オーストリア・ザルツブルクでは毎年6月、カピテル広場で開催される野外シネマに数千人もの人が押し寄せる。心疾患のある子どもを支援するため、ザルツブルク大聖堂の周囲を走るイベントも行われる。これらイベントを主導しているのは、元市会議員で、現在は個人事業主兼イベント運営者として活動するコーネリア・トエニという女性だ。ザルツブルクをより良い場所にするアイデアに溢れるトエニに、ザルツブルクのストリートペーパー『アプロポス』誌が話を聞いた。
カピテル広場/lkonya/iStockphoto
『アプロポス』誌:なぜこれらのプロジェクトを実施しているのですか?
コーネリア・トエニ: 自分が暮らす地域の生活の質を向上させたい一心です。変化をもたらすために私にできることは何だろう? と 、自分を有効活用させたい思いが湧き上がってくるんです。20年以上個人事業主として働く中で、自分が関わるプロジェクトを選べるようになりました。このありがたい状況を活用しています。困難なタスクや課題と向き合いながら、やると決めたプロジェクトを推し進める日々です。
ーこの規模のイベント開催は大変ではないですか?
最初からすぐに全員に理解され、喜んでもらえるわけではありません。でも、不可能が可能になる場合もあって、私はそれを何度も味わってきました。ある動機のもとに集結する人数が増えれば増えるほど大きな勢いが生まれ、実現がスピードアップします。ある一つのアイデアから始まり、それがはっきり言語化されると、まもなく現実になるというかんじです。
ー 野外シネマを思いついた経緯を教えてください。
私はよくいろんな場所を訪れて、そこで提供されているものを見て回っています。ミュンヘン、ウィーン、リュブリャナ(スロベニアの首都)、ロンドン、ブリュッセル、アムステルダム、インスブルック(オーストリアの都市)、これらの都市では野外シネマが開催されていました。なら、ザルツブルグでもやってみたらいいんじゃない?って思ったんです。幅広い世代が楽しめるイベントを実現するにはどうしたらいいんだろう?って。
ー 周囲の人たちからの反応はいかがですか?
市長や政治家をはじめとして多くの人は引け腰でやりたがらないのですが、私はやると心に決めていました。すると、当時のラブル・シュタットラー議長が賛同してくれたんです。最初の3年間は民間資金で運営していましたが、その後、政府も資金提供してくれることになりました。大変な道のりではありましたが、立ち上げから8年が経った今では、素晴らしい取り組みだと評価してくれる人々が増え、喜んでもらえています。
ーこの映画イベントの良いところは?
アートシアター系の上質な映画と、普段よりのんびりした雰囲気でまちを味わう機会を組み合わせているところです。普段は忙しないまちなかで、食べ物を持ち込んで、無料でレジャーを楽しめる–家族や友人と無料で過ごせるこういう場所を市内にもっと増やすべきです。
ザルツブルク野外シアターの公式サイト
https://sternenkino-salzburg.at/
ー 市会議員時代*1にも、この取り組みを強く推進していましたよね。
私には2人の子どもがいるのですが、価格が安いというだけでレストランを選びたくないのです。家族と街を歩いているときに有意義な経験をしないと、大人になったときに、その街に心惹かれるものを感じないでしょう。値段が高いから、いい場所がないからと家族で足を運ばなかったら、子どもはその街によい思い出を持つことがない。すると、大人になってもまた行きたいと思えない、それは残念なことです。
*1 政党 NEOS (オーストリア自由フォーラム)の市会議員を務めていた。
元市会議員として、そして一人の母親として、トエニには実現したいビジョンがある Photo credit: Andreas Hauch
ー 街の魅力を高めるため、行政にできることは?
市会議員時代から、私はザルツアハ川岸の整備の必要性を訴えていました。川岸に行くには車で遠回りしなければならず、車を持っていない人は行くことすらできないですし、ベンチもありません。ザルツアハ川とその岸辺というこの街にすでにあるものの魅力を高めることが環境にもやさしいまちづくりになります。ですが、まだ地方議会の賛同を得られていません。一部賛同している人たちも、私の所属政党との関連で、そうだと明言できなかったのだと思います。
ー政治の世界を経験して、いかがでしたか?
政治家になった2014年当時、私は強い意気込みといろんなアイデアを持っていました。ですが市会議員を5年務めて、本気で何かを変えようとしている人はいないのではと思うようになりました。問題は行政にあると思います。良い経験ではありましたが、正直、また挑戦しようとは思いません。市長に反対されながらも実現にこぎつけたのは、「The Last Witnesses」という事業だけです。
ー どんなプロジェクトですか?
マルコ・ファインゴールドなどホロコースト生還者を題材にしたお芝居です。生還者の個人的体験を基に、ホロコーストの恐怖について洞察できる作品です。ブルク劇場で10回、ドイツでも30回上演され、観客からの評判も上々でした。スポンサーの支援のおかげで、2015年にザルツブルク州立劇場での最終公演が満席で開催されました。
ープロジェクトが思うように進まないときはどうするのですか?
