探知犬と追跡犬のユニット。次世代が育ち、認証試験にも合格/マサイマラ20年を振り返る その1

ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2025年12月、東京で行われたNPO法人「アフリカゾウの涙」のイベントで、滝田さんから「マサイマサラでの活動が20年を過ぎ、今年マサイマサラを離れることにしました」と報告があった。今回は滝田さんがマサイマサラでの活動を振り返る。

成人してから人生はマサイマラ
離れる決心は、2つの理由から

 1996年に初めてマサイマラの自然と動物たちに魅せられてから、今年で30年。ナイロビ大学を出てケニア獣医師免許を取り、再びマサイマラに獣医師として戻ったのが2006年。そこから2年間マサイランドにてジステンパーと狂犬病ワクチンキャンペーンや牧羊犬を使って肉食獣による被害を防ぐプロジェクトなどを通して野生動物の命を守る活動を始め、2008年からは保護区管理施設にて働き始めた。初めは野生動物治療の許可がなかなか下りず、追跡犬ユニットを作ることから始めた。
連載第1回の記事

追跡犬を密猟対策パトロールに組み入れていき、その次に公園のゲート2ヵ所に象牙探知犬ユニットをおくことに成功した。その後、野生動物治療のモバイルユニット結成と小型飛行機によるモニタリングにかかわってきた。そして、気がついたらマサイマラでの生活が20年にもなった。

 2025年の年越しを迎えた時点で、私はマサイマラの土地を去るという大きな決心をした。成人してからの人生はずっとマサイマラだった。この土地でアフリカでの野生動物保護のすべてを学んできて、友人関係もすべてマサイマラである私がそう決めたのは、二つの大きな理由からだった。一番大きかったのは子どものこと。小学校から離れ離れに暮らしてきて月に数日しか会えなかった息子も、あと2年で大学に入る歳になってしまった。17年間保全の最前線に立って野生動物の命を一番優先してきたということは、17年間家族のことを優先してこられなかったということ。この2年間を逃してしまうと、この先一緒に同じ家で住めることはなくなってしまうだろう。私と同じ野生動物獣医になりたいと言っている息子なので、大学に行ったらいろいろな場所を回って家には帰って来なさそうだ。そんな大人になってしまう前に昔みたいに一緒に住みたいという思いがひしひしとわいてきた。

 そして、もう一つの大きな理由が、私自身の年齢による反射神経の鈍りだ。たとえ1秒でも判断を間違えると、動物によって自分自身が怪我をするか殺されるか、周りの人間が怪我をするか死ぬか、または動物が死ぬか、それが野生動物治療の世界だ。フィールドで活動する人間にとって、反射神経の鈍りは致命的である。車で動物をダーティングする(麻酔銃で麻酔薬を打つ)場合はまだいいのだが、マサイマラのキリンなどの治療でサバンナの中を走り回ることが多いケースでは体力的な限界を感じていた。

 そんな中、自分一人で突っ走っていては、野生動物保全の活動は一世代で終わってしまうということに気がついた。次の世代につなげることがなければ、続かない。私がマサイマラに対してできることは、新しい世代に今までやってきたことを教えてバトンを渡すということだと実感した。そしてバトンを渡すのには、ちゃんとすべてのユニットを整えてから手渡しをしなければならないと。

追跡犬・探知犬を使う密猟者逮捕
認証があれば、正式に認められる

 まずは、探知犬のユニットだ。すでに前年に次の世代を築き上げるために、現役で働いている犬たちの引退前に新しい子犬の訓練をし始めていた。最初に自分たちのユニットの雌犬の出産を期待したが、すでに高齢であったために子犬3匹しか産まず、生まれた子犬も2匹はすぐ死んでしまった。1匹で訓練をするのは難しいので、ライキピア地方で3ヵ月になる子犬を4匹見つけてきて訓練をすることにした。子犬を訓練するのはハンドラーたちがもう何度も挑戦していることもあって、半年をかけて、いい追跡犬たちに育て上げてくれた。

