案して実施してみたところ、劇的に試食回数が増えた、という事例があるという。
詳細は来月の学会まで公開できないそうだが、コストはほとんどかからないというこの事例、他業種でも展開可能という。

ビッグイシュー×仕掛学のコラボが始動!?

ここで編集部は聞いてみた。

雑誌「ビッグイシュー」にも「仕掛学」の展開は可能ですか?
ビッグイシューに興味を持っていても、なかなかホームレスの販売者から買うのは勇気が出ないという人が多いんですけども。例えば、先生のゼミ生で、<ビッグイシューを買いたくなる仕掛け>を研究してもらうのは難しいですか?

先生の回答は、「おもしろそうですね。やってみましょう!」

…なんと、4月から大阪大学の松村先生のゼミで「ビッグイシューを買いたくなる仕掛け」の研究が始まることになった。

今後、ゼミでの研究の様子を定期的にお伝えしていく予定なので、興味のある方はTwitter・Facebookのアカウントをお持ちの方はフォローしてキャッチアップしていただきたい。

Twitter:https://twitter.com/BIG_ISSUE_Japan
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松村 真宏(Matsumura Naohiro)
大阪大学大学院経済学研究科・准教授。
大阪大学 基礎工学部 システム工学科を卒業後、大阪大学大学院基礎工学研究科、東京大学大学院工学系研究科を修了。
東京大学大学院情報理工学系研究科・学術研究支援員、大阪大学大学院経済学研究科・講師、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校・客員研究員として、人工知能の研究で「データから意思決定に役立つ知識を発見する」ことに取り組んだのち、日常生活において「気づき」を促す「仕掛け」の事例収集、研究を始め、日本発のフレームワークとしてスタンフォード大学で「仕掛学」の客員研究員を務めた。
著書に『仕掛学 -人を動かすアイデアの作り方―』がある。