2025年9月19日、防衛省の「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」報告書が発表された。ここには驚くべき提言が記載されていた。そのまま引用しよう。
潜水艦に「次世代動力」?
“抑止力”強化という名目
VLS(垂直発射装置)搭載潜水艦
潜水艦は隠密裏に展開できる戦略アセットである。スタンド・オフ防衛能力を具備させれば抑止力の大幅な強化につながるため、重視して整備を進めていくべきである。長射程のミサイルを搭載し、長距離・長期間の移動や潜航を行うことができるようにすることが望ましく、これを実現するため、従来の例にとらわれることなく、次世代の動力を活用することの検討も含め、必要な研究を進め、技術開発を行っていくべきである。(P14)
「次世代の動力の活用」というのがミソだ。報告書発表から10日後、読売新聞が発表した社説には(次世代の動力とは)「原子力潜水艦が念頭にあるという」とあった。同社社長兼主筆代理の山口寿一氏は同会議に委員として参加している。次世代動力の含意は明らかだ。なお筆者の参加する経産省の原子力小委員会でも、遠藤典子早大教授(NTT社外取締役)が小型モジュール炉またはマイクロモジュール炉等の商船利用を主張している。遠藤氏は同会議委員でもある。
原潜は核兵器級のウランが必要
労働環境は過酷で高コスト
あまりにも多くの問題を含んだ提言だ。第1に「原子力利用は、平和の目的に限る」と定めた原子力基本法に反する。
第2に多くの原子力潜水艦では核兵器級のウランが燃料のため、核兵器転用リスクをもつ(※ただし中国やフランスは比較的濃縮度の低いウランを用いている。)。
第3に原潜保有は日本の国是である専守防衛の範囲にとどまるのかどうか疑問がある。
第4に極めて高い原潜保有のコスト。攻撃型原潜よりも大型の原潜なので単純比較はできないが、英国政府は2024年、弾道ミサイル原潜4隻の建造コストだけで8.2兆円かかると発表した。維持・廃止コストを含むと費用ははるかに膨らむ。
第5に運用上の問題だ。海上自衛隊全体では定員充足率は90%を超えているが、艦船の定員充足率は低いという報道がある。潜水艦ははるかに過酷な労働環境で、さらに原潜ともなると1任務が数ヵ月となることもある。そのような原潜を複数隻運用できるのか。
また原潜保有とは別の問題だが、日本の潜水艦は大型化の一途をたどってきた。最新のたいげい型では水中排水量で推定4300tに達し、すでに通常動力型では世界最大級となっている。なお、開発中の次世代潜水艦では垂直に巡航ミサイルを発射可能な装置(VLS)を搭載するため、さらなる大型化が見込まれている。VLS搭載潜水艦の開発は、「潜在的核抑止能力」獲得を目指すことと等しい。かつて米国はTLAM-Nと呼ばれた核兵器搭載の巡航ミサイルを攻撃型原潜に搭載していた。冷戦後の核軍縮の流れの中で退役したが、近年、再び潜水艦から発射可能なSLCM-Nと呼ばれる核兵器搭載巡航ミサイルの開発が進められている。イランでは実際に核兵器が開発されているかどうかではなく、核兵器開発能力が問題となったのと同じように、核弾頭を搭載するか否かではなく搭載余地があるかどうかが問題なのだ。

戦後80年を経て日本は、明らかに一つの境界を踏み越えようとしている。だが本提言が「検討も含め」としていることからも明らかなとおり、ひとまず石を投げてみる、ということなのだろう。走り出したら止まらないこの国の傾向を考えれば、今、止めなければならない。
(松久保肇)
まつくぼ・はじめ
1979年、兵庫県生まれ。原子力資料情報室事務局長。
金融機関勤務を経て、2012年から原子力資料情報室スタッフ。共著に『検証 福島第一原発事故』(七つ森書館)、『原発災害・避難年表』(すいれん舎)など https://cnic.jp/
以上、2025年11月1日発売の『ビッグイシュー日本版』514号「原発ウォッチ・第223回」より転載
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