役者が路上を走り、観客がそれを追いかける—路上演劇祭 Japan in 浜松 ダイナミックな迫力、垣根のない舞台。

静岡県浜松市の街中で毎年5月ごろに開催される「路上演劇祭」。観客は道行く人々、演者は在日外国人や障害者など、多彩な背景をもつ人々が出演する。路上を舞台に変えてしまうユニークな演劇祭の魅力を聞いた。

※この記事は2015年02月15日発売の『ビッグイシュー日本版』257号特集「「包容空間、路上のいま」からの転載です。

 メキシコの路上で出会ったストリート・チルドレンの「ソシオドラマ」に衝撃

 客席に座って静かに舞台をながめる……。演劇といえば、たいていの人はそんなイメージを持つのではないだろうか。ところが「路上演劇祭Japan」は、商店街や駅前広場など、人通りの多い「路上」で行う。そこに観る側と演じる側の垣根はない。


写真提供:浜松写真連絡協議会

 時には観客が近づいてセリフを聞き取ろうとしたり、役者が路上を走り、観客もそれを追いかける。そこには路上演劇ならではのダイナミックな迫力がある。観覧は無料、開催日には県内外より10組以上の劇団や個人が集まり、多様なテーマの作品を披露してきた。


写真提供:浜松写真連絡協議会

 「路上演劇祭は、お客さんに足を運んでもらうのではなく、逆に、上演する側が人の集まるところで演じるんです。そのことによって、普段演劇を観ないような人たちの目に、知らない世界が映るようにしたかった」と演劇祭を始めた里見のぞみさんは話す。


里見のぞみさん Photo:浅野カズヤ

 里見さんが路上演劇に出合ったきっかけは、1992年のこと。その年にメキシコで開催された「メキシコ路上演劇祭」に招待されたのだ。里見さんはもともとマイムアーティスト。路上でのパフォーマンス経験をもつことから声をかけられたという。

 「演劇祭にはプロの劇団や高校生も出演するのですが、一番衝撃的だったのはストリート・チルドレンの子どもたちが、自分たちの暮らしをテーマに、自ら演じる作品があったことです。主催者のギジェルモ・ディアス氏は、路上で暮らす子どもたちやドラッグ経験者、DVの被害者などと一緒にワークショップを行い、当事者が自分たちの生活を表現する『ソシオドラマ』をつくっていました。それまでの私にとって路上は、マイムの修業の場という意味合いしかなかったのですが、メキシコでは路上で演劇をすること、そしてそれを観ること自体に、社会的な意味が込められているのだと感じました」

 メキシコでの体験は里見さんにとって「路上」の意味を大きく変えた。それから99年までの間に5回、メキシコ路上演劇祭に参加。そのうちに「日本でも路上演劇祭を開催しよう」という動きが仲間に広まり、01年に東京・世田谷、里見さんの暮らす浜松の2ヵ所で、第一回「路上演劇祭Japan」が開催された。浜松での路上演劇祭は今年の5月で8回目を迎えることになり、観客数は毎年千人ほどにのぼるという。


写真提供:浜松写真連絡協議会

ブラジル移民の歴史、ひいおじいさんは日本兵
多文化共生がテーマ

 では、どんな人たちが参加し、どんな演劇作品が上演されているのだろうか? 

 13年から実行委員長を務める菊地奈々子さんは、もともと在日ブラジル人の人たちにボランティアで日本語を教えてきた。その教室で日系ブラジル人のエミリオさんに出会ったことが路上演劇祭にかかわるきっかけだった。


菊地奈々子さん Photo:浅野カズヤ

 「ある日、エミリオさんから『劇団の会合があるから来る?』と誘われ、行ってみたら路上演劇祭の実行委員会だったんです。それからエミリオさんに『ブラジル移民の歴史を劇にしたい』と相談を受け『浜松の人たちにブラジルのことを知ってほしい』というエミリオさんの熱意に感動して協力することになったんです」

 その後は、すっかり路上演劇の魅力にひきこまれてしまったという菊地さん。浜松市は日本で最も多く在日ブラジル人が暮らす地域であったことなどから、こうした「多文化共生」が演劇祭の一つのテーマになっているという。

 『ぼくのひいおじいさんは日本兵だった』という09年に上演された演目は、浜松NPOネットワークセンターの多文化共生事業が中心となって、インドネシア、ブラジル、ペルー、日本の若者たちが集まってつくりあげた作品。メンバーの一人でインドネシア出身のディマス君のおじいさんの実話をもとに、ディマス君のルーツをたどるという作品だ。この演劇を通して、メンバーの若者たちは「なぜ自分がここにいるのか?」と考え、その思いを観客に伝えるよい機会になったという。

 また、知的障害や発達障害への正しい理解を伝えたいと活動する「浜松手をつなぐ育成会  浜松キャラバン隊」は『こんなときどうするの?』という作品を発表。知的障害児が買い物をする時、店員や周りの人々はどのようにサポートすればいいのかを演劇を通じて伝えようとした。自身も自閉症の娘をもつ、隊長の高橋久美子さんは「キャラバン隊の活動として公演を行うことはよくあるのですが、そこには興味をもった人がきてくれます。でも路上ですと、障害についてまったく知らない人も観てくれる。『さっきのあれは知的障害のことだったのかな?』と、一人でも二人でもひっかかりを持ってもらえたら、それだけでうれしいですね」と話す。


高橋久美子さん Photo:浅野カズヤ

路上は自由な空間

日常的に演劇やりたい

 このように、路上演劇祭に参加するにはプロかアマかは問われない。表現の方法も作品のテーマもさまざまだ。

 「路上は本来、さまざまな人やものが行き交うことによって、人と人が出会い、新しいものを発見する場所だったはず。それが車社会になって、浜松駅周辺の市街地にもほとんど人がいなくなってしまいました」と里見さん。

 「では、浜松の街を歩いている少数の人とはどんな人たちかというと、車に乗れない人たちなんですね。子どもやお年寄り、外国人、障害者……。そういうマイノリティの人たちが、普段感じていることを表現できる場をつくりたかったんです。そうすることで路上がもつ本来の機能――人と人をつなげること、多様な文化を生み出すこと――を取り戻したいという思いがあったんです」

 また、浜松の演劇集団「浜松キッド」団員の白柳弘幸さんは「最初、劇場と環境が違うことで、路上という舞台に戸惑いがあった」と話す。「それが回を重ねるごとに、だんだんと路上がもつ『自由な空間のおもしろさ』に気づいていったんです。新撰組の衣装を着て、路の端から端まで走り回ったり……路上はいい大人が遊べる空間でもあるんです」


白柳弘幸さん Photo:浅野カズヤ

 そんな路上演劇祭を続ける里見さんたちには、こんな想いがある。

 「年に一度の祭りで人が集まったとしても、それで街が再生するのかといえばそうではないですよね。本当は街中で日常的に路上演劇が行われていて、年に1回演劇祭もある。そんなふうにして街を活性化できればいいなと思っています」

(石井綾子)

路上演劇祭Japan in浜松

場所:浜松市中心街

詳細はhttp://rojo-hamamatsu.blogspot.jp/まで

以上、『ビッグイシュー日本版』257号(SOLDOUT)より転載

路上演劇祭Japan in 浜松 2019トライアングル

2019年6月1日(土)雨天決行

11:00~18:00

たけし文化センター ~ 三米アトリエ ~ 黒板とキッチン