ケニアのマサイマラ保護区(※1)で、滝田明日香さんは20年以上、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護の活動にかかわってきた。その活動を後進に託し、今年から新たにケニアの海岸地方で野生動物の保護活動を始めた。その第1回の活動レポートを掲載する。
人慣れしていない野生動物たち
携帯の電波が届かない場所
サバンナの生活から海岸地方に移転しても、やはり野生動物にかかわっていきたいというのが私の本音だ。ナイロビ大学を卒業してから、野生で生きのびている生物だけにかかわってきた。ペットの治療はしたことがないし、牛や馬など家畜の治療を最後にしたのはいつだったか思い出せないほどだ。
私が役に立てるのは野生動物。新たにその基盤を築きたいと考えたのは、ケニア海岸地方でも北部にあるタナリバー地区だ。タナリバーは観光地ではないので、野生動物が本当に人慣れをしていないエリアである。ここを10年ほど前に初めて訪れた時には、あまりのワイルドさに驚いたのを覚えている。1997年にザンビアのルアンガ国立公園北部の僻地にあるキャンプを訪ねたことがあったが、当時マサイマラに1年間住んでいたにもかかわらず、そのワイルドさに圧倒されたが、その時と同じような感覚に陥った。
マサイマラはサバンナのど真ん中にあるのでワイルドではあるが、観光地なのでブッシュ(茂み)があっても施設は揃っている方だし、携帯の電波が届く場所はあるし、どこかで車が泥にハマって動けなくなっても数時間待てば誰かが車で通る可能性がある。しかし、タナリバーはまず携帯の電波がゼロ。サバンナの中でも携帯のスクリーンに電波のバーが一つしか点灯しない場所はほかにもあるが、つねに圏外でまったく電波が届かない場所はケニアでも珍しい。

一番の問題は治安が悪いこと
アスファルト舗装前は道路に地雷
さらにタナリバー地区は危険地帯と言われ、ケニアに住んでいても訪れたことのある人は少ない。以前は、海岸地方の街マリンディを通り過ぎてから車で5時間ほどかかった。近年はアスファルト道路が整備されて3時間半ほどで行けるようになったが、と言っても簡単に行くことができる場所ではない。
1番の問題は治安が悪いことである。武装勢力(特にアルシャバーブ関連)の活動があるボニ森林に比較的近いことから、ケニア政府が軍や特殊部隊を常駐配置して、道路上での監視を強化してテロに対する予防的な対策をしている。それ以前は、アルシャバーブによるIED(即席爆発装置)の攻撃や車両襲撃などが頻繁にあり、コンボイ(車列を組んで護衛付きで移動する措置)でしか移動が許されない場所でもあった。
先日、タナリバーにバッファローのワイヤー罠を外しに出かけたが、その時にケニア野生動物公社のドライバーが「この道路がアスファルトになってからIEDに用心する時間が大幅に減った」と平気な顔をして説明してくれた。なんでも、アスファルトになる前は道路に地雷が簡単に埋められていたが、アスファルトになってから穴を掘れなくなって減ったとか。アスファルトが地雷の穴を掘れない対策になっているとは考えもつかなかったので驚いた。
タナリバー地区のキピニ(※2)というエリアに行ったのだが、タナリバーの河口という意味で「タナデルタ」と呼ばれる、湿地・マングローブ・川が分岐するデルタ地帯だ。視界が悪い上に道が限られていて逃げ道や隠れ場所が多く、治安管理にはかなりチャレンジングな場所である。治安管理も難しいが、野生動物の治療も隠れ場所が多くて難しく、すぐ動物が逃げてしまうので、マサイマラと同じようにダーティングする(麻酔銃を撃つ)ことが難しい。
なぜそんな危険な場所に魅了されたかというと、そのような治安的な理由から孤立したことによって残った大自然と、その中で生きのびている野生動物たちの強さである。危険地帯なので人間は足を踏み込む機会がなかなかないが、実際に訪れてみると驚くほどに豊かなエコシステムと生命に感動する。
タナリバーは内陸の水をインド洋に運んでいて、流れ込む河口の近くにあるのがキピニだ。河川の季節的な増水と引き潮、マングローブの迷路のような森、乾季にひらける草原、そして点在する低木林が織りなすモザイク状の景観は、ゾウ、ライオン、バッファロー、そしてこの地域で絶滅亜種である、トピ亜種の「コースト・トピ」といった大型野生動物にとってかけがえのないエコシステムとなっている。私はまだ自分では見たことがないのだが、キピニで活動をしている友人の写真に写った海岸の砂の上に残ったゾウやライオンの足跡を見て、あまりにも神秘的で感銘を受けた。