よく追跡犬の訓練をしてきた草原を見下ろす丘にて

 探知犬についてはまだ若い犬たちがいるので、子犬を育てることは考えていなかった。しかし不思議なことにある日、突然ハンドラーから電話がかかってきて、「シロが子犬を産んだ」と。いつも雄と雌を分けていたのだが、仕事で遠出する時に一度、同じ車のケージに入れて移動した時があったらしい。しかも、まだ2歳にもなっていなかった初の妊娠でほとんどお腹が出ていなく、ちょっと体力が落ちたと思っていたぐらいで誰も気づかなかった。その日も午前中の仕事を終えて午後にハンドラーが戻ってきたら、ケージで子犬が3匹産まれていたらしい。みんなが驚いた出来事だった。そして、その子犬たちも少し成長したので探知訓練を開始した。

突然、母親になったシロ

 追跡犬ユニットの子犬も探知犬ユニットの子犬も、どちらも素晴らしい能力を発揮して、すぐに仕事を覚えてくれている。成犬たちよりも仕事ができるようになるのではと思わせるほどだ。
 追跡犬の子犬はハンドラーたちみんなが一番気に入った犬を確保した後、他の子犬は違う保護区の追跡犬ユニットに引き取られていった。そして、探知犬の子犬もハンドラーが2匹を確保して、母犬のシロはケニア野生動物公社の探知犬ユニットに移動した。

(動画)逮捕された密猟者のジャケットを使って遊ばせ、密猟者のにおいに慣れさせる

 前年にケニア野生動物公社に寄付したマリノア(ベルギー原産の牧羊犬種)のルーカスと一緒にシロは、現在はジョモ・ケニャッタ国際空港で象牙とセンザンコウ(ウロコを300枚以上持つ哺乳類)などの探知に活躍している。そして、探知能力があまり良くなかった子犬の1匹はペットとしてナイロビの家庭にもらわれていった。

ケニア野生動物公社のドッグユニットでルーカスを見送る

 次に重要だったのは、ハンドラーと犬たちのケニア警察による認証試験である。なぜこれが大切かというと、この認証を受けると、フィールドで追跡犬や探知犬を使って密猟者を逮捕した時、裁判で犯人や見つけた証拠が、正式に認められるからだ。認証試験を受けたのは、追跡犬ユニットのハンドラー8人、探知犬ユニットのハンドラー8人の合計16人。そして、追跡犬4匹と探知犬3匹の合計7匹の犬たちが試験に挑んだ。

訓練を終えて仕事を始めた追跡犬のナエク

 試験は、マサイマラまで警察の犬セクションのトレーナーが来て4日間にわたって行われた。新しいハンドラーやまだ若い犬も試験を受けさせたので、正直全員通るかどうかはわからなかったのだが、見事に全員試験をパスしてくれた。そしてうれしいことに、ンギラーレ・レンジャー・ステーションの女性ハンドラーのジェニファーはトップの成績で合格。2008年に追跡犬ユニットを結成した時から一緒に働いてきた古株でハンドラーのシエレとキプロノも、ベストパフォーマーとして輝いてくれた。そして試験最終日の結果発表の時、17年前に初めて労働犬をマサイマラに連れてきてからこの日に至るまでの思い出と、今後彼らに託した思いなどをスピーチで伝えることができたのである。

(文と写真 滝田明日香 3月15日発売号に続く)

たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。


「アフリカゾウの涙」の寄付のお願い

みなさまからの募金で、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬と密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入とメンテナンス、免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。そしてこれからは、これまでの活動に加え、滝田が中心となり、ケニア沿岸地域における野生動物の治療活動、小型飛行機を活用した海洋生物のモニタリングといった新たな取り組みを開始していく予定です。陸と海の双方から野生動物を守る活動を広げていくため、引き続きみなさまのお力添えをどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
(アフリカゾウの涙 事務局)

寄付振込先

三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ

※こちらは『ビッグイシュー日本版』に連載の「滝田明日香のケニアだよりVol.39からの転載です。

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