猛暑は、私たちの心身の健康にまで大きな影響を及ぼしている。「熱さ」というストレスによって、複雑な認知タスクを組み立てるのが難しくなったり、物事を解決するための脳の機能が損なわたりすることが、もろもろの研究で明らかになっている*1。オックスフォード大学で講師を務めるローレンス・ウェインライトによる『The Conversation』寄稿記事を紹介しよう。
*1 米国ボストンの学生を対象にした研究では、猛暑時にエアコンのない部屋にいる学生は、他の学生よりも認知テストの成績が13%悪く、反応スピードも13%遅いという結果が出た。
犯罪の増加、気候不安症の悪化も
暑さで頭がしっかり働かなくなることで、人はイライラしやすくなり、それが攻撃性につながることもある。熱帯・亜熱帯でない地域で平均気温が1〜2℃上昇すると暴行事件が3%以上増加する、という研究結果もある*2。
*2 参照:フィンランドでの研究 The Association of Ambient Temperature and Violent Crime
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気候変動により、世界の犯罪率が2090年までに最大で5%増加するとの推定もある*3。これには、心理的、社会的、生物学的な要因が複雑に絡み合っている。例えば、脳内化学物質セロトニンには、人の攻撃性を抑える働きがあるのだが、気温が上がることでその効果が薄れるのだ。
*3 参照:Crime, weather, and climate change, The Association of Ambient Temperature and Violent Crime等。
暑い日が続くと、「気候不安症」(気候変動に対して慢性的に恐怖心や不安を抱く状態)をも悪化させる。英国の若者を対象にした調査では、60%が気候変動について「とても心配」「非常に心配」と回答し、45%以上が「気候への不安が日常生活に影響している」と述べた。
精神疾患の症状悪化、薬の効果低減…猛暑による思わぬ影響
熱波が到来すると、救急治療室には、脱水症状やせん妄、意識のない患者たちがあふれかえる。最近の研究では、その地点の標準的な気温幅の上位5%に達するか超過すると、救急治療室の利用者数が10%以上増加すると示されている*4。
*4 参照:トルコの研究 The impact of a heat wave on mortality in the emergency departmentなど。
近年、洪水や山林火災がメンタルに及ぼす影響を指摘した研究*5 が増えているが、それと同じで、猛暑についても精神疾患の症状悪化との関連性が分かってきている。双極性障害の人の躁状態が強まりやすく、深刻な危害を及ぼす可能性が高まるため、精神病棟への入院が必要になりやすい。また、気温の高い日が続くことと自殺や自殺未遂との関連性も指摘されており、月平均気温がセ氏1度上がるごとに精神疾患に関連する死亡が2.2%増加することを示した研究*6や、湿度が急上昇することで自殺の発生率が高まることを指摘した研究*7 などがある。
*5 参照:Mental health impacts of floods (Black Dog Institute, March 2021)など。
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*6 さまざまな気候ゾーンを対象としているが、熱帯・亜熱帯地域では特にその影響が大きい。
参照:Is there an association between hot weather and poor mental health outcomes? A systematic review and meta-analysis
*7 参照:Correlating heatwaves and relative humidity with suicide (fatal intentional self‐harm)
猛暑の影響で、精神疾患の治療に用いられる薬の有効性が低下するとの指摘もある*8。また、抗精神病薬を服用すると喉の渇きを感じにくくなるため、脱水症状を引き起こす恐れがある。双極性障害のある人に処方される強力な気分安定剤リチウムは、その人の体温や水分状態によって効き目が変わってくる。
*8 参照:Psychotropic drugs use and risk of heat-related hospitalisation
気候変動、とくに猛暑とメンタルヘルスとの相関関係については解明されていないことも多いが、人間、そして地球にとって危険な道を歩んでいることは間違いない。気温や湿度の変化はどちらも、人間活動を原因とする気候変動によるものだ。私たち自身、そして未来の世代を救うには、気候変動への対策が待ったなしであることを痛感させられる。
著者
Laurence Wainwright
departmental lecturer and course director in Sustainability, Enterprise and the Environment at the University of Oxford
Eileen Neumann
postdoctoral research associate in Neuroscience at the University of Zurich
Courtesy of The Conversation / International Network of Street Papers
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