有限会社ビッグイシュー日本やNPO法人ビッグイシュー基金では、教育機関や各種団体などに出張して講義をさせていただくことがあります。
生野高校は大阪府「グローバルリーダーズハイスクールの」の1つ。生徒の皆さんに“自分たちと住む世界が違う人の話”と捉えられないよう、今回は生野高校と同じくらいの偏差値の高校から国立大にストレートで合格し、IT企業で管理職を務めた経験のあるビッグイシュー販売者、うえださんに登壇してもらうことにしました。
“ホームレス”は、「状態」をあらわす言葉、社会的弱者の権利を守るとは?
路上生活者に対して「怖い」などネガティブなイメージを持つ生徒もおり、ほとんどがビッグイシューを「まったく知らない」「遠目に見たことしかない」という状態からの講義開始です。
まず、吉田から「貧困」や「ホームレス」、そしてビッグイシューの事業について解説。
まずは複数の男性の写真を見せ、「どちらがホームレスの人でしょう?」というクイズから。「見た目でホームレスかどうかは判別できない」という話から始まり「ホームレスは人格を表す言葉ではなく、“家がない”という状態を表す言葉に過ぎない」ということや「憲法は権力の暴走を止めるためのものだが、(歴史的に見ると)脆い。だから社会的弱者の権利を守ることは(ゆくゆくの)自分たちの権利を守ることにつながる」といった話は生徒の皆さんにとって新鮮なものだったようで、真剣な表情で聞いていました。
激務で体を壊して仕事を失い、ホームレスになったうえださん
次にうえださんのホームレス状態になるまでの半生や考えについてのトーク。
うえださんは兵庫県南部出身の56歳。ごく普通の家庭に育ち、高校は無遅刻無欠席で過ごし、国立大に進学。数学を専門に学んだ後、約30年前に当時花が開きつつあったIT企業に就職し、システムエンジニアとしてバリバリ働いていたそう。シリコンバレー出張ではザッカーバーグやGoogleのラリー・ペイジ、オラクルの社員と会ったこともあるそうです。
アメリカ、インド、中国など世界中を飛び回って休日もなく激務をこなしていたのですが、40歳過ぎの頃、働きすぎがたたったのか、体が動かなくなってしまいます。結局仕事を辞め、療養生活に。
そのうち貯金もなくなり、家賃が払えず、荷物をまとめ、路上生活になりました。
検索でビッグイシューを知り、路上販売へ
路上に出た日はあてもなく、とりあえず御堂筋に向かい歩き続けたそう。その時点で所持金は1,000円を切っていた状態です。ベンチに座るものの、怖くて横になることもできず。
どうしたものかと悩みながら、かろうじて持っていたスマホで検索したところ「ビッグイシュー基金」がWebサイトで公開している「路上脱出SOSガイド」に行き当たり、ビッグイシューの仕事があることを知ります。
初めてビッグイシュー販売者として路上に立った日は、お客さんから「今までおらんかったよね、今日から?」などと声をかけられ、買ってくださることに驚きます。
エンジニアとして日々データと向き合っていたうえださんには、お客さんと「手売りによる現金のやりとり」をするビッグイシューの仕事のアナログぶりに感動したそう。
サラリーマンで働いていると給料日はたいてい1カ月先ですが、ビッグイシューは「売れる=すぐお金がもらえる」ため、ありがたい…!と泣きそうになったと話します。
スタッフが「路上に出る前に他の人を頼れなかったのか?」と質問すると「恥ずかしかったのかもしれないし、迷惑をかけてはいけないと思ったのもあります」と語りました。
「自分が主体となり考え、自分の人生を決断してください」
高校生の皆さんへのメッセージを、と水を向けられると、印象に残ったとあるアニメのセリフとして「本は楽しむもの。本を読まないとブタになる。本の言うとおりにするのは犬。大事なのは自分で見て聞いて考えること」という言葉を紹介しました。“先生や親がこう言っているからではなく、自分が主体となり考え、自分の人生を決断するために行動しては、”と話すと、大きな拍手が湧きました。
生徒の皆さんから質疑応答
講義のあとは質疑応答。いろんな質問が飛び出しました。
Q:「ホームレス状態になる前と、なってみて見える社会は違いますか」
うえださん:全然違います。社会人のときは全然見えてなかったけれど、ホームレスになるとめっちゃ見える。周りが見えるから自分も見える。社会はこうやって動いてるんだというのがよくわかります。かつてこの視野を持ってなかった自分が情けなく感じるほどです。
皆さんも時間があれば、駅前で人間観察してもいいかもしれませんね。