警戒心の強いキピニのゾウたち
彼らを守る活動にかかわりたい
キピニに残っている300頭前後のゾウは、ツァボ国立公園とガラナ地方から季節的に移動していると推定されている。マサイマラで車が近づいても平和に草を食べているゾウたちの姿を見慣れている私にとって、キピニのゾウたちはまったく違った生き物だった。
車で狭い砂の地面の道を走っている時に、ドライバーが突然車を止めて後退し始めた。「静かにして、ゾウがいるから」と言われたので、窓から外を見てみるが見慣れたゾウの姿は見えない。「え、どこ?」と何度も窓の向こうに見えるドゥームヤシの尖った葉っぱの間からゾウの色を探してみる。ドライバーが指をさしてくれたのは、車から500m以上離れた、沼地の反対側の丘の下のドゥームヤシの葉っぱの上を上下して動いているゾウの背中とパタパタと動くゾウの耳のみ。どうりで車の周りのブッシュを見ていて見つからないわけだ。望遠鏡を通して見て、やっとゾウの背中と耳がはっきり見えるほど遠い。ドライバーはゾウたちにエンジン音が聞こえると群れが警戒するからと、エンジンを切った。そして、風向きをチェックして、ゾウの風下にいることを確認すると、道の横に車を止めて望遠鏡を抱えて車のボンネットの上に乗った。

20分ほど静かに群れが丘の上から下の湿地帯に降りてくる様子を、望遠鏡で観察した。ドゥームヤシの中を移動していたゾウも、開けた湿地帯に降りてくるとちょっと周りを警戒し始めた。しばし止まって後ろの気配を流し目でチェックしたり、耳をやたらパタパタしながら鼻を左右に動かして匂いを嗅いだり。さっきまでの茂みの中のゆったり平和な雰囲気とはずいぶん違う。
そして、風向きが変わりゾウたちが風下になった瞬間、群れ全体が一瞬体を動かすのをやめて時がフリーズした。群れのメトリアーク(メスのリーダー)が鼻を頭の上に掲げて匂いを嗅いでいる。人間の匂いに警戒したメトリアークは開けた湿地帯からすぐさま急いで群れを移動させ始めた。〝急ぐのよ〟と指示しているのか、他のゾウたちも早足で移動し始めて、あっという間に60頭あまりいたゾウたちがみんな茂みに隠れてしまった。あまりにも人慣れしていない野生のゾウに出会い、私はこのゾウたちが生きのびようとしているこの厳しい自然を守る活動にかかわっていきたいと思った。
(文と写真 滝田明日香)
たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。
「アフリカゾウの涙」の寄付のお願い
みなさまからの募金で、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬と密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入とメンテナンス、免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。そしてこれからは、これまでの活動に加え、滝田が中心となり、ケニア沿岸地域における野生動物の治療活動、小型飛行機を活用した海洋生物のモニタリングといった新たな取り組みを開始していく予定です。陸と海の双方から野生動物を守る活動を広げていくため、引き続き皆さまのお力添えをどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
(アフリカゾウの涙 事務局)
寄付振込先
三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ
※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。
※2 ケニア南東部、インド洋のフォルモサ湾にのぞむ港町。モンバサ北北東約 190km、タナリバーの河口に位置。サイザルアサ、綿花、サトウキビなどを産し、漁業が行われている。

