公共施設とは一体だれのものなのだろうか。
そんななか、これらのトラブルとまさに同じテーマを持つ映画、『パブリック 図書館の奇跡』が上映されることになった。映画の舞台はアメリカ・シンシナティ。大寒波の到来によって命の危機を感じたホームレスの人々が、図書館のワンフロアを占拠するというストーリーだ。
7/17(金)公開『パブリック 図書館の奇跡』/予告編
この公開を記念して2020年7月8日、『映画を通し考える、日本の公共性を持つ空間のあり方と未来』というイベントがオンラインで開催され、NPO法人ビッグイシュー基金のスタッフ、川上が登壇した。
公共とは、パブリックとは何なのか、そして今私たちにできることは何なのか。そんなことを深く考えさせられたイベントを、レポートする。
公共施設はだれのもの? その対話が生まれない日本の現状
2019年の統計では、公共図書館は全国に3,303館。(※日本図書館協会の資料より)
図書館は誰もが知っての通り、本の無料貸し出しを行う場所であり、同時にセーフティネットの意味合いも強い。前県立長野図書館館長の平賀研也さんは、「日本でお金をかけずに、目的なくていられる場所は、図書館と公園くらいしかない」と話す。
一方でそのセーフティネットをだれもが使えているかというと、そうとも言いきれない。
「とくに公園で顕著ですが、ホームレス状態の人が長くいれば、通報されることがあったり、じろじろと見られたりと、いづらさを感じることも多いと聞きます」
川上は、公共施設における現状をこのように話す。『公共の場』だから、みんなが使う場だからという理由で、路上生活者を排除する現状があるのだ。
グランドレベル代表で、私設公民館とも言える『喫茶ランドリー』のオーナーも務める田中元子さん(※)は、日本に強くみられるその傾向をこう指摘する。
※田中さんはパーソナル屋台を製作、まちに出てコーヒーを配り、“マイパブリック”空間を創造する活動を行っている。『ビッグイシュー日本版』334号にも登場。
「私は街なかへのベンチの設置を広める活動もしています。そういうときに行政や企業の方から必ず言われるのが、『ベンチでホームレスが寝たらどうするんですか』という質問。決まって私は『どうもしませんよ』って言います(笑)。ホームレスの人たちに自分の権利を奪われているというおごりと、怒りと、自分も被害者という意識。独特のさもしさが表れていると思っています。同時に自分はホームレスにはならないって信じ切っている人がとても多いのが私には不思議です」
これだけの経済危機を迎えたコロナ禍の日本でも、ホームレス状態になってしまうのは特別な人、他人事だととらえる風潮は根強い。
一方で、現場に起きている葛藤についても慎重にならなくてはならない。映画のなかでは、図書館員である主人公のスチュアートが、においを理由に路上生活者を排除したとして訴えられる場面がある。
イベント参加者からも、「あるベテラン図書館司書員が以前話した『ホームレスの人を図書館に入れるべきではない。図書館は社会福祉施設ではない。彼らを収容するのは図書館の役割ではない』という言葉が忘れられない。この映画のような緊急避難の場合はともかくとして、普段からこの葛藤は現場にあると思う」というコメントが入った。
現場での葛藤を、平賀さんは包み隠さず吐露してくれた。
「日々の深刻な問題として、においの問題というのは確かにあります。過去にはホームレスの人とうまくコミュニケーションがとれず、つかみ合いになってしまったことも。そこにあるのは『対話ができない』という問題です。映画のなかでは、主人公のスチュアートとホームレスの人との間に対話が起きるわけですが、その状況がなかなか生まれてこない」
「〇〇禁止」の貼り紙が阻害する、生のコミュニケーション
川上も平賀さんの言葉に同意しながら、「しかし全く手立てがないわけではない」と、話す。
「『こんにちは』と話しかけ、ウェルカムするところからしか、関係性を築くことはできないのではないかと思います。対話が難しいと思っているのは、図書館員や行政の人だけではなく、ホームレスの人も同様です。行政の人と話すのがとても怖い、どう思われているのか不安と感じているホームレスの人も多くいます」
それを受け、公共施設のいたるところに貼られた「〇〇禁止」という貼り紙こそが、対話を生まない原因になっているのではないかと平賀さんが言葉を重ねる。
「『あの貼り紙にそう書いてあるから、これはだめ』と言い、生のコミュニケーションを避け、さまざまなものを排除してしまう現状がある」
長野県立図書館の館長に就任した際、まずはすべての貼り紙をはがし、職員と一緒に本当に必要な禁止事項について考えていったという平賀さん。禁止の貼り紙がなくなると、「これはどうすれば?」と聞きに来る人が多かったそうだが、「答えはない、みんなで考えていこう」という姿勢を示し続けたそうだ。
対話の重要性に、田中さんも大きくうなずく。
「公共施設だから、だれでも平等に、全員を受け入れましょうというわけじゃない。くさいと感じたら、くさいですって言えばいいと思うんです。ただ、今は一斉排除になってしまって、議論や対話が生まれていないことが不健全。ある女性から最近、パブリックの語源はラテン語の「pubes」(陰毛)だということを聞き、それがすごく示唆的だと思ったんです。要するにパブリックは大人のもの、成熟したもの。人を慮ってケアするから、育つものであって、行政が準備してくれて、そこに突如表れるものではないはずです」
どんな公共施設がいいのか、ホームレス状態の人も含めて話していくこと。そしてそのためには挨拶から、地道に関係性を作り上げていくしかないのだろう。
そして、ホームレス状態の人が公共施設を使用することについて、もう一つ、おさえておきたい点としては、税金の問題だと、司会でアカデミック・リソース・ガイド(arg)
