ガザについて報道されるとき、映し出されるのはたいてい、爆撃シーンや瓦礫に覆われたまちの光景ではないだろうか。それは、「視聴率が取れるから」と「わかりやすい」映像や写真が使われるからだ。爆撃の前に何が起こっているかは、ほとんど知られていない。
映画『ガザ・サーフ・クラブ』(2016年)は、封鎖されたガザの若者たちの青春を追ったドキュメンタリーだ。
10月12日、吉祥寺サンロード商店街内の espace Á L. L. で開催された映画イベント「UNKNOWN cinema Vol.1」で同映画が上映された際、『もしも君の町がガザだったら』(ビッグイシュー日本512号で紹介)の著者・ノンフィクションライターである高橋真樹さんが、ガザの現実を日本人の暮らしに重ねながら解説してくれた。

たかはし まさき
ノンフィクションライター。1996年より国際NGO職員として、ガザなどを訪問。国際協力・難民支援などに携わる。2010年からフリーのノンフィクションライターとして「持続可能な社会」をテーマに、取材、執筆、講演活動を続ける。『イスラエル・パレスチナ平和の架け橋』(2002年、高文研/第8回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞を受賞)『ぼくの村は壁で囲まれた パレスチナに生きる子どもたち』(現代書館)をはじめ著書多数、『もしも君の町がガザだったら』が20冊目となる。
「ガザでは、生まれた瞬間から“外に出られない”」
地中海沿いの狭い土地・ガザ地区。長さ約40キロ、幅10キロほどの細長い土地が、北と東をイスラエル、南をエジプトに囲まれ、検問所は厳しく管理されている。
封鎖されたガザ地区の悲惨な状況について、高橋さんは淡々と説明を続ける。
「ガザの人口約230万人の半分以上は18歳以下。ガザ封鎖が始まったのは2007年なので、人口の過半数を占める若者たちは、生まれてから一度もガザ地区の外に出たことがないということになります。“天井のない監獄”とよく言われますが、もはや安全も食も保証されない“強制収容所”です。異常な状態です」
「“自治区”という言葉を聞くと、自分たちで統治しているように聞こえるかもしれませんが、実際にはイスラエルによる軍事占領の下に置かれています。占領下で何が起こっているかあまり知られていませんが、移動、医療、教育、仕事、すべてに厳しい制限がかかっています」

「燃料不足で浄水施設が止まり、96%の水が汚染されています。子どもの3~4割は栄養失調で、電気は1日数時間しか通らない。“生き延びること”がやっとです」
「つい数日前もガザが停戦に向けて一部合意があったとの報道がありましたが、それは大規模な爆撃が一旦止まるというだけで、占領下での『見えにくい』暴力がなくなっているわけではありません。それは本当の平和ではありません。ゆっくりと、見えにくい形で殺され続けているのです」
海が“希望”であり“危険”でもある
そんな現実の中で、映画に出てくる若者たちは海に向かう。
『ガザ・サーフ・クラブ』は、彼らが波を求めてボードを抱え、海へと漕ぎ出す姿を映し出す。

「ガザの海は、一見するだけではわからないですが、本当はそこで泳ぐことすら危険です。浄水設備は燃料不足や爆撃で機能せず、下水も処理されず海に直接流れ込んでいるから、病気になる人も多い。それでも“海に出る”以外の楽しみが、ガザにはないんです」
映画の中には、サーフィンを学びにハワイに渡ろうとする青年のエピソードが登場する。
「外の世界に出ることは非常な困難を伴います。そして、たとえ出られたとしてもガザに戻ることもまた難しい」
「もし吉祥寺がガザだったら」
高橋さんは参加者に問いかけた。
「想像してみてください。もし、ここ吉祥寺がガザのように封鎖されたら?
電車は動かず、帰れません。食べものもなく、燃料もなく、停電が続く。
浄水所が止まり、水は汚染されている。
病院にも行けず、物資は届かない。
スマホの通信内容が監視され、位置情報も把握されている。
突然空から爆撃される。
助けを求めても、救援は来ない。
こんな状況に、あなたならどのくらい耐えられますか?1日?1週間?
これが、ガザでは18年もの間、続いているのです」
「世界が“共犯”として沈黙している」
「2024年7月、国際司法裁判所は“イスラエルの占領と入植は国際人道法違反”と勧告しました。
国際社会はこの違反を止める義務があるとも判断しています。でもそれをしているでしょうか。
問題を難しくしているのは、アメリカやヨーロッパの一部の国が、武器を与えたり、政治的支援をしたり、経済関係を強めたりといったことをやってきたからです。
日本も基本的にはアメリカの顔色を伺って国際法違反の占領を傍観しています」
イスラエルにいるユダヤ人はおよそ700万人。
「埼玉県(人口約730万人)より人口が少ない国が、なぜここまで世界を揺るがすような大それたことを続けられるのでしょうか?それは、イスラエルだけのせいではなく、世界が協力しているからです。
イスラエルの行動を止めない日本を含めた国々の沈黙が、パレスチナ人を抑圧しています。パレスチナ問題は、私たち自身の問題です」
「ガザの人たちは、世界から切り離されている」
トークの中で、高橋さんは、ガザに住む若者、ターメル・ナへッドさんのメッセージ(9月17日抜粋)をを紹介した。
「どうかお願いだ、黙り込まないでくれ。
今日ガザで起きていることはあまりに耐えがたく、筆舌に尽くしがたい。
僕たちは世界から切り離されている。
外で何が起きているかもわからず、外の人たちも、僕たちに何が起きているのかわからない。
僕たちの声は失われ、僕たちの叫びは誰の耳にも届かない。
もうジャーナリストは残っていない。カメラもない。この地獄を記録する者は誰1人いない。
僕たちは容赦ない炎に取り巻かれ、完全に孤立している。
このメッセージが誰かに読まれるまで生きていられるかわからない。
あと数時間で町は完全に消える。比喩ではなく、現実だ。
1分ごとに全てを失う。命も、愛する人も、家も、声も、記憶も。
TweetやPostが戦争を止められないことは知っている。
だけど僕たちが沈黙の中で死んでいくのは防いでくれる。
僕たちに唯一残されたのはあなたの声だけだ。完全な抹殺から僕らを救い、僕らがかつて存在していたことを世界に伝えるかすかな功績を残せるのは、そこにいるあなただけだ。
僕たちについて語り続けて、僕たちのことを書いてくれ。
僕たちの声を人々に伝えてくれ。
僕たちを2度と死なせないでくれ。一度は爆弾の下で。もう一度は世界の沈黙の中で」
「できることは、小さくても、確実にある」
「もちろん、個人の力で状況を変えるのは簡単ではありません。でもできることはあります。SNSでの発信、寄付・署名、ボイコット、上映会のようなイベントの開催、日本の政治家の発言のチェック、パレスチナ支援団体のイベントへの参加、ボランティア。パレスチナで生産されたフェアトレードの商品を買う――他にもいろいろあります。無力感を感じず、とにかく声を上げ続けて、共に語り続けてほしいと思います」
書籍『もしも君の町がガザだったら』/ポプラ社
高橋さんが執筆した、小学生から読める「パレスチナ問題」入門書。占領、封鎖、爆撃、飢餓など、あらゆる人道的危機に苦しみ続けるパレスチナの歴史を紐解きながら、わかりやすく解説。おすすめの本や映画、年表、一人ひとりができるアクションについても収録されている。

サムネイル画像:© Niclas Reed, Middleton Little Bridge Pictures
関連イベント情報
2025年11月3日(月・祝)まで、吉祥寺espace Á L. L. にて
「パレスチナの猫」写真展 開催中!
撮影:高橋美香、安田菜津紀(Dialogue for People副代表)
企画:メディアNPO Dialogue for People
(10/31(金)、11/1(土)〜3(月・祝) 12-17時開催)
https://d4p.world/news/28495/
