公共交通機関がないオーストラリアのビクトリア州、サウス・ギプスランド海岸エリアにはいま、電気バスが2台運行している。屋根に太陽光パネルを取り付けた10人乗りの小型バスには、それぞれサンディとサニーという名前がつけられている(バスの側面には「Hi, I’m Sandy!」の文字も)。地元の高齢男性たちが集うコミュニティ「Men’s Shed(男性たちの小屋)*1」のメンバーらが運転手を務め、車体メンテナンスや充電も担っている。環境への影響を最小限に抑えながら人々を目的地に運ぶこのバスは、地域コミュニティ発のイノベーションである。
*1 退職者たちが集まり、ものづくりなどを通して地域社会を支援する小さなコミュニティ。90年代半ばから始まり、現在オーストラリア全体で1,300以上存在する。https://mensshed.org/about-amsa/
ボランティア主体で2年間の試験運行中
バスも電車もタクシーも運行していないこの地域で、ほぼすべてボランティアが運営し、運賃は「払える額だけ」のコミュニティバスサービス。従来にはなかった公共交通のあり方が、地域活性化の鍵となるかもしれない。サンディ・ポイントの住民で、2年間のパイロット事業を監督してきたフランク・シュレヴァーはいう。「サンディ・ポイントもヴィーナス・ベイも公共バスが走っていないので、車を持たない人や運転できない人は誰かの車に相乗りさせてもらうしかありませんでした。地域の交通を改善する良いアイデアはないかとずっと考えていたんです」
人口はヴィーナス・ベイが約900人、サンディ・ポイントはわずか310人強と、どちらもとても小さな街だ。高齢化がすすみ、運転を止めた住民も多い。地元住民を生活拠点(店舗、病院、学校など)へ運ぶのがバスの主な利用目的だが、夏休みになると、数千人の人々が押し寄せる街でもある。さまざまな世代の人々が訪れ、ビーチへ、店舗へと、多様なニーズに応える必要がある。
ボランティア運転手のリック・マーティン(中央)と、オランダからの旅行者ウィルとウィム。 Photo by Frank Schrever.
当初は、決まったルートを決まった時間に巡回するバスを構想していたが、2024年3月に試験運行が始まって以降、地域のニーズに合わせて変化し、いまはオンラインで予約する配車サービスのような運用となっている。英国ウェールズのオンデマンドバス「fflecsi」*2など、海外の先進的な取り組みも大いに参考にした。これまでに220人以上の住民がコミュニティバスを利用し、継続利用者も多い。
「交通の便」を超える社会的意義
コミュニティバスの常連の一人セリア・ロッサーは、地元の有名人だ*3。水彩画シリーズ『The Banksias』で知られる植物画家で、オーストラリア勲章、名誉博士号、さらには女王との3回の謁見など数多くの栄誉を受けてきた。93歳になった今は車椅子を使い、高齢者施設で暮らしている。車椅子用のリフトがあり、バリアフリー設計のサンディを、息子のアンドリューとともによく利用する。自宅とフィッシュクリークにある自身のギャラリーを行き来する唯一の交通手段なのだ。「母に活力を与えてくれたのは間違いありません」と話すアンドリューは、障害者や高齢者向けの、より安全な道路整備とサービスの充実を訴える活動を行ってもいる。「母と一緒にギャラリーに足を運び、絵を描くことができていなかったら、母はこんなに元気にしていたかどうか……。 母にとって、絵を描くことは大きな愛情表現ですから」。
*3 The Artist – Celia Rosser
セリアのような利用者にとっては、ある場所からある場所へ移動できるということに、寄付として払っている運賃以上の価値がある。「なので私は、サニーやサンディが人助けに来てくれる!と言っているんです」と、パイロットプログラムの評価メンバーを務めるダイアナ・ヘザーリッチ(ラ・トローブ大学)は話す。親が入院してしまった子どもの通学手段になったり、地域で唯一のバリアフリー対応の移動手段になったりと、住民のさまざまな困りごとを解決してきたサニーとサンディを「ちょっとしたヒーローのようです」と称賛する。人々が地域社会に参加しやすくなる、雇用が活性化する、飲酒運転が減少するといった長期的メリットにもつなげていきたい考えだ。
資金面が自立運営の課題
ビクトリア州運輸局からバス購入費として約25万オーストラリア・ドル(約2,500万円)の助成金に加えて、「iMOVE オーストラリア共同研究センター」からも財政支援を受けて実現した試験運行は、2年以内に完全な自立運営を目指している。サンディとサニーの運行にかかる費用は、1台あたり年間約4千ドル(約40万円)と試算され、この費用を利用者からの寄付運賃でまかないたい考えだが、生活費の高騰により支払いができない人もいれば、単に支払いを拒否する利用者もいて、経営的には厳しいのが現状だ。
サービス存続に向けた最短の道は、できるだけ多くの人に利用してもらうことだが、公共交通機関がないことに慣れてしまっている地域ではそれも容易ではない。「サービス開始にどれくらいの時間がかかるのか、地域の人々に利用してもらうのにどれくらい時間がかかるものか見当もつきませんでした。ずっと公共交通機関がなかったので、自家用車でなんとかするか我慢することに慣れてしまっている人が多いですから」
でも、「このバスのコンセプトを地域の人々に紹介するイベントを企画しようと思っています」と、ヘザーリッチ明るい表情を見せる。「みんなでバスに乗って、フェスティバルや展覧会、音楽会に出かけるのもいいですし、住民同士の交流を促進するイベントもいいかもしれません」。ウェブサイトも随時更新している。「今夜、サンディに乗ってフィッシー・ホテルのディナーにいきませんか。まだ時間も席も余裕があります!」
政府は地域コミュニティへの支援を
試験運行終了までに、同じ悩みを抱える他の地域とも連携していきたいと考えている。「課題解決のために何をすべきか、実績をつくり、モデルケースを作り上げれば、他の地域にも共有できます」。ボランティア主体の関係者による努力に支えられての挑戦だが、今後は有給の運行管理者が必要になるだろうとシュレヴァーは主張する。ヘザーリッチも、このサービスがもたらす社会、経済、そして生活への利益を測るには、もっと長い時間がかかると指摘し、こうした数字には表れづらいメリットが定量的に計測しやすいコストの影にかくれて無視されてしまうことを懸念する。
しかし、そもそも地方のコミュニティがこうした責任をすべて負うべきなのだろうか?「私は政府に支援責任があると思います」というヘザーリッチは、政府の補助金施策の成功例として、昨年ビクトリア州の地方鉄道の運賃を、メルボルン都市部の交通機関の1日利用運賃と同額まで引き下げ、1日50ドル以上にもなっていた鉄道運賃を4分の1程度まで下げた取り組みを挙げる。「納税者として、私は自分の税金がこういったサービスに使われてうれしく思います。他の地域でも、ここでのような”つながりを生む交通”を実現していってもらいたいです」
サンディ・ポイント コミュニティ電気バス【公式サイト】
https://www.sandypointebus.com
By Mel Fulton
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo
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