ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、高校や大学などで講義をさせていただくことがあります。
今回は大阪大学でイノベーションを教えている三森八重子教授の計らいで、ビッグイシュー日本のスタッフ中嶋と大阪のビッグイシュー販売者Sさんがオンラインで講義を行いました。海外から大阪大学に留学中(ただし感染対策により入国制限中)の外国人学生の皆さんに向けて、英語でビッグイシューの事業とホームレス問題について解説。この記事では、当日の講義内容を再構成してお伝えします。

ホームレスの人たちに、その日から始められる仕事を

家を失ってしまった人は、住所や連絡先などがないことでアルバイトであっても就職が困難です。そのため、ビッグイシュー日本が雑誌を発行し、希望する方々に路上で販売してもらうことで仕事をつくっています。

販売者は雑誌を1冊220円で仕入れ、450円で販売。1冊売れるごとに、230円が販売者の収入になります。ホームレスの人々は、お金を持ち合わせていない場合が多いので、最初の10冊は無料で提供。この10冊の雑誌が全て売れると4,500円が販売者の手元に残り、その後は、本人が続行を希望すればそれを元手に次の雑誌の仕入れをしてもらっています。

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2003年以来、1900人以上が雑誌を販売し、合計で14億円ほどが販売者の収入となりました(2021年8月末時点)。

販売者は大切なビジネスパートナー、出版社と書店のような関係

重要なのは、販売者はビッグイシュー日本の大切なビジネスパートナーということです。個人経営の書店の店長のようなもので、雑誌の販売方法、仕入れの頻度などは自分に合ったやり方を考えて販売してもらっています。
もちろん、販売者としての基本的なルールは守ってもらったうえで、必要な時は販売サポートスタッフからの助言も行います。

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ホームレスの人たちは「怠け者だからホームレスになった」などと思われがちですが、何百人ものホームレスの人たちと接してきた経験からすると、快活な人もいれば寡黙な人もいるし、真面目な人もいれば、そうでない人もいます。当たり前ですが、人それぞれです。「ホームレス」という言葉は「状態」をあらわす言葉に過ぎません。人それぞれですから、ビッグイシュー日本はその人の個性や自己決定を大切にしています。

ホームレス状態になる理由

日本でホームレス状態になる人々は、何を失い路上生活者になり、何が障壁となってその状態から脱出できないのでしょうか。

講義のなかで、学生の皆さんに下記の「路上生活に至るまでに失うもの」のイラストを見せ、( )に入る要素を考えてもらいました。

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図:「カフカの階段」の概念図/生田武志 学生さんたちからは、「仕事を失った?」という回答や、日本の学生向けの講義の際はあまり出て来ない「ハリケーンとかで家が壊れちゃった?」という回答もありました。

ホームレスになってしまう理由は人それぞれですが、「元いた場所」から、仕事、家族、住まい、貯金などを失って、だんだんと階段を落ちていくように、路上に出てしまいます(日本でももちろん地震や水害などの災害で家を失うこともあります)。

問題は、路上に一度出てしまうと「住所がないから」「保証人がいないから」などの理由で、雇用してもらえないことや、採用されても「次の給料日までの生活費がない」という事情もあり、「元の場所」に自力で戻るハードルがとても高くなってしまうということです。

そこで、誰でもすぐにできる仕事をビッグイシュー日本が用意し、生活や医療、生きがいなどの相談や手続きをNPO法人ビッグイシュー基金が支援することで、路上脱出したい人たちを応援しています。

販売者Sさんがホームレス状態になった理由

講義当日は、当事者の口から経験談を聞く機会として、阪急宝塚線豊中駅および蛍池駅で販売しているSさんが、過去や今について話してくれました。

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販売者Sさん:
小、中学校時代は、野球、麻雀など、あまり周りの子がしていないような遊びをしていました。高校時代によくやっていたのは、麻雀のほかに、ラジオ、受験勉強とか。国立大学に合格したんですが、進学しませんでした。いろんな職種を経験したくて、フリーターになったんです。雀荘の店員、テレクラの受付(楽しかった!)、パチンコ店の店員、ゲームセンターの店員などをアルバイトでやっていました。

しばらくしてさすがにこのままではだめかなと思い、住宅設備会社に正社員で入社し、空調設備を担当しました。正社員のときに結婚もしたんですが、しばらくして離婚。

その後正社員の仕事もやめ、保険営業員(ノルマをお客さんに押し付けてしまうことが精神的につらかった…)、スーパー店員などを経験しました。

しかし、ある事情で莫大な負債を抱えてしまい、存在を消し去りたいと思い、通帳・身分証などを捨てて逃げだしたんです。150万円の貯金を切り崩しながら、約1年弱、ビデオボックスで生活していました。路上で現金を盗まれるのが怖かったので、野宿の経験はありません。