シンプルに動かせるプロジェクトなどなく、常に困難がつきまといます。私はそれらを課題としてとらえ、解決策を模索します。それが私の仕事です。簡単には諦めませんし、何か情熱を傾けられるものがあるかぎり、問題を乗り越える策を探し続けます。
ー6月に開催した心疾患者支援イベントについて教えてください。
心疾患のある子どもたちを支援するチャリティマラソン大会を行いました。午前は2千人超の生徒たちがザルツブルク大聖堂の周りを走り、午後は心疾患当事者たちによるお楽しみランを行いました。共通するのは、運動しながら心疾患のある子どもたちをサポートするということです。今年は、何度も心臓の手術を受け、シングルファーザーと暮らす自閉症の少年ヴィクトールのために走りました。
ー心疾患の子どもをサポートするというアイデアを思いついたのですか?
私の子どもも心臓病なので、いかに家族にとって大変な状況になるかを身を以て経験したのです。 片方の親が子どもの入院生活に付き添い、もう一人の親が家族を経済的に支えながら、きょうだいの世話をする状況が、何週間、何ヶ月、ときに何年も続くため、耐えきれない家庭も少なくないのです。経済的問題など数々の困難に直面し、実際に心疾患の子どもがいる家庭の約8割が崩壊しています。2年前にこの取り組みを始めましたが、今後も毎年行う予定です。
ー 心疾患の子どもがいるという経験について聞かせてください 。
娘には複雑な心臓欠陥があります。妊娠時から、赤ちゃんは長く生きられないと言われ、その衝撃が私の人生を大きく変えました。娘は生まれてすぐに手術を受け、病院で何週間も過ごし、大変な思いをしました。ですがその後、彼女は驚異的に回復し、家に連れて帰れることになりました。「これが私の生きる道。私には力がある」と、勇敢な姿を日々見せてくれています。最悪の事態が最高の事態に、まさに奇跡が起きたと思っています。
ーそうした困難な状況にある親にアドバイスはありますか?
大切なのは、あなた自身を大切にすることです。私もすぐに自分のことを後回しにして、疲れ果てていました。最初は、ああ、これで私自身の生活もキャリアも終わりなの? と思っていましたが、娘の状況が良くなるにつれ、私自身のことも考えられるようになりました。すべてが病気の子どもを中心にまわり、母親がないがしろにされては元も子もありません。逆境にぶつかろうが、合間をぬって何か自分のためになることをすべき、これが実体験を通して痛感したことです。
ー 日々の活動をどんなふうに管理していますか?
子どもたちも12歳と17歳になりました。フリーランスとして自宅で仕事をしている私は仕事と家庭の両立が取りやすいですが、当然そこには一定のリスクがあります。固定給のある仕事とは違い、自営の不安定さもよくわかっています。でも、私にはこうする他ないのです。病気の子どもの面倒を見ながら、朝8時きっかりに出社し続けることをあきらめた人をたくさん見てきました。企業側の対応が必要だと思います。
ー あなたのプロジェクトにインスピレーションを与えるものとは?
うまくいってないことに文句を言ってるだけなのがいやなんです。状況を良くするため、責任を持って何か事を起こすのが私のやり方。何か自分にできることをしたくって、「私に何ができる?」と常に自分に問いかけています。
ー 次なる目標は?
ずっと前から、社会事業の一環として、若者と高齢者が一緒に食事できるカフェを開きたいと考えていました。孤立はここザルツブルクでも大きな社会問題となっていますから、高齢者の孤立や貧困を和らげるためでもあります。2022年から7人のメンバーで取り組み始め、とても順調です。
そもそものきっかけは、夫に先立たれた高齢女性が孤独に苦しんでいると綴った記事が日刊紙に掲載されたことです。600人以上の読者から新聞社に共感の声が寄せられたのです。2022年5月、そうした人たちをSt.Virgilホテルに招待し、文化、ダンス、ハイキング、クリエイティブワークなど、興味のある分野ごとのグループをつくりました。そんな取り組みの中で、世代を超えて集えるカフェがあったらいいのにという話が出たんです。
ー進捗はいかがですか?
実現に向け努力を重ね、現在進行形で進んでいます。こうしたプロジェクトではいつもそうですが、他の人たちの協力が欠かせません。どんなプロジェクトもうまくいかなくなる可能性があるので、リスクを取るのはあらゆる面で勇気がいります。でも、不可能が可能になることを身を以て経験してきたので、あえて挑戦する道を選びたいと思っています。
プロジェクトを現実化するため、自分にできることをすべてやる。チャンスを逃したくない一心です。でも、私自身が働き続けるわけにはいきません。これまで、タイミング良く、出会うべき人に出会うことができているので、自信だけはあります。“あなたは自分が思っている以上のことができる” ということを読者のみなさんにもお伝えしたいです。
By Monika Pink
Translated from German via Translators Without Borders
Courtesy of Apropos / INSP.ngo
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