代表の岡本真さんが話す。
「住民税を払っていないホームレスが無料の施設を使っていいのかという意見は、この手の議論のときに必ず出てきます。しかし前提として、図書館を運営している資金は、みなが先払いしてきた税金。現在ホームレス状態にある人でも、以前働いていたときに税金を納めているかもしれないし、買い物をすれば消費税だって払っている。その視点を忘れてはいけないと思う」
また、税金は自分だけ、多数派にだけ還元されるものではない。自分たちが解決できない問題に対して、ほかのだれかが役割を担うためにも税金は使われていることが、社会の共通認識として広がっていけば、寛容な社会が生まれてくるのかもしれない。
一人ひとりが声をあげ、自治を育む
みなが理想とするパブリックを作っていくために、私たちには何ができるのだろうか。田中さんはこう話す。
「私は自分の活動を、マイパブリック、お手製の公共だと、よく言います。公共施設がなくても、たった一人の人でも、誰もが不特定多数の人と公共性を結ぶことはできると私は思っています。一箇所で理想のパブリックを作っていくのは難しい。だから、みんなが少しずつ自分の持っているものを差し出して、多種多様なセーフティネットのレイヤーが作れるといい」
この映画を見て、『自治』について考えたと言うのは平賀さんだ。
「この映画は民主主義とか権利とか自由がテーマだと思う人がいるかもしれませんが、僕は自治、つまり自分たちで決めていくことの多様さを、どれだけ抱え込めるかがテーマなのではないかと感じました。『自分たちで声をあげよう、決めていこう、そうすれば自分たちのパブリックを変えていけるんだ』、そういう映画だと。多様な自治ができるコミュニティを、我々も育んでいかなければならないですね」
二人の声を聞き、ビッグイシュー基金で大切にしていることに触れながら、川上は自己決定の大切さについて話した。
「ビッグイシュー基金では『自己選択』、『自己決定』できることを自立の第一歩と考え、大切にしています。これはホームレスの人だけではなく、ほかの人も同じではないかと。行政の人もある種の勇気を持って、市民が自己選択、自己決定していく場を作っていかなければならないと思う」
川上の言葉に全員が頷き、司会の岡本さんはイギリスの政治学者アーネスト・バーカーの『government by discussion』という言葉を紹介してくれた。この言葉の意味は『討論による統治』だ。
「喧々諤々しながら、ときには失敗もしながら、言葉の力を信じて言葉のなかで自分たちを治めていくという言葉です。要するに自己決定すること。そこに私たちは取り組んでいかなければいけない。自己決定すると、結果に対してリスクテイクをしていかなければならないし、結果から逃げられない。それがわかったときに私たちは、リスクを背負い挑戦する人に優しくなれるのではないか。失敗が自己責任だと責められる社会を終わりにし、みんなで支えていかなければならない」
自立した社会の一員として、自治を育んでいくことでしか、理想のパブリックは作り上げられないのだろう。
公共は、パブリックはだれのものなのか。そこに答えはない。
避難所にホームレスの人が入所を拒否されたと報道で目にしたとき、行政のありかたの批判をし、弱者が虐げられたと嘆く人は多かった。そんな人々には「既存の公共施設を否定するだけでは、何も生まれない」という岡本さんの言葉が突き刺さるだろう。
このような結果を招いてしまった一端は、誰にでもある。誰かが作ったルールに頼りきり、対話を避けてきたツケがまわってきている。
平賀さんはこのように言った。
「この映画はホームレス状態の人と公共施設というテーマで描かれていますが、どうか自分ごととして見てほしい」
いつ何が起きるかわからない社会のなかで、自分の居場所を作るのは、自分自身なのだということを忘れないでいたい。
イベント「映画『パブリック 図書館の奇跡』公開記念 映画を通し考える、⽇本の公共性を持つ空間のあり⽅と未来」(2020/7/8(⽔)開催)
司会:岡本真
登壇者:
田中元子(株式会社グランドレベル代表取締役社長、喫茶ランドリーオーナー、『ビッグイシュー日本版』334号特集に登場)
平賀研也(前県立長野図書館長)
川上翔(NPO法人ビッグイシュー基金 プログラム・コーディネーター)
サムネイル画像:Judith E / Pixabay
Text:上野郁美
映画『パブリック 図書館の奇跡』 2020/7/17〜公開
https://longride.jp/public/
『ビッグイシュー日本版』の「図書館」「公共」関連号
THE BIG ISSUE JAPAN387号
「監督インタビュー」に『パブリック 図書館の奇跡』のエミリオ・エステベス監督が登場。
https://www.bigissue.jp/backnumber/387/
THE BIG ISSUE JAPAN334号
自分で作る公共=「マイパブリック」の事例として、田中元子さんが登場。
https://www.bigissue.jp/backnumber/334/
THE BIG ISSUE JAPAN327号
あなたもつくれる! 小さな図書館
https://www.bigissue.jp/backnumber/327/
THE BIG ISSUE JAPAN304号
にぎやか、問題解決――いいね!図書館
https://www.bigissue.jp/backnumber/304/
THE BIG ISSUE JAPAN345号
みんなで使おう!「遊休公共スペース」
https://www.bigissue.jp/backnumber/345/
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