1000匹の羊の群れと暮らす遊牧民家族。トレーラーに住み、平原から山地へ250㎞の大移動

通信技術の発達や多様な労働環境の広がりを受け、「ノマドワーカー」と呼ばれる働き方が近年増加している。一方、その語源である「ノマド(遊牧民)」の人々は自然の中に身を置き、季節の変化に順応しながら生活を送ってきた。イタリア北部で羊飼いとして生きる、ある家族の暮らしを追った。

人類学者のエレナ・ダクは世界各地の遊牧民コミュニティに密着し、その暮らしや文化を調査してきた。コロナ禍で国外でのフィールドワークが難しくなった彼女は、当時住んでいた家からほど近いイタリア・アルプスのドロミテ山地を訪れたのを機に、このたびの取材対象となる羊飼いの一家に出会う。

生まれて間もない息子のマーティンを連れた、妻アリスと夫ファビオの三人家族だ。夫婦は遊牧民としての生活を10年近く続けている。ダクは写真家のブルーノ・ツァンツォテーラとともに、一年間の密着取材を彼らに打診した。「牧畜の仕事を妨げないという条件のもと、後を追わせてもらえることになりました」とダクは言う。

動物たちの様子を気にかけながらのランチタイム Photos: Bruno Zanzottera

1000匹もの羊の群れのために牧草地を探し続けなければならない彼らの暮らしは、常に移動を余儀なくされる。夏を迎える頃には毎年、イタリア北部のポー平原からドロミテ山地へと約250㎞の大移動を行う。7月から9月にかけてドロミテ山地の牧草地帯を転々とした後は、再び低地へと戻り冬を越すための準備を始める。

9月の終わりにドロミテ山地を離れ、低地へと向かう一行 Photos: Bruno Zanzottera

生活が特に厳しい冬から5月にかけては、草が生え残ったヴェネツィア周辺の非耕作地を旅しながら羊たちを養う。夏の間はドロミテ山地に土地を借りてエサ場を確保しているが、それ以外の時期は土地の所有者への交渉がそのつど必要となる。交渉は毎回成功するとは限らず、先の読めない日々の連続だ。こうしたライフスタイルに“休日”は存在しない。

子羊たちが生まれる春には、外敵から幼い命を守るため牧羊犬が活躍する。暖かさで不要となった羊毛を刈り取るため、ヴェネツィア近郊に住むニュージーランド出身の毛刈り職人を訪れるのもこの頃だ。しかし、刈り取った羊毛は市場では大した値がつかず、夫婦の収入源にはなっていない。彼らの生活を支える唯一の手段は、食肉業者との羊の取引だという。

身体の弱い子羊たちは、トレーラーとは別のオフロード車に乗せて移動する Photos: Bruno Zanzottera

ヴェネツィアを州都とするヴェネト州には、アリスとファビオのような羊飼いたちが60〜70人ほど暮らす。どの家庭もオスとメスの割合を均等にそろえることで、新たに羊を購入することなく飼育数を維持するよう努めている。

育児と動物たちの世話で忙しい日々が続く二人だが、将来的には夏の間、山地に家を借りてマーティンを学校に通わせたいと考えている。いずれは牧畜のための土地を所有することも目標だ。

アリスとマーティン、牧羊犬たち。住居代わりのトレーラーの前で Photos: Bruno Zanzottera

多くのノマドワーカーのように時間や場所を自由に選んで働くのは難しいものの、トレーラーを住居の代わりにするなど、遊牧民の伝統に縛られない生活を夫婦は送っている。マーティンもそう遠くないうちに、両親を手伝うようになるだろう。(Alan Attwood, The Big Issue Australia/編集部)

メインビジュアル:ドロミテ山地で羊の群れを率いるファビオ Photos: Bruno Zanzottera

(参照)The Guardian  

2023-04-01発売の『ビッグイシュー日本版』452号から転載しました。

『ビッグイシュー日本版』の購入

『ビッグイシュー日本版』は、全国の路上で販売者からお買い求めいただけます。お近くに販売者がいない場合は、委託販売・定期購読・通信販売でのご購入もご検討ください。