労働者や、その家族を取り巻く厳しい現実を撮り続けてきたケン・ローチ監督(83)の最新作『家族を想うとき』(原題:Sorry We Missed You)が公開された。非正規雇用で働く低所得家族の物語を通して、昨今の英国の暗部を剥き出しにしている。数々の実話を参考にしたという監督だが、英国の “ワーキングプア” の実態調査結果が『The Conversation』から届いたので紹介したい。
Image by Sara Vaccari from Pixabay
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英国では200人に1人がホームレス状態にあり、路上生活やホステル・簡易宿泊所など一時しのぎの宿泊施設で寝泊まりする生活を余儀なくされている*。さらに驚くべき事実は、そのなかの少なくない人たちが就業しているということだ。
*ホームレス住宅支援団体「Shelter」が2018年に発表した数字。ホームレス状態にある人は英国全体で32万人と増加傾向にある。
「仕事に就く」ことは、路上脱出の一つの解決策とされている。 英国のテリーザ・メイ前首相も 「ホームレス対策は何も住居を用意するだけではありません。大切なのは、人々が働き、収入を得ることで、ホームレス状態に陥らないようにすることです」と述べたものだ。
ところが実際には「仕事に就く」ことが貧困脱出の道になるとは限らず、依然、住宅不安に直面している人が多くいるのだ。
Shelter の最新分析によると、簡易的な宿泊施設に身を寄せている世帯の55%が何らかの仕事をしていた。 この「働きながらもホームレス状態にある」人が増えている背景には、
・民間賃貸の家賃が高騰していること
・住宅手当の給付額が据え置きにされていること
・公共住宅が慢性的に不足していること
など、複数の要因が絡み合っている。
18名の体験談が示す英国の厳しい現状
筆者らが実施した最新調査*では、ウェールズ州の当事者18名の体験談を掲載している。
*「Working and Homeless: Exploring the Interaction of Housing and Labour Market Insecurity」Cambridge University Press: 30 October 2019
彼らが家を失った理由は、立ち退き・離婚・賃貸契約の打ち切りなどさまざま。そして、次なる物件を借りるにあたって、敷金や業者への仲介料などの工面に苦労していた。
所得が低いため、事実上、民間の賃貸物件からは「締め出し」状態にあることもわかった。
「色々な物件を見てまわりましたが、私の稼ぎでは住宅手当を受けたとしても予算オーバーのものばかり。 低所得世帯でも入居できる民間賃貸物件というのは、ほとんどありません」
たとえ予算の合う物件が見つかったとしても、住宅手当を受給している者は“お断り”と大家から冷遇されるケースも多い。
「賃貸業者に電話しても、住宅手当を受けるのでしたらこの物件はご紹介できませんとはっきり断られました。 一応、パートタイムの仕事はしているのですが…」
彼らはまた、安定した住まいがない状態で働くことの厳しさを口にした。例えば、洗濯できるところがないため、身なりを整えるのに苦労するといったことだ。
「仕事を終えて簡易宿泊所に”帰宅”しても、汚れた服を洗える場所もないんです」
また、働いていることが家を探す際の”制約”になることもある。通勤圏内に手ごろな物件があるとも限らないからだ。
「紹介された仮設住宅は職場から遠すぎました。私は介護施設での遅番シフトとパブの仕事を掛け持ちしているので、帰宅が深夜になることも多いのです。 そんな距離を歩いて帰ることなどできませんし、もちろんタクシーを使う余裕なんてありません…」
提案された簡易宿泊所を “選べない” 人もいる。
「私はオフィス勤務なので、シャツにネクタイを締め、それなりの格好をしなくてはなりません。朝になって自分の靴があるかどうかもわからないところではちょっと…」
Image by mohamed Hassan from Pixabay
「家」はあっても冷暖房なし、借金の苦しみ
今回調査した人たちの多くは一人で問題を抱えており、やむを得ず、野宿・知人宅・車中泊を繰り返している者たちもいた。
Image by manfred Kindlinger from Pixabay
健康を損ないかねない住居に入居した者もいた。 「確かに住むところは見つけましたが、冷暖房もないし、じめじめしていて..喘息もちの息子がいるので、快適とは言えません」
住まいを得るために借金をした者もいた。 ひとまず “ホームレス” の脅威からは逃れたものの、 「この家を無理やり占拠している気分です…。住む家はあっても常に残高はマイナス、懐が寂しすぎます。でもこうするしかなかったんです」
残念ながら、「仕事に就く」ことが必ずしもホームレス状態の解決策とならないことが明らかになった。
国として本気でホームレス問題を根絶したいのであれば、低賃金・不安定な雇用形態、アフォーダブル住宅(手ごろな価格の住宅)の不足など、幅広いアプローチで取り組まねばならない。これらの点で改善が見られないことには、状況はますます深刻化するであろう。
By Katy Jones
マンチェスター・メトロポリタン大学のシニア研究員(持続的住宅と都市研究)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
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ギグ・エコノミーに搾取される“自営業者”たち 『家族を想うとき』ケン・ローチ監督インタビュー
https://www.bigissue.jp/backnumber/372/
ケン・ローチ監督(83)の最新作『家族を想うとき』
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