ビッグイシュー本誌の291号より、滝田明日香のケニア便りvol.4を紹介します。

アフリカゾウの密猟対策のために、NPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた滝田明日香さん。 滝田さんから、象牙の密猟を止めるため、ケニアで行われた象牙焼却セレモニーについてのレポートが届いた。

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ナイロビ国立公園にて(2016.4.30)

ケニア野生動物公社倉庫の在庫象牙105トンを焼却

2016年4月30日、ケニアのウフル・ケニヤッタ大統領は、過去30年間に渡って押収され、ケニア野生動物公社の倉庫に保管されていた在庫の象牙105トンとサイ角1.2トンを盛大に焼却した。

この象牙焼却セレモニーのために、ケニア全土の野生動物公社の象牙保管倉庫から、本部に105トンもの在庫象牙が輸送されてきた。そして、焼却の前に、それらの象牙がアフリカのどの国のどの国立公園から集められたのかを確認するため、個々の象牙からDNAサンプルが採取され集められた。

これらの象牙は1万頭のゾウの命と同じである。今回の象牙の焼却セレモニーは、密猟者に対して、同時に消費者に対して、〝生きたゾウに価値がある〟ということを全世界に知らせるためのものであった。

それにしても一体、105トンの在庫象牙とはどのような象牙なのだろうか? 日本や中国が合法象牙取引の対象とする、これら「在庫象牙」は一体どこから来たのだろうか?

もともと合法象牙取引は、自然死したゾウの象牙をお金に換える目的で始まった。だが、自然死したゾウからの象牙のみが取引対象になっていると考えるのは、現場を知らない人が語る夢物語でしかない。

アフリカゾウは寿命が60年以上あり、すごい破壊力をもつ巨大なゾウを殺すことができる動物は自然界にほとんどいない。ボツワナなどで、若い子ゾウを狙うライオンの群れがいるが、それは99%のライオンができない特別な〝ハンティング技術〟などが注目されているだけである。

密猟者の手にかかって命を終えたゾウたちの象牙の山

実際にゾウを殺すことができる唯一の生き物は「人間」である。天敵がいないアフリカゾウが自然死をまっとうした後で、その象牙を集められる確率は非常に低い。10年近くアフリカのサバンナのパトロールなどに同行してきたが、自然死したゾウを見つけるのはかなり珍しい。現場の人間なら誰でも知っていることである。自然死だけで、ケニア内のみで1万頭の象牙を集めるのは、ほぼ不可能だ。

では、大量の象牙はどこから来ているのだろうか? 答えは簡単だ。この1万頭は、ほとんどが密猟で殺されたゾウである。

密猟とは、リスクの高いアクティビティである。ゾウを撃ち殺しに行っても、毎回100%確実にゾウを殺して象牙を奪い取れるものではない。レンジャーに逮捕されたり、野生動物に襲われたりなどで、象牙を持ち帰ることに成功する確率は高くないのである。

ライフルで撃たれたゾウがその場で即死するのは、脳みそか心臓を撃ち抜かれた時しかない。しかも、脳みその撃ち抜き方も頭蓋骨にある、ある一 つのポイント以外を撃っても無駄である。分厚い頭蓋骨で銃弾が止まってしまうからだ。即死しなかったゾウは即座に死に物狂いで逃げ回る。手負いでも人間が走るよりも早いスピードで、何キロも何十キロも逃走できるのである。

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昼間でも背の高い茂みに入り込まれると、簡単にゾウの姿を見失ってしまう。それが目立たないように夜間に行われる密猟になると、さらに手負いのゾウの追跡は不可能になる。

多くのゾウが密猟者の手にかかって大怪我をし、逃げ切ったところで命を終える悲しい結末にあっている。そして、そのようなゾウの死体がレンジャーに発見されると、それは在庫象牙として登録されて、政府機関の倉庫に保管されるのである。

10トンずつの山に積み重ねられた象牙を見れば、そこに自然死をまっとうできたゾウが少ないのが一目にしてわかる。山の外側は ツァボ国立公園のゾウの巨大な象牙で飾られているが、その中を覗いてみると、まだ年の若い10代から20代のゾウのサイズであろうとわかる象牙がいっぱい積み上げられているのだ。

合法象牙市場閉鎖に今後のゾウの生存がかかっている

ケニヤッタ大統領のスピーチでは、その数がわからないほど、何人もの人が「象牙を焼却するのは間違っている。アフリカは貧乏な国だから、この象牙を売って金にするべきだ」と言ってきたとあった。

「ケニアは確かに貧乏な国かもしれない。しかし、私たちは金銭的に貧しくても、自然遺産が豊富にあるのだ。私たちは我が国の自然遺産を、次の世代に残していきたい。今日この日の決断は、将来の世代に喜んでもらえる決断だということを私は知っている」と大統領は熱く語っていた。

ケニア野生動物公社の理事長リチャード・リーキー博士のスピーチでは、「私たちはかつて一度、この方法がうまくいったことを証明している。89年にモイ大統領(当時)が象牙の在庫を焼却し、その後に全世界が一つとなりワシントン条約会議で象牙の完全な取引廃止を勝ち取ることができた。焼却から3ヵ月の間に象牙の価格がキロ300ドルから5ドルまで落ちたのをこの目で見ている」という言葉があり、合法象牙市場閉鎖にどれだけ今後のゾウの生存がかかっているかを語っている。

この象牙の山は、アフリカで象を保護している人の目には、1万頭の象の死骸の山にしか見えない。焼却された時、この山を見てなぜ悲しみより空しさを感じたのか、自分でも疑問に思った。現場の保護活動をしていない人には、ゾウが死んでしまったことに対して「悲しい」という感情が出るのだと思う。

しかし、現場の人間は「空しい」という感情が最初に出てきてしまう。それは、この象牙の山は、私たち現場の人間が密猟者から守りきれなかったゾウの命を象徴しているからだと思う。また、人類がこれだけの数のゾウの命を守ることができなかったという恥の象徴でもある。

これまでゾウの死体を何度も見てきているので、そこまで感情をかき立てられるとは思っていなかったが、実際に1万頭のゾウの命である象牙の山を目にすると、その象牙の山の大きさ、象牙のサイズから想定される殺されたゾウの若さを想像してしまい、悲しさを通り越してこの場にいることが空しくなってしまった。

象牙という物が一度はサバンナで生きていた巨大なゾウの命であることが見えず、「象牙=素材」をベースとした経済論でしか象牙について語れない人たちが象牙取引市場のルールを決めていると思うと、現場に立ちゾウの命を守っている者として、やるせない思いでいっぱいになった。

(文と写真 滝田明日香)

たきた・あすか

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1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ナイロビ大学獣医学部に編入、2005年獣医に。
現在、ケニアのマサイマラ国立保護区で動物の管理をしながら、追跡犬・探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともに「アフリカゾウの涙」を立ち上げ、2015年6月、NPO法人に。
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