やってきたことは、すべて「つなぐ」作業だったと気づいた/マサイマラ20年を振り返る その2

ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。マサイマラでの活動が20年を過ぎ、今年マサイマラを離れることを決めた滝田さんが前回(521号に掲載)と今号のケニア便りで、マサイマラでの活動を振り返りながら、これからの計画を語る。

後任になってくれた獣医
情熱的に動物の後を走り回る若者

 マサイマラを離れると決めた瞬間から、頭の中にずっと引っかかっていたのが、「では次は、誰がマサイマラで動物たちに向き合ってくれるのか」という問いだった。
 施設も、ユニットも、犬たちも、仕組みとしては整いつつあるけど、私の本職の獣医の仕事を受け継いでくれる人がいるだろうか。私の後任になってくれる獣医を見つける必要があったけれども、これがやたら難しかった。

 マサイ族の男性は、まず同じアフリカ人女性からの指示は受けない。そして、年齢的にも40代以上の人でないと、なかなか指示を出しても聞いてくれない。子どものいない人となると、さらに聞く耳ももたない。私も子どもを産むまで、そして40代になるまでずっと指示を出しても聞いてもらえなかったり、せっかく仕事をプランニングしても理解できない理由でドタキャンされたりすることも、しょっちゅうだった。

 たとえば20代、30代のアフリカ人の女性獣医なら誰も言うことを聞いてくれないので、〝指示を出す〟必要のある立場の獣医としてはかなり苦労することになる。がんばって闘い続ければ、外国人女性なら渋々いつかは指示を受け入れるようになる可能性はあるが、同じアフリカ人同士だと不可能に近い話である。そして、マサイは他の部族を嫌うので、同じアフリカ人だと部族問題も出てくる。

 そして、獣医の仕事には若さと体力が必要。野生動物の知識は現場で覚えることができるが、体力と年齢は無視できない。マサイマラでの野生動物治療は通常、教科書通りには進まない。照りつける太陽の下で何時間も車で走り回り、時には車を降りて動物に接近し、失敗が許されない〝一瞬の判断〟を繰り返す。知識や経験だけでは足りず、身体そのものが道具になる世界だ。 後継者に誰がいいかを検討している時に頭に浮かんだのは、先だって行った50頭のゾウの大移動の現場だった(※2)。人と衝突を起こしていたゾウを、その地域から安全な保護区へ移送する大規模な仕事だった。ゾウの麻酔、モニタリング、輸送、そしてゾウを覚醒させるまで、すべてが綱渡りのような仕事だった。

 その現場に、見習いとして参加していた若い獣医がいた。口数は多くなかったが、必要な時には的確な質問をし、とにかくフットワークが軽い。情熱的に動物の後を走り回っていて疲れを見せないという印象があった。そして、男性でインド系のケニア人なので、マサイの嫌がらせにあう可能性が低いということなどが、条件に合っていた。

4人の獣医師学生見習い。真ん中が、後任の新しい獣医師

 その後、彼に後継者として獣医の仕事についてもらった。予想通りにマサイの嫌がらせにあって悩んではいたが、まぁ、なんとか耐えることができるタイプだった。動物たちが生息するサバンナの自然の大変さ、極度に男尊女卑なマサイと一緒に毎日仕事をしていくことなどハードルは高いが、がんばってくれそうな人材が見つかってホッとした。

相棒だった小型機バットホーク
海岸地方でジンベエザメの調査へ

 一方で、空の仕事の方では後継者を見つけることができなかった。小型機バットホークは私にとって、野生動物モニタリングや緊急対応で、何度も動物たちの命を救った相棒だった。最初はマサイマラで若いパイロットを育てるという構想もあったが、現実は甘くなかった。小型機を、しかも未舗装滑走路で日常的に操縦したいという若いマサイは驚くほど少なかった。さらに言えば、ケニア国内でバットホークを正式に扱える人材は、ほぼ私一人という状況だった。このままでは、飛行機も一世代で終わってしまう。

マサイマラでイアノッチング(クロサイの個体識別のために耳に刻みパターンを入れる)の時、一緒に飛んだ女性レンジャー

 そんな理由から、バットホークをこれから私が移り住む海岸地方で活用することを考え始めた。サバンナとは違うが、海にも空を飛ぶことで守れる命がある。特にジンベエザメのモニタリングは、空からの観察が非常に有効だ。
 しかし、ここでも難しい現実が立ちはだかった。海岸地方でのハンガー(機体保管場所)が、どうしても見つからない。ハンガーがなければ、私の飛行機は冗談みたいに軽いので強風で機体がひっくり返る。そして海岸地方の野外の滑走路に停めてしまうと、潮風にさらされて金属は確実に傷む。海岸地方でいくつもの場所を回り、ハンガーを建てる交渉を重ねたが、10ヵ月経っても決まらなかった。

 それでも今回は、ジンベエザメの個体数調査という明確な目的があった。期間限定で、バットホークをマサイマラから海岸へ移動させることにした。久しぶりにエンジンをかけた時、独特の振動が身体に伝わってきた。空から見下ろすサバンナは、相変わらずとても壮大。遠くに見えるゾウやキリンたちの見慣れた風景は、久しぶりに見てもやっぱり素敵な光景だった。

マサイマラの上空をずっと飛んできたバットホークは、海岸地方に移動させる

 マサイマラにも、海岸線にも、それぞれに守るべき命があり、物語がある。ふと、これまで自分がやってきたことは、すべて「つなぐ」作業だったのだと気づいた。人と動物をつなぎ、現場と制度をつなぎ、世代と世代をつないできた。マサイマラを去るという決断は終わりではなくて、次の世代にバトンを渡すという、最後の最も重要な仕事の始まりなのだ。

 地上では若い獣医が一歩ずつ経験を積み、犬たちは新しい世代に仕事を教え、空ではバットホークが、また役目を果たそうとしている。そして私は、少しだけ立ち位置を変えながら、それらすべてがちゃんと次へ渡っていくのを見届けようとしている。
 久しぶりに訪ねたマサイマラで、ここで学び得たものは、土地に根付いていることを感じた。人が去っても、思いと仕組みは残る。なんか、ちょっとうれしい気持ちになった。そんなことが、この30年のケニア生活で私が得た、最大の収穫なのかもしれない。
(文と写真 滝田明日香)

※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。 ※2 本誌509号、511号、513号、515号に掲載

たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。

アフリカゾウの涙」の寄付のお願い
みなさまからの募金で、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬と密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入とメンテナンス、免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。そしてこれからは、これまでの活動に加え、滝田が中心となり、ケニア沿岸地域における野生動物の治療活動、小型飛行機を活用した海洋生物のモニタリングといった新たな取り組みを開始していく予定です。陸と海の双方から野生動物を守る活動を広げていくため、引き続き皆さまのお力添えをどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
(アフリカゾウの涙 事務局)

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トクヒ)アフリカゾウノナミダ