Q:「ホームレスになってみて、一番大変なことは何ですか?」
うえださん:とにかくお金がないんです。お金がないと生きにくい。
あとは人間関係をどう作るか。ホームレスになるまでは、人間関係要らないと思って親や友達とも縁を切った。でも生きていくにあたり、ほんとに人間関係って必要なんです。
人間関係を作るのは大変だし、大事だと思いました。
Q:「女性のホームレスが増えていると聞きますが、その人たちはどうしているんですか?」
吉田:女性のホームレスは全体からすると1%くらいです。僕らのところに相談に来た場合は、男性にはない危険が路上の女性にはあるので、なるべく行政の施設やホテルなどを紹介しています。
残金いくらになったら相談に来るか、という調査があり、男性はほんとうにギリギリになってから来るのですが、女性は数万円残しているというケースが多かったそうです。そのため、支援につなげやすくホームレス状態になる人が少ないという状況もあります。
Q:「ホームレスの最年長と最年少はどれくらいですか?」
吉田:最年長は80歳くらいでしたね。路上での販売なので心配をしていました。最年少は19歳で、こちらも路上で絡まれないか心配でした。
もし皆さんが家を出なくてはならなくなっても、路上には出ないで必ず誰かに相談してください。助けてくれる人は必ずいますので。
Q:「職質とか受けることはありますか」
吉田:基本的にビッグイシュー販売することについて警察にも話を通しているので、不審者として職質されることはほぼないのですが、駅前にずっと立ってるということで、事件があった時に「何か見なかった?」と情報提供を求められることはあります。
Q:バリバリ仕事をされておられた頃に戻りたい?
うえださん:いえ、全然(苦笑)。
一度経験したし、もう戻らなくていいです。
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講義の後も、たくさんの生徒たちに声をかけられ話が弾みました。
先生がビッグイシューに講演を依頼された理由と期待
今回の講演会を企画してくださったのは河田先生。
ビッグイシューを選んでくださった理由や事前の期待についてお伺いしました。
1年生の「探究」で「SDGs」を扱っており、いくつかの講演を選択制で行うこととなりました。なかでも「貧困」(と「教育」)は、すべてにかかわる問題のように思えるため、まずは自分が「貧困」についてのお話を聞いてみたかったんです。
また、他校(灘中)の実践から、「ビッグイシュー」に依頼した場合、実際にホームレスを経験された方に話していただけると知ったので、正直なところ、ナマで体験や思いをお話しいただければ、生徒の印象にも強く残ると思ったのもあります。
生徒が「自分の知らない世界」に触れ、「世界のどこかで起こっていること」としてではなく「自分たちとつながっていること」として認識する機会を作りたかったんです。
講義を終えてみて、生徒の皆さんの反応は?
かなり多くの生徒が「ホームレスの印象が変わった」という感想を書いていました。
自分自身も、自分の「ホームレス」観が覆るような気がしました。率直に言えば、うえださんは、話しぶりや雰囲気から「ものすごくデキる人」の部類であると感じました。
そのうえださんがホームレスとなり、いま販売者をなさっているということを目の当たりにして「まあ、そういうこともあるよな、アリだよな」という感覚になりました。
また、事前にスタッフの方が、本校の生徒のようすや、講演会に対する学校の願いを細かく聞いてくださり、そのうえで販売者さんの人選をしてくださったことが、まさに狙いどおりでした。
おそらく生徒は、自分や将来とリンクさせる形で「ホームレス」という問題を考えられたのではないでしょうか。講演終了後に、個別で質問をしに行く生徒が複数いたのも、吉田さんやうえださんの醸す雰囲気あってのことだと思います。非常に丁寧に対応くださり、ありがとうございました。吉田さんとうえださんに来ていただいて、本当によかったと思います。
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格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。
小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」
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