ケニアのマサイマラ保護区(※ ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。)で小型飛行機を操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策や野生動物保護に奔走する滝田明日香さん。

2023年、ケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった。総勢50人が参加した「ゾウの大移動プロジェクト」に、マサイマラから見習い参加4人のレンジャーたちの付き添いとして滝田さんも同行。ムエア国立公園からアバディア国立公園まで17日間かけての移動が完了した。

倒れたメスゾウを必死で起こそうとする仲間のゾウたち
3人のレンジャーが、最初に開くトラックのクレート(ゾウを入れる荷台車)のドアの左右に待機している。掛け声とともに、ガラガラガラーッと騒音を立てながら、巨大な鉄のスライド式の扉が左右に動き始めた。万が一、ゾウが外に出た後に戻ってくることも考え、レンジャーたちは襲われないように左右の扉の後ろに登って隠れている。

鉄の扉はものすごく重くて、時にはレンジャーが2人がかりで開けなければならない。特にゾウが扉に体重をかけている時などはなかなか開かない。鉄格子の取手を両手でつかんで飛び上がり、両足を使って鉄格子を蹴って扉をこじ開ける。クロウバー(鉄の棒)をテコとして開けてみたり、それでも開かない時はロープをランドクルーザーで引っ張って開けたりすることもある。
やっとのことでドアが騒音を立てて開いた瞬間、レンジャーたちはすでに扉の後ろに隠れていた。しかし、扉が開いて目の前に、公園の自然が見えるやいなや、クレートから飛び出てくるはずのゾウたちが1頭も出てこないではないか。私はゾウたちが揺らすクレートから落ちないように、上の鉄格子の窓枠の取っ手に両手で必死につかまっていた。
「上からゾウたちが何をしているか見えるかー!?」とレンジャーたちが叫ぶ。彼らは下の鉄格子から何も見ることができず、扉の中を覗くとゾウに襲われる可能性がある。私は上の窓に顔を突っ込んで中の様子を見てみた。
そこに見えた光景はとても悲しいものだった。ゾウたちは必死に倒れたメスゾウを起こそうとして一生懸命に頭の下に牙を差し込んだり、体の上に折り重なったりしている。ゾウたちは良かれとやっていることだが、何しろ力が半端じゃない。牙で体を起こそうとして、牙の先が鋭いと皮膚を貫通してしまったりするし、体重で内臓を圧迫したりしてしまう。窓から、やっと胸部が動いているかどうかが見えるようになった。けれど、ゾウの心拍数は麻酔中に1分間に2回ぐらいまで下がることもあるので、他のゾウたちがガチャガチャと動いたり騒いだりしていると、呼吸音は聞こえず胸部の動きもよく見えない。しかし、垣間見ることができたゾウの顔の症状を見ると、すでにこと切れているのがわかった。

クレートから外に出て目の前の森に走り去るゾウたち
「もう手遅れだ」と、私は下にいるレンジャーたちに伝えた。興奮して、死んだゾウの周りを離れない他のゾウたちをクレートの外に出すため、レンジャーたちは鉄格子越しに叫んだり、外から棒で鉄格子を叩いて驚かしたりし始めた。騒音に驚いたゾウたちはやっとクレートの中からおずおずと出てきて、目の前の森の中に走って消えていった。
しかし、前方のクレートの中で死んでしまったゾウの死体が後方のクレートの扉の前にあり、後ろのクレートの扉が引っかかって横に開かない。扉を鉄の棒をつがいにして開けようとしたり、巨大な鉄のトンカチで扉を叩いたりすると大きな音が出る。すると、後方のクレートの中のゾウたちがパニックになってまた体を揺すったり激しく動いたりしてトラック全体が大きく揺れ始めた。私はまた振り落とされないように鉄格子の取手につかまった。
レンジャーたちが扉と格闘した甲斐があって、鉄の扉が横にスライドし始めた。扉が開くと、後方にいたゾウたちは死んだゾウが倒れているのをいきなり目の前にして、さらにパニックになって倒れたゾウを立たせようとして左右から牙で死体を持ち上げようと激しく動き回った。私も振り落とされないようにさらに力を入れて命綱である取っ手にしがみついた。
大人のゾウが死体を立ち上がらせようと格闘している後ろでは、怯えた子ゾウたちも大きな声を上げて叫んでいる。大変な騒ぎである。またまたレンジャーたちが騒音を立ててゾウたちをクレートから外に出したが、パニックになっている群れは外に出ると、レンジャーたちの車と見学していた車の方向に向かって突進し始めた。2台の車は驚いて、一目散でゾウたちから逃げるために猛スピードで野原を走り去った。
検死の結果、子ゾウたちに首と鼻の先を踏みつけられ窒息死
ようやくゾウたちがすべて森の中に入って辺りが静かになると、みんながクレートの扉の中を覗いてみる。私もやっと6mの高さの鉄の梯子を降りて地上に戻ることができた。クレートに入って、倒れたゾウが死んだことを確認すると、検死のために、公園のさらに奥のハイエナたちが見つけやすいエリアへ移動することにした。
死体をクレートから降ろすために、ランドクルーザーのウィンチをゾウの足にかけた。足にロープをかけるのも2人が足を持ち上げている間にロープをかけないといけないので重労働である。ウィンチを保定する木を探したが、最初の1本の木はゾウの体重が重すぎてポッキリと折れてしまった。次はもうちょっと太いしっかりした木がある場所まで移動し、やっとのことで4tほどのゾウを地面に降ろすことができた。
ヘリコプターで他の獣医が到着したが、ゾウが死んだとわかると、1人の獣医を残して彼らはムエア国立公園に戻ってしまった。ゾウが死ぬことを予期していなかったエスコートチームの車には検死キットがなく、誰もゾウ検死に必要な斧と巨大なナイフを持っていない。検死にはゾウの皮膚を切ることができる鋭い巨大なナイフがないと時間がかかる。さらに肋骨を折るのには斧がないと大変な作業になる。唯一切れるナイフとしてレザーマンのポケットナイフしか見つからず、普通なら1時間で終わる検死だが、今回は、密売の対象になる象牙を回収するまでに4時間かかり、真っ暗闇で車のヘッドライトを使っての検死となった。
検死の結果、麻酔薬の影響で横になったゾウは子ゾウたちに首と鼻の先を踏みつけられて窒息死したものと推測された。エスコートでゾウが死んでしまうというハプニングがあったが、その後のオペレーションはうまくいって、ゾウの大規模な移動プロジェクトは、開始17日後に終了した。
そして、ムエア国立公園までの移動が無事に終わると、マラコンサーバンシーの見習いレンジャーたちはみんな、次の見習い先のステーションへと派遣された。それぞれのステーションでいろいろな経験を積み、多くのことを学んで、3ヵ月後には無事キャプチャーレンジャーとして認められて、マサイマラに戻ることができたのである。(文と写真 滝田明日香)
たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。
「アフリカゾウの涙」寄付のお願い
「アフリカゾウの涙」では、みなさまからの募金のおかげで、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入、機体のメンテナンスや免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
山脇愛理(アフリカゾウの涙 代表理事)
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トクヒ)アフリカゾウノナミダ