でもそのうち貯金がなくなり、食べていけなくなったんです。いざとなると命が惜しくなってきて、色々調べた末に大阪市の西成区のシェルターへ入ることになりました。入居の際の身体検査などの結果を受け取るのがNPO法人釜ヶ崎支援機構(※ビッグイシューの卸をしている団体)で、その時にビッグイシューの存在を知りました。

ビッグイシューを知った時には一文無しだったので、「これで命がつながった、過去をリセットできるかもしれない」と感じました。人前に立って販売する仕事に抵抗はなかったので、収入は厳しいですがストレスはなく、お客さんも優しい人が多いです。

手書きのポップを作成したり、手紙を雑誌に挟み込んだりで工夫しています。
ビッグイシューの販売を始めてから9か月ほど。いまはビッグイシュー基金の支援プログラム「ステップハウス※」を利用しています。

※オンライン編集部補足:ステップハウス:連携団体や、一般の家主の方から提供される空き物件を基金が借り受け、ビッグイシュー販売者をはじめとするホームレス状態の人に、低廉な利用料(月額15,000円~)で提供する、NPO法人ビッグイシュー基金の事業。


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Sさんは自分の部屋について「ちょっとビデオボックス時代の雰囲気に似てます」と笑って話しました。

自力でのアパート入居に向け、節約のために極力自炊をしています。安い食材がないかなと探して買い物を楽しんでいます。

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安い食材をうまく利用して献立を考えるのが楽しいそう。

コロナ禍になってからは、「コロナ緊急3カ月通信販売」で購入いただいた方の売り上げから、月に2万円ほど「販売継続協力金」としていただいたお金を、自立に向け貯めさせてもらっています。

Sさんから学生の皆さんへメッセージ

販売者Sさん:
今の世の中、いろんなことにチャレンジできるんですが、(無理をしすぎず)身の丈に合ったことをするのがいいかなあと思います。人は追い込まれると自分が自分でなくなることがあります。人生山あり谷あり、谷底から必死で這い上がれたらいいんですが、谷底すぎると這い上がるのが難しいです。早めに助けを求めたり、甘えたりしてもいいと思います。勇気がいることかもしれませんが、決して恥ずかしいことではないと思うし、助けてくれる場所はきっとある、人は繋がっていると思います。

学生さんたちからの質問

Q:どうやってビッグイシューの販売を始めるのですか?

中嶋:(販売を希望する人に)事務所に来てもらうこともありますし、炊き出しなどの会場でチラシを配ってお知らせすることもあります。

Q:ビッグイシューは日本の社会に受け入れられているのですか?

販売者Sさん:ビッグイシューを買ってくださるような方は、理解があり、路上脱出を応援してくれていますので、みなさんお優しいです。しかし、ビッグイシューを知らない方の中にはさげすむような眼で見る方ももちろんいます。

Q:Sさんがつらい時、家族に助けは求めなかったのですか?

販売者Sさん:離婚していたこともあるし、親の一人は亡くなっていて、もう一人は施設に入っていて、親に相談できる状況ではなかったです。ほかに相談できる人はいませんでしたね。本当はもっと前にいろいろ相談することもできたと思いますし、今なら冷静に、そんなことしなくていいと考えられるのですが、当時は追い詰められて自分が自分でなくなり、「逃げるしかない」と思い込んでしまったんですね。

Q:デジタル化の影響を感じていますか?

販売者Sさん: 購買層の年齢が高いこともあり、紙(媒体)のほうが人気だと感じます。ただこの先、(若い世代がその世代になるとき)大丈夫かな?とは思いますが…。

主旨を理解してくれている人たちは、雑誌がデジタル化されているかどうかをあまり気にしないようにも思います。同様に、支払い方法についてもキャッシュレス化が進んでいますが、キャッシュレスじゃないから買わない、キャッシュレスだから買う、ということもあまりないように感じます。 ※オンライン編集部補足:イギリスなど海外のストリートペーパーでは、キャッシュレス化を導入している国もあります。

Q:生活保護を検討しないのですか?ビッグイシューを販売するよりたくさんお金がもらえますよね。

中嶋:もちろん販売希望者が事務所にいらしたときに、生活保護を勧めていますので、利用する人もいます。利用しない人の理由のひとつには、生活保護申請時の家族照会があります。

販売者Sさん:決められた枠の中で、制限があることが苦手なこともありますね。自分は体が動くし食べていけるので、こちら(ビッグイシュー販売)のほうが性に合っています。

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学生さんたちからは、「貧困とホームレス問題は世界中で深刻であり、一人で克服することは難しい。」「コロナ禍で入国できなくて大変に感じていましたが、Sさんのお話に共感し、勇気づけられました。」などの感想をいただきました。

(通訳協力:ビッグイシュー日本インターン、鈴木晴菜)


格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 



参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」



人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか

より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。

図書館年間購読制度 

※資料請求で編集部オススメの号を1冊進呈いたします。
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**新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急企画第8弾**


2021年12月6日(月)~2022年2月28日(月)まで受付。
販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2021/12/21589/








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